第6話
魔法使いの多い街には魂の人形がいる。それはその名の通り、魂が入った人形で、服を脱がない限りまるで生きている人間だ。
作っているのは魔法使いのなりそこないといわれている。魔法使いとして生まれたはずが魔力が少なく、魔法が使えない者。そんな人達が魂の欠片を人形という器に封じ込め、魂の人形を作るという。
「なりそこない」という言葉には顔を顰めたが、動かない人形を動くようにする人形師という存在に憧れた時期もあったが、ナナに告げると少し困った顔をして首を振るものだから、幼くも無理なことなのだと感じた。
今日も買い出しに街へ向かうと、人形が店番をしていた。時々見かける光景だ。しかしその店には用はないので横切ると、聞きなれたハイトーンボイスがわたしを留めた。
「シャーロット!」
「アル、」
数メートル先から手を挙げて近づいてくる青年はアル。何故だか同級生だった学生時代から母親のように世話を焼いてくれる彼は「なりそこない」だ。胸に付けた人形師のブローチが光を反射してキラリと光る。
「買い出しか?毎日ご苦労だな」
さり気なく買ったものが入ったバスケットを取り上げられる。
「もう、そのくらい持てるよ」
「あと何を買うんだ?」
「聞いてる?」
当たり前のように手伝いをしてくれる彼は人形師としては、わたしと同じ半人前だ。なので師匠の元で修行中の身。師匠は生活力のない人らしく、甲斐甲斐しくアルは世話を焼いている。どうやらアルは世話焼きなのだと思う。学校でもわたしのような要領の悪い子の傍によく居た。しかしアルは誰にでも好かれるタイプで、どんな子でもアルとは仲良くしていた。ナナとはまた違ったモテる人だ。
「この材料だと…晩飯はポトフか?」
「残念。シチューです」
「シチュー!?あんなの食材の無駄遣いだぞ?」
アルは牛乳を使った料理が大嫌いだ。牛乳単体では好きらしいのに、不思議だ。
「ポトフだったら酒持ってご相伴にあずかりに行こうと思ったのになあ」
「ナナの承諾を得なきゃ」
「…お前、いい加減ナナナナ言うのやめた方がいいぞ」
どきりと心臓が動悸に似た跳ね方をした。今一番言われたくなかった言葉。自分でもわかっている。ナナに依存のような執着をしていること。でもそれはナナが親代わり以上の存在だから当たり前の感情だと思っていた。だが、わたしのこれはどうやら少し違うらしい。成長していくうちに、なんとなく「普通」じゃない事のような気がしてきた。だから、こういう事も言われて仕方ないとわかっている。けれど。
「アルは関係ないでしょ」
つい、跳ね返してしまう。それは勝手な世間の目の反抗心からか、防衛本能からか。
「おっ、言うようになったな。やっと反抗期か?」
アルはこうである。だから深層心理で甘えて反抗的なことも言えてしまうのかもしれない。他の人にもし言われたら萎縮してしまうだけだろうから。からっとした「光の兄貴」のようなアル相手だから、言えてしまう。
「そうだそうだ、本題を忘れるところだった」
「本題?」
あっと一度口を大きく開けてから、手のひらを合わせてわたしの目線に合わせた。
「親方がナナに時計の修理を頼みたいんだそうだ。お願いしに行ってもいいか?」
何故かナナに会う時は私に聞くアル。ナナに聞くのはわかるが、何故わたしに聞くんだろう。あとでヤキモチ焼くとか思われているんだろうか。ヤキモチ……焼くかなあ。
「今日はナナ早く帰ってくるよ。来る?」
「お、いいか?大層大事にしてる時計でさ、早く直してあげてやりたいんだよ〜」
困った。と顔に書いたように苦笑いして頬をかいている。人のいいアルだ。心底そう思っているのだろう。ぱっと明るくなった顔を見てわたしもほっとする。アルは立派な魔法使いだ。アルが笑うとわたしも嬉しくなる。
最初アルが師匠のところで修行すると聞いた時はなんとなくモヤモヤしたものだ。まるで、アルを取られてしまうようで。
笑顔で別れて、うちに帰って乱雑にまとめられているハーブを種類ごとに分けているとナナが帰ってきた。おかえりなさいと言うと同時にくう、とお腹がささやかに主張してきた。
「ふふ、ただいま帰りました。お昼ご飯にしましょうか」
くすくすとナナに笑われてちょっと恥ずかしい。さかさかとハーブをまとめて仕舞うと、ナナがキッチンに向かうのが横目で見えた。
「あのね、ナナ」
「なんでしょう」
