十四 運命の神の手
「おい朱瑠! 大丈夫か?」
揺り起こされて目を開けると、
「夜玖、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ! お前っ、これは何だ!」
目をこすりながらアカルが体を起こすと、夜玖がずいっと大きな手を突き出してきた。その手の上には、アカルが旅立つつもりで書いた
「ああ……それ、失敗しちゃったの。邪魔が入って行けなかった」
「はぁ? どういうことだ?」
夜玖は説明を要求したが、アカルは答えなかった。持ち帰って来た情報を確認するのに忙しかったからだ。
確かに美和山へ行くことは出来なかったが、失敗と引き換えに多くの情報を得た。過去視で得た情報の真偽はわからないが、少なくとも
「そうだ!
依利比古の宣戦布告めいた言葉を、伝えなくてはならない。すでに
「夜玖、水生比古さまに話があるの。取り次いで!」
「ああ……俺もお前を呼びに来たんだ。驚くなよ、ソナ王子が帰って来たんだ。いま水生比古さまに謁見している」
「ソナが?」
「そうだ、お前が居ると言ったら、ぜひ会いたいとさ」
ソナが帰って来たと聞いて、アカルは混乱したまま
本当は、過去視で得た情報をきちんと整理し、一刻も早く
(西方の話が聞けないのは残念だな……)
大広間に続く
「ああ、来たか」
アカルと
「アカル、会いたかったよ!」
いつの間にか、背の高いソナの胸に抱き寄せられていた。
「ソナ……元気そうで良かった。西方の、先祖の国へは行けたの?」
「もちろんさ! まぁ行けたのは、旧バクトリアの中でも、海に近い町だけどね。向こうはすごく交易が盛んでさ、船も大きくて立派なんだ」
「そうか。今度ゆっくり話を聞かせてよ。今は水生比古さまに話があるんだ」
アカルはソナの腕の中から抜け出すと、水生比古の前へ行った。
短い挨拶の後、過去視で手に入れた情報を全て伝えた。
「お前はどうして……ひとりで危険な真似をするのだ! なぜそう平気な顔をして、敵の懐へ飛び込んだり出来るのだ!」
「別に、自分から敵の懐に飛び込んだわけじゃありません。引き込まれたんです! そんなことより、高志国はどうなっているんですか?」
「そんなことだと? ……高志は今、大王の臣、北の
水生比古はしぶしぶ戦が起きていることを認めた。
「それじゃ、依利比古が言ったのは本当のことなのですね……水生比古さま、お願いです! もしも
アカルは必死に懇願した。
「何だと? お前はまだ馬鹿なことをするつもりなのか?」
「魔物を斃す、手がかりをつかんだ気がするんです!」
炫毘古が
「手がかり? 気がする? そんなもので魔物が斃せるのか? そもそもお前の視た過去が本当に真実だと言えるのか? 魔物が見せた偽物の記憶かも知れないではないか!」
「それは……」
水生比古の語気に押されて、アカルは口ごもった。
過去視の中で
「でも炫毘古は……私に自分の過去を視られるのを嫌がっていました」
「そんな嘘など、いくらでもつける!」
冷ややかな目で、水生比古はアカルの言葉を撥ねつける。
「どうして否定ばかりするんですか? 水生比古さまは、北海を統べる大国の王でしょ? 戦を終わらせられる可能性を、どうして最初から摘もうとするの? 戦にしない為なら、どんな策でも実行してみるべきじゃありませんか!」
拳を握り締めて反論するアカルの肩を、ソナがそっと抱いた。
「水生比古さまは、アカルのことが心配なんだよ」
「でも、炫毘古が矢速だって知ってるのは、私だけなんだ!」
アカルと水生比古が睨み合った時、階を駆けのぼる足音がした。
「申し上げます!
「姫比国だと?」
水生比古は苛立たし気に首をひねったが、アカルは胸が騒いだ。
(まさか、姫比にも大王の手が───)
どくどくと心臓が早鐘を打つ。
「良い。通せ」
水生比古が許すと、ややあって姫比国の急使が階を上ってきた。扉の前で片膝をついて深々と頭を下げる。
背の高い男だ。一介の兵士のような身なりに、やや乱れた頭髪。しかしその姿を見た途端、アカルは息が出来なくなった。
頭を下げたまま己の身分を告げる急使の声は、もはや耳には届かない。
ずっと会いたいと思いながら、会いに行けなかった人が、そこにいた。
「鷹……弥」
喘ぐようにその名を口にすると、ハッとしたように彼が頭を上げた。驚いたように目が見開かれ、アカル、と呟く声が聞こえた。
「あ……」
拒絶を恐れる心とは裏腹に、アカルの体は鷹弥に駆け寄ろうと一歩踏み出した。
しかし、ソナの腕に阻まれてしまう。
「駄目だよアカル。彼は使者だ。俺たち部外者は、席を外した方が良い」
「でも……」
ソナは、アカルの肩に腕を回したまま外に向かって歩き出す。
扉の前に跪いた鷹弥の横を通り過ぎる間、アカルは鷹弥から目が離せなかった。そして鷹弥もまた、連れ出されてゆくアカルを目で追っていた。
「外で……待ってるから!」
そう言うのが精一杯だった。
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