廃棄スキル【パンドラの箱】の中身を誰も知らない。

吹雪 リオ

1話 終わりの始まり。

 突然だが今、俺の人生で最も面倒な状況になりかけている。


「うわぁっ!? 何だこれっ!」

「もしかして異世界召喚ってやつか!?」

「誰か先生呼んできてよ!」


 周りが騒然とする。

 ここは俺が通っている学校の教室。騒いでいるのは、俺のクラスメートだ。

 状況は単純で複雑怪奇。授業も終わり、昼休みとなった教室でそれぞれ自由に過ごしていたら、突如として床が光り始めたというものだ。

 先ほどまで談笑のみで喧騒を作っていたクラスメートたちは、状況は理解できないものの、ただ事ではないことだけは察し、一部の者達を除いて身を寄せ抱き合っている。主に女子だが、その中に男子が混ざろうとしている光景にはさすがに呆れる他ない。

 それにしても。


(うるさっ! 少しは落ち着けないのかこいつら……)


 もはや金切り声に等しい騒音に俺は耳を痛めながら、教室全体を見回した。下を見れば、床にはどうやら模様が描かれているようで、光はその模様に沿って光っている。模様は椅子や机に隠れて全貌ははっきりしないが、魔方陣と呼ばれるものに相違ないだろう。誰かが言ったが、まさに異世界召喚を彷彿とさせる状況だ。

 この後の展開が予想できるのはやはり数人いたようで、今の状況を嬉々とした表情で受け入れている。しかし残りの生徒の様子は三者三様だ。ある者は恐怖に蹲り、ある者は教室から出ようと扉を開けようと孤軍奮闘こぐんふんとうし、ある者は机の下に隠れている。


(カオスだ……一人に至っては避難訓練でもしているのか? これは地震じゃないっての)


「まともなやつはいないのか……いや、いた」


 誰もかれもが無駄な行動しかせず、思わずため息が漏れる。が、よく見れば一人だけ様子が違った。椅子から立ち上がって周りをキョロキョロと眺めている。挙動不審にしか見えないが、おそらく何かを探しているのだろう。そして俺はそれが何か予想はついている。さらに、好都合にも俺はそれを持っている。とすれば行動は一つしかない。


「おい、探し物はこれだろ?」

「……っ!?ええ、そうです……けど……」


 突然話しかけられて驚いたのか、反対を向いていた彼女は一歩後退りながらこちらへ振り返った。

 いぶかし気に俺の差し出した手の中にあるものを見て僅かに目を見開いたのは、黒髪で三つ編みをぶら下げた黒縁眼鏡の地味な女子だ。確か名前は、しきみ菖蒲あやめだったはず。普段は俺と同じように一人で過ごしているのを、一つ後ろの席の俺は知っている。

 てっきり、人に対する怯えとか自分に自信がないとかでボッチなのかと思ったが、意外とそうでもなさそうだ。その証拠に、眼鏡越しに見える瞳には微塵みじんの恐怖も映っていない。人への恐怖もこの状況への恐怖もだ。


(すごいな……)


 随分と肝が据わっている。こういう目をする人間は大抵過去に何かあったやつだ。何かに挫折したり絶望したりした人間がそれを乗り越えると強い目になる。俺も、人から見ればこんな目をしているのだろうか。

 そんなことを考えていると、彼女はスッ、と顎を引いて口を開いた。


「私にだけやらせる気ですか?」


 彼女も俺が彼女自身の行動の意図に気付いていることに気づいたのだろう。俺の手にある『それ』を見ると、上目遣いで尋ねてくる。しかし媚びているわけではない。むしろ威圧されている感覚がある。

 というか、彼女の声は初めて聞くが全然見た目と噛み合わないな。少し高い声が女性らしいが、それを置いて余りあるほど語気が強い。見た目どおりなら、おどおどして自分を前面に出せない性格っぽいのに、気の強い性格なのだろうか。


