第2話

 二日後、近所のファミレスだけど安岡くんとの初めてのディナー、高校生だった頃の私だったらドキドキして食欲も飛んじゃったかも。でも二人きりじゃなくて、知らないオジサンも来ていて、マルチ商法の会社のことを説明してくれた。とてもいい品質の商品を他人に勧めることで、その人が買った額の5%くらいがもらえて、もしも五人に伝えて、その五人が再び五人に伝える連鎖を繰り返したら単純計算、5、25、125、625、3125で合計3905人、かりに一人から5万円が入るとしたら1億9525万円。けど、これは机上の空論で実際には、もっと少ないけど話してくれたオジサンは月収が300万円あったこともあるらしい。

「どうですか、松川さん、安岡くんの紹介でビジネスを始めてみませんか?」

「う~ん……」

 迷った声を出す私へ、安岡くんがまっすぐ見つめて言ってくれる。

「いっしょにやろう。穂都子ちゃん」

「…」

 あ……初めて、下の名前で呼んでくれた……嬉しいなぁ……。

「はい、入会します」

「「よし」」

「でも、ビジネスはちょっと難しいかも。化粧品は少し買ってみます。それで品質が良かったら、友達にも勧めようかな」

「うんうん、それでいいよ」

「きっと気に入るから」

 それから入会届にサインして、さりげなく貯金額を訊かれたけれど、15万円くらいと答えると、ローンでの大量購入を勧められた。それは断って5万円分だけ買ってあげた。本当は勤続5年で毎月7万円を積み立てして、やっと420万円を貯めていたけど、言わなかった。これが安岡くんについた最初の嘘だった。私が5万円を買ってあげることで、安岡くんには5%の2500円が入るらしい。ファミレスは奢ってもらったから、微妙かな、うん、実に微妙、今の世の中みたい。

 

 

 

 一年後、使ってみたらマルチ商法の会社から買った化粧品は、それなりに高品質だった。高いだけあって悪くない。でもファンデーションが一つ3980円、ただ普通のドラッグストアで高価なのを買っても、そのくらいはするから微妙な価格設定、ううん、絶妙ってことかな。まあ、使い続けてもいいかな、くらい。そして今日は高校時代の友達と待ち合わせてる。

「あ、ホトちゃん、待った?」

「ううん、今、来たとこ」

 待ち合わせに選んだのは、いつものファミレス輪民。

「聴いたよ、ホトちゃん、とうとう安岡くんと付き合い始めたって」

「え~、それドコ情報? まだ付き合ってるわけじゃないよ。よく会うお友達って感じで、いっしょに副業してるから」

「それも聴いた。マルチでしょ?」

「うん」

「大丈夫?」

「まあ、大丈夫だよ、誘われるまま大量購入しなきゃ、ただの化粧品会社」

「ふ~ん…」

「で、お願いがあるんだけど、安岡くんの話を聴いてくれない? 聴くだけでいいから」

「はいはい、そうくると思ったよ。池田さんにも同じパターンで声かけたでしょ」

「ごめんね、入会してくれなくてもいいし、一つも買わなくていいから、聴くだけ」

 そうセッティングしたところで、安岡くんが来てくれて熱心に説明を始めた。

 

 

 

 二年後、東京にある大きなドームでマルチ商法の一大イベントがあるから安岡くんと二人で参加していた。交換条件は千葉県にある大きな遊園地へ私を連れて行ってくれること。一泊予定で。徹夜の運転で東京へ来て、朝からイベント、やっと終わって外に出た。

「盛り上がったな、今年の新製品発表は!」

「そうだね」

「穂都子ちゃんは今年が初めてだから、びっくりしたろう? 仲間が大勢いて」

「うん、一万人は来てたね」

 でも、安岡くんから伸びた会員は私を含めて4人だけ。うち一人が安岡くんと同じく積極的に他人へ勧誘し始めたけど、うまくいかず東京にも来なかった。私は時計を見る。もう夜7時。遊園地で遊ぶには遅いけど、遊園地付属のホテルに入るには、ちょうどいい時間。

「行こうか」

「うんっ」

 私は首を縦に振った。

 

 

 

 三年後、靖彦くんはリフォーム会社の仕事が終わると、私に会いに来てくれた。

「新商品が出たんだ。肌を20年も若返らせる超音波マシーン」

「20年か……私、6歳になるね」

「ははは! そうだよな!」

 これまでに靖彦くんが勧誘した人は53人、うち入会した人は7人、いっしょにビジネスを始めてくれた人は私を含めて3人、私が勧誘した人は5人、うち入会してくれたのはお姉ちゃんだけ、しかも入会金は私もち。他の2人も何人かを勧誘して誰も入会してくれないから、やめてしまった。そう思うと、靖彦くんの根気と根性はすごい。さすが準々決勝までいっただけのことはある。諦めない粘り強さは立派。

「穂都子、今夜ゆっくりできる?」

「うん」

 また夕食を奢ってくれたから頷いた。

「どこか、ホテル行こうか?」

「いいよ、結婚式のお金を貯めたいし、ちょっとドライブしよ」

 車内で靖彦くんと3時間を過ごしてから質問してみる。

「今月の報酬、いくらだった?」

「1582円かな。……でも来月は超音波マシーンの売上で一気に………っていうのも、微妙だよな、あれ7万9800円もするし、税別で……。穂都子も、無理なら買わなくていいぞ。今のままで十分に可愛いし」

「うん、ありがとう」

「………三年やって、これだけか……目標では3年で月収100万円だったのに……」

「すごく頑張ったのにね」

「……………もう、やめようかな…」

「それもいいと思うよ。みんながサッカー選手になれるわけじゃないように、みんながトップ代理店になれるわけじゃないから。でも努力で得た経験は、リフォーム会社の営業でも活きてるよ」

「……そうだな………」

「私、もうビジネスとしてやるのはやめようかな……って、ほとんど勧誘できてないけど」

「穂都子……そうだな………オレも………」

「……」

「よし、決めた! やめる、やめた!」

「………」

 私の脳内に試合終了のホイッスルが心地よく響いてくれた。

 勝ったァァァ!!

 私の完全勝利ぃぃい!

 ゴぉぉぉーーーーーーーール!!!

 

終幕

 

副題「根気と諦めの大切さ」

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「初恋はマルチ商法で」 鷹月のり子 @hinatutakao

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