私は思春期を謳歌したい!

真白(ましろ)

私は思春期を謳歌したい!

 私の名前は新井菜奈。今、思春期真っ盛りだ。

 身体の成長に戸惑ってみたり、体育を見学してみたり、お菓子の食べ過ぎでニキビができたりしている。

 もちろん反抗期だって忘れない。昨日の夜も、晩ご飯が大好きなお母さんの手ごねハンバーグだったけど「今日はお母さんの唐揚げが食べたかったのに!」と言ってやった。当然ハンバーグは美味しくいただいた。

 洗濯だってお父さんのと一緒に洗って欲しくないから、毎日自分の分は自分で洗濯している。部屋だって勝手に入られないように掃除、整理整頓は欠かさない。

 そんな思春期を謳歌している私だけど、まだやってないことがある。それは恋だ。

 そう、私はまだ恋をしたことがない。やろうと思ってやることじゃない気はするけど、思春期に恋しないなんてもったいない。

 恋ができない理由は多分あいつだ。なぜなら大抵のことはあいつのせいだからだ。あいつの視線が気になって身体の変化に敏感になっちゃったし、体育も見学した。あいつが生徒会長と仲良くしてると何故かお菓子を大量に食べてしまうのでニキビもできる。全部全部全部全部あいつのせいだ!

 あいつの名前は坂本圭太。近所に住んでる幼馴染で、幼稚園の頃から一緒に遊んでた。なのに、いつの間にかあいつは変わってしまった。今のあいつは何を考えてるのか分からない。別にあいつの考えなんて知らなくてもいいけど。私は恋をしてみたいだけなのに、あいつのせいでできないに決まってる。あいつなんて特別頭がいいわけでも運動ができるわけでもないし、顔だって普通だし背も高くない。いや、別にバカなわけじゃないし、水泳は結構サマになってるし、ブサイクではないし、背も私よりは高い。昔は私の方が高かったのに…………。とにかくそんなあいつのせいで私が恋できないのは許せない。

 私はなんとしても思春期を目一杯楽しみたいのだ!

 

 今日も朝から反抗期。行き先も言わずに「いってきます!」と家を出た。

 思春期といえば大人の階段をのぼるとき。ちゃんとオシャレもしてきた。一人でなんて勇気がいるけど、大人になってからじゃ意味がない。今だから味わえる背徳感があるんだ。お父さん、お母さん、ごめんなさい。私は今日、悪い子になります。

 駅前の繁華街。そこに目的の場所がある。さっきからドキドキしっぱなしだけど、怪しまれないように堂々としないと。そう、ここはゲームセンター。先生から不良がいるから気をつけなさいと言われている危険な場所だ。入り口から店内の奥まで大量のUFOキャッチャーが並んでいる。焦るな私。まずは景品を一通りチェックしないと。おこづかいは貯めてきたけど、気を抜けば一瞬で無一文になってしま————あっ! 白くまパンダのぬいぐるみだ!

 …………おかしい。すでに二千円も使ってるのに取れる気配がない。どうしよう。このままだと何も取れずにおこづかいがなくなっちゃう…………やっぱりゲームセンターは怖いところだったんだ。

「あれ? なーちゃん?」

 この声は! それに私をなーちゃんと呼ぶ男はこの世に一人しかいない。

「圭くん!」

 なんでこんなところに。まさか、圭くんは不良になってしまったの?

「珍しいね、こんなところで。これ、欲しいの?」

「圭くんこそなんでこんなところに?」

「今日は欲しいプライズの入荷日なんだ」

 プライズってなんだろ?

 圭くんは「これなら3回ぐらいかな」とか言いながら慣れた手つきでUFOキャッチャーを操作してる。恋だけじゃなくて、私の一人ゲーセンデビューまで邪魔するなんて!

 圭くんの横顔を睨みつけていたら、ガコンと大きな音がした。

「はい。取れたよ」

「え?」

 UFOキャッチャーを見ると白くまパンダが居なくなっている。慌ててしゃがんだら取り出し口のところに白くまパンダが!

「いいの!?」

「うん。狙ってたプライズが思ったより簡単に取れたから」

 圭くんをよく見たら、今話題になってるアニメのフィギュアを持っていた。こいつデキる!

 私の知らない圭くんを見て、なんとも言えない気持ちになる。圭くんといると落ち着かない。私の思春期を邪魔する圭くんが許せない。でも今日は白くまパンダに免じて許してあげよう。


「————でさ、そのあとも圭くんとハンバーガー食べに行ったんだけど————」

 時間は夜の十時すぎ。部屋で白くまパンダのぬいぐるみを抱きしめながら、大親友の明美ちゃんと通話してる。圭くんとハンバーガーを食べたのが遅かったから「晩ご飯いらない」って言うつもりだったのに、お母さんの唐揚げだったのでつい食べてしまった。お腹周りは成長してほしくないのに。