 もしここでそうだと答えれば彼女はどんな反応をするのだろう……あれ、刺されるかも。


「あ、安心しろ、もう一つ持ってる。もちろん俺もやるさ」

「……そうですか。ならいいです」


 殺されるところを想像したら声が震えてしまったが、怪しまれてはいないようだ。

 渡したのはカッターナイフ。俺が予備として持っていたものだ。

 これで何をするかは言わずもがな、床の模様を削り取るのだ。行動が同じと言うことは、彼女も俺と同じく模様が一部でもかけたら機能しないと判断したのだろう。

 俺からカッターナイフを受け取ると、彼女はその場で膝をつき黙々と床を傷つけ始めた。


「お、おい! お前ら何してんだよ!」


 そこへ、一人の男が怒鳴りながら近づいてきた。

 この男は見覚えがある。先ほど異世界召喚だと喜んでいたメンバーの一人だ。教室の後ろにいたが、俺たちの行動を不審に思い来たらしい。


「さあな」


 俺は一瞬だけその男に視線を向けるが、どうでもよかったので適当に答えた。


「さあなって……じゃあ、やめろよ! 下手なことして光が消えたらどうする!?」


 歯をむき出しに男が叫ぶと、教室がシンッ、と静まり返った。だが俺たちは作業を止めないので、床を削っている音だけが教室に響く。

 いや、どうするって、本音ダダ漏れじゃねえか。反感買うから少しは隠せ。女子に睨まれてるぞ……あれ、睨まれてるの俺じゃないよな?

 そう思っていたら、音が一つ消えた。俺が視線だけを横に向けると、手を止めた彼女が睨むように男を見ていた。


「あの、うるさいんですけど。作業の邪魔だから黙っててくれませんか?」

「何だと! 俺に向かって……って、あ!お前知ってるぞ! 友達が作れなくていつも一人のやつだ! いつも一人の“ボッチ”が俺に意見するな!」


 いかにも頭の悪そうな発言に樒さんは小首を傾げる。


「言ってる意味が全くわからないです。柊君はわかりますか?」

「いや、わからないな。さすが中間テストで五教科合計40点の男」

「よん……え、あれ全部百点満点でしたよね? このお猿さんだけ十点満点だったんですか?」

「いや、間違いなく百点満点だ。このミジンコ君だけどれ一つとっても一桁だったんだ」


 真顔で男を馬鹿にしていたら、初めはポカンッとしていた男だったが、次第に理解してきたのか小刻みに震えだした。


「ふざけるなっ!? この俺を馬鹿にすると痛い目見るぞ!」

「すぐ暴力を振りかざしてるとモテないぞ?」

「うぐっ……」


 俺の言葉に男はたじろいだ。心当たりはあるようだ。


「後ろ見てみろ、女子たちが怯えて固まってるじゃないか」

「うぅ……ぐっ、わかった。なら俺の質問にそこの“ボッチ”が答えたら許してやる」

「はぁ、今度は何ですか?」

「どうすればモテるんだ? 答えたら俺の女にしてやる。特別だぞ!」


 腕を組みふふんっ、と鼻をならす男に、樒さんは死んだ目で答える。


「……私にはわからないですね。そういう質問は、同じ男の柊君に聞いた方がいいですよ」

「お前……爆弾処理は自分でやれよ」

「柊君みたいなカッコいい人ならどうにかしてくれるかと思いまして」

「そういうのはせめて表情作ってから言え。そんなんで絆されるのはこのミジンコ君くらいだぞ」

「それもそうですね」


 自然な流れで男を馬鹿にしていると、さすがに二度目ということもあり、すぐにその事に気づいた男はまたも震えていた。

 それにしても、樒さんも俺の名前知ってたのか。席が前後なのだから知っていてもおかしくはないが、いざ呼ばれてみると胸に来るものがある。


「ふざけるなぁ!何度も何度も俺を馬鹿にしやがって!」

「何度もって、たった二回だよな?」

「ええ、二回だけです。短気な男は嫌われますよ?」

「え、そうなのか? わ、悪かった。本当に怒ってたわけじゃないんだ、ちょっとした冗談で……」


 怒りが一瞬で鎮火したうえにアワアワしだす男に俺はつい吹き出してしまった。


「ぷっ……単純」

「やっぱり殺す!」

「まあまあ、どうしたらモテるか教えてあげるから落ち着きなよ」

「ほ、本当か? 教えてくれ!」


 期待からか息を荒くする男に俺は告げた。


「整形しろ、勉強しろ、痩せろ。以上」


 真顔でそんなことを言い放つ俺に、男は口を半開きにして呆けるのだった。

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廃棄スキル【パンドラの箱】の中身を誰も知らない。 吹雪 リオ @fubuki_rio

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