横に並ぶと尚更分かるすらりとしたお色気魔人に内緒話のように話しかける。ナナも意外とノリがいいので耳をわたしに近付けた。毎回のことだが、近くなる距離に少しドキッとする。
「アルがね、お師匠さんの時計直してほしいって。できる?」
「ええ、大抵のものでしたらできますよ」
何時頃いらっしゃるのですか?と目線をこちらへ寄越して促すナナに、あ、勝手に約束まがいなことしたのバレてる。と先程とは違う心臓の高鳴りを覚えた。ナナは容易に約束をしない。それが誠実なせいか頑固なせいか、単なる気まぐれか、わからないけれど。
ふと気付いた。
「何時かわからないや……」
「食事を終えたら手紙を送りましょうか」
フライパンを揺らしながらナナは言った。今日はピラフだ。いい匂いがする。刻んだ肉と炒り卵が混ざり、隠し味のソースが香しい空気を振りまいている。もう一度、お腹が鳴った。
「お邪魔しますナナさん、シャーロット」
夕暮れ前にアルは訪れた。仕事終わりなのか頬に薄く煤がついており、襟元も少しよれている。
「どうぞ、いらっしゃい」
流れるような仕草でアルの襟を整えてポン、と肩を軽く叩くとアルは家に入ってきたので慌ててアルの顔についている煤を拭くためにタオルを持って駆け寄ると、アルはわたしの目線に合わせるように屈んだ。ナナも背が高いけど、アルも背は高い方なので、いつもこうだ。まるで近所の優しいお兄ちゃん。血が繋がってなくとも、わたしには暖かい家族がいる。
「それで、これなんですけど……」
アルはすすめられた椅子に座ってすぐ古びた鞄から布に包まれた物体を取り出した。優しく布を開くと、ナナが少し身を乗り出した。
「なるほど。これなら魔法ですぐ直せますよ」
じっと懐中時計を見つめるナナに、アルと目を合わせてにっこり笑む。良かったね。そう心の中で言うと、伝わったのかアルはまた心から嬉しそうに笑った。
「流石ナナさんだよなあ」
自室で作業しているナナに向けて、アルが呟いた。
「でしょ!ナナはすごいんだよ」
なんでお前が嬉しそうなんだよ、と笑われるが、ナナがすごいのは当たり前なのでフフンと笑い返すとまた笑われた。
「……俺、やっぱり「なりそこない」なんだなあ」
空気がつんと冷えた。つい先程まで笑っていたアルには見えない。
「……どうして?」
「俺、小さい頃ナナに会ってから、魔法使いになりたかったんだ。でも、魔力がない。かといって人形師としてもまだまだだ。……中途半端なんだよ」
俯きはじめたアルに、鼻の奥がツンと痛む。思わず声を張り上げてしまった。
「そんな!すぐ出来る方がおかしいよ。半人前だって、自分が出来ないことを専門家に頼ることは誰でもできる訳じゃないよ。プライドに負けずに、わたしに声をかけたんでしょう?」
わたしはあまり話が得意じゃない。言葉を選びすぎるからだ。でも、それでも言わなきゃならない、伝えなくちゃならないと思った。どうすればアルが笑ってくれるか。また、微笑んでくれるか。
「うちの子を泣かせたのはどなたです?」
は、と勢いが止まった。目の前に座るアルは目を丸めつつ、苦笑いをしてから、微笑んだ。
「俺です。ごめんな、ありがとう、シャーロット」
頬が涙で濡れて冷えているのに今更気付いた。珍しくため息をつきそうな顔でわたしの頬を綺麗なレースのハンカチで丁寧に拭うナナを見て、何故かまた涙がぽろぽろと流れてきた。
「おやおや、泣いている貴女も愛らしいですが、そろそろ泣き止む頃合ですよ」
「ナナさんの言う通りだ。目が腫れちゃうぞ」
ぽろぽろ零れる涙はただの同情じゃない。ナナを見てまた止まらなくなる涙も意味がきっとある。今はわからなくても。ナナならわかるのかな。
「どうぞ、アル。これで問題ないでしょう」
「ありがとうございます!」
ナナはわたしから離れて布とどこか先程見た時より輝いて見える懐中時計をアルに渡した。アルはとても嬉しそうに、自分のことのように喜んでいるように見える。その裏側に触れるなというように、笑っている。
「なりそこない」。それは諦めた魔法使いのことなのかもしれない。否、魔法使いだと例えたら笑われるかもしれないが、人形師も立派な魔法使いだ。ナナが愛する魔法使いだ。
ナイトメア・ムーン 青木はじめ @hajime_aoki
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