第113話:凱歌

 密偵団が遠巻きからロイドに向けて投剣を放った。

 中には指弾で暗器を放つ者もいた。

 刃や針先には猛毒が塗られている。

 当然だがアイルは投擲線から外れて一息入れている。

 アイルが一息入れているのに比べて、ロイドは息を整える間もない