 今日はイライラすることがいっぱいあったから、いつもより愚痴が多くなってる。

「菜奈さぁー。いっつも思うけど、あんたホント凄いわ。ホント」

 明美ちゃんがもの凄く呆れている気がする。いつものこととはいえ愚痴言いすぎたかな。

「何が凄いのよ。私は真剣なんだからね。人生に一度の思春期なんだもん」

「よく分かんないけどさ。思春期って普通自然となるもんでしょ? 私も親が鬱陶しいとか思うけどさ、なんかあんたの話聞いてると恥ずかしくなってくるわ」

「えー、何それ」

 白くまパンダよ、君だけは分かっておくれ。

「まあ一番凄いのは坂本のことだけどね」

 圭くんの名前と抱きしめてる白くまパンダがリンクしてしまって思わず壁に投げつけた。ごめんよ白くまパンダ。

「菜奈はさ、いっつも恋がしたいって言ってるじゃない?」

「そうだよ。せっかくの思春期だもん。憧れの先輩に恋して、告白して、フラれるまでがセットでしょ」

 明美ちゃんの大きなため息が聞こえる。

「フラれる前提なのもどうかと思うけどさ。それ以前に好きな先輩とかいるの?」

 私は女子に人気のある先輩を思い浮かべる。バスケ部の高木先輩は一番人気だ。成績も優秀で、背も高いし、イケメンで、誰にでも優しい。生徒会副会長の吉岡先輩も人気が高い。可愛い系の男子で、ちょっとおっちょこちょいなところがまた可愛いと大評判だ。でも私にはピンとこない。

「…………いないよ。だから困ってるんでしょ」

「そうでしょうよ。菜奈に好きな先輩なんているわけない。あんたが好きなのは坂本なんだから」

「え?」

 いきなりなんてこと言いだすのよ明美ちゃん。私が圭くんのこと好き?

「あーもう! 言っちゃったよ。あのね、みーーーーんな気づいてるんだよ。菜奈が坂本のこと好きなの。でも気づいてないフリしてくれてるんだよ」

「なんでなんで!? 私は別に圭くんのことなんか————」

「あのね、菜奈。あんたの話、ほとんど坂本の話じゃん」

「それは圭くんが私の思春期を邪魔するから…………」

 そうだよ。圭くんはただの幼馴染で、別にそういう対象なんかじゃない。だってだって、圭くんは————

「坂本と一緒にいるときどんな感じする?」

「落ち着かないっていうかソワソワする」

「坂本のこと考えてると?」

「もやもやする。なんか不安になるっていうか」

「坂本が女の子と仲良くしてたら?」

「イライラする。そのせいでお菓子いっぱい食べちゃうんだもん」

「完璧じゃない」

 そんなこといきなり言われても。ていうか私は別に圭くんのことなんてなんとも思ってない。思ってない。思ってないよ…………

「ねえ、私たちがなんで気づいてないフリしてるかわかる?」

「え? なんでって…………」

 そんなの分かんないよ。私、なんにも分かんないよ。

「菜奈の思春期に付き合ってあげてるんだよ。先輩に恋してフラれるのもいいかもしれないけどさ。ずっと友達だと思ってた幼馴染のことを知らないうちに好きになってて、周りにはバレバレなのに本人は気づいてないとか最高に思春期じゃない」

「明美ちゃん…………」

 私は、今の圭くんが分かんないって思ってた。でもそうじゃなくて、分かんなくなってたのは自分のことだったんだ。変わったのは圭くんだけじゃなくて、私も変わっちゃったんだ。私は圭くんを好きになったんだ。ううん、きっと昔から好きだったんだ————

 さっき投げつけた白くまパンダがこっちを見てる。どうしよう、顔が熱いよ。

「明美ちゃん! 今から圭くんとこ行ってくる!」

「はあ!? あんた今何時だと————」

 ケータイを投げ捨てて白くまパンダを抱えて家を飛び出した。なんかお母さんが大声で言ってたけど知らない。私は反抗期だ!

 圭くんの家の前まできてインターフォンを押す。

「はーい」

「おばさん! 圭くんいますか!」

「あら、菜奈ちゃん。どうしたのこんな時間に」

 玄関から慌てておばさんが出てくる。

「まあ、どうしたのそんな格好で。とりあえず入って」

 言われてパジャマ姿だって気づいた。どうしよう、こんな格好で圭くんに会えないよ。でももう家入っちゃったし…………

「圭太! 菜奈ちゃん来てるわよー」

 私の葛藤なんておかまいなしに、おばさんが圭くんを呼びにいく。どうしよう。

「なーちゃん?」

 モジモジしてる間に、圭くんが二階から降りてきちゃった。圭くんはTシャツにジャージのラフな格好してる。ダメだ。顔が見れない。いてもたってもいられなくて来ちゃったけど、圭くんに何を言えばいいんだろう。何を言いたいんだろう。

「どうしたの?」

 パジャマ姿を見られてることが恥ずかしくてしかたない。何か言わなくちゃ。思い切って圭くんを見る。あれ? なんか圭くんも恥ずかしそうにしてる。

「あのね!……その…………」

 私は何を言いたいの?

 何を言いに来たの?

 白くまパンダをギュッと抱きしめる。

「これ! 白くまパンダありがとう!」

「え? うん、いいよそれぐらい」

 違う。そうじゃないよ。そんなこと言いに来たんじゃない。私は…………私は、圭くんが…………

「好きだから…………昔から、ずっと好きだから…………」

 言った。言っちゃった。言っちゃったよ。

 圭くんは驚いたような、不思議そうな顔をしてる。圭くんは私のことどう思ってるのかな。ただの幼馴染なのかな。それとも————

「うん、知ってるよ。なーちゃん、昔から白くまパンダのグッズ集めてるもんね」


 そのあと、もう一度言い出せるわけもなくて、私の人生初告白は失敗しちゃった。圭くんとはこれまで通りただの幼馴染のままだ。でもこれまでより圭くんの視線が気になるようになったし、お菓子のヤケ食いも増えた。それに、明美ちゃんには大笑いされたし、友だちからは露骨にからかわれるようになった。私は今、思春期を謳歌してる。けど、まだやりたいことはたくさんある。私の思春期はまだまだこれからなんだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は思春期を謳歌したい! 真白(ましろ) @BlancheGrande

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