ソフィーナ 2-3

 一曲踊り終えると、また大きな拍手が鳴り響く。エマニュエルとともにお辞儀をするとあっという間に人に囲まれた。



「私、母と父を探して参りますね」



 王子様にはみんな挨拶をしたいものねと、エマニュエルに耳打ちして、その場を離れる。


 エマニュエルも、周りの人もをソフィーナを止めたが、そこはニコリと笑って遠慮しておく。


 アンジュとギバートを探していると、ドンっと女性にぶつかり、女性が手に持っていたワインがドレスにこぼれた。



「あら、ごめんなさい。でも、あなたが前をよく見もせずうろうろとしていらっしゃるから」



 ソフィーナと同じ年齢程の可愛らしい女性だった。ピンク色のドレスがとてもよく似合っている。


 ソフィーナの黄色いドレスは、胸元からお腹にかけ赤いワインがこぼれ色をかえている。ドレスが汚れ一瞬頭が真っ白になったが、エルがよく言っていたことを思い出した。


『パーティーで人とぶつかって、飲み物でドレスが汚れるって結構あるパターンよ!もし人とぶつかってドレスが汚れたとしても、お城の侍女は一流だから、どんな汚れも必ず落とせる。だから、ドレスよりもぶつかった相手のことを気にするの。たとえ自分のせいではなくても、後でお詫びに行かないといけないから、必ず相手の名前を聞くこと!』


『あと大事なのは、動揺した素振りで対応すると、相手の方に気を使わせてしまって、その後のパーティーの時間を台無しにしてしまうから毅然と対応すること!』



 大丈夫、上手く対応できるはずと、一呼吸置いてから、軽く微笑む。



「かまいませんわ。私の不手際で申し訳ございません。あとで、お詫びがしたいので、お名前を教えていただけます?」



 パーティーや舞踏会で人にぶつかってしまうことはよくあるとエルが言っていて、そんなわけないと思っていたけれど、まさか自分が本当にぶつかってしまうとは。


 エルの言い付け通り、ガッカリした素振りもイヤな顔も見せず、相手に気を使わせないよう、こんなこと大したことないって笑顔をうかべて対応する。



「いえ、名のるほどでもありませんわ」



 女性は立ち去ろうとしたが、必ず相手の名前を聞くこと!エルによく言いつけられた言葉なので、そこはひきさがならない。



「お待ちになって。私はソフィーナ・フーリエと申します。あとでお詫びに参りますので、どうぞお名前を」



 ソフィーナがそう言うと、女性は少し青ざめた表情で



「アリーニャ・コーラルですわ。でも、お詫びは結構ですので、どうかこのことはなかったことにしてください。申し訳ございません」



 そう言って足早に立ち去っていった。アリーニャ・コーラル様。確かに覚えたわ。



 女性が立ち去るとすぐにニコラが来て先ほど休憩した応接室に案内してくれた。アンジュとギバートを探していると伝えると、2人を連れてきてくれることになった。


 ドレスも汚れてしまったし、少ししかパーティーには出られなかったけど、もう帰らなければいけないのかなと思っているとドアが大きな音をたてて開いた。



「ソフィー、大丈夫かい?これだからソフィーを貴族社会に巻き込みたくなかったんだ!」



 ギバートが怒鳴りながら部屋に入ってくる。あとからアンジュもついてきた。



「さぁ、帰ろう!なんていやなやつらばかりだ。婚約はやはり間違いだったと気づいただろ?殿下も、ソフィーのことは必ず守ると言っておきながら、何もできてないじゃないか。かわいそうに。知らない人にワインなんてかけられて。もう一度陛下に婚約のことを考え直すように言わなければ」



 ギバートが怒りのせいか、早口で言う。



「婚約ってなんの話ですか?」



 ソフィーナがそう言うとギバートは顎が外れそうなくらいポカンと口を開けた。



「家で殿下に会った時にプロポーズされ、婚約を了承してたじゃないか……。末永いお付き合いをと。まさか知らずに答えたのか?」



 エルに教わった通りに返しただけなんだけど、それが婚約したことになんて思ってもいないソフィーナは驚きで頭がまわらない。



「あれは…王子様と会った時の初めましての定型文だと思っておりました…」



 ソフィーナがなんとかそう言うと、ギバートとアンジュは目を真ん丸にして固まっていた。



「ソフィーが完璧に婚約を受け止めるから、ずっと望んでいたのかと…。それなら今日も婚約パーティーなんて開かせなかったのに!」



 ギバートが叫ぶように言う。



「婚約パーティー?今日は婚約パーティーだったのですか?」


「ソフィーナ、王様からエマニュエル殿下の婚約者だと紹介され、みんなに祝福されていじゃないか!!」



 ギバートの言っていることがサッパリ理解できない。今度はソフィーナがポカンとしていると、ギバートが悲しそうな顔になった。



「ソフィーには人の憎悪の塊のようなこんな社会には関わらせたくなかったんだ!だから、森の別邸でずっと育ててきたのに。たった一回のパーティーに出ただけなのに、もう見知らぬ人にワインをかけられるようなところだぞ!」


「あら、お父様。ワインのことでしたら、見知らぬ人ではございません。アリーニャ・コーラル様ですわ。きちんと名前をうかがいましたから、あとでお詫びに行く予定です」


 ソフィーナがきちんと名前を聞けたことを誇らしく思ってニッコリ笑う。



「…我が娘ながら意外とやるわね」



 アンジュが感心したように呟いた。

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王子様は自分で仕上げた田舎娘を王妃にしたい 陽瑛 @m810

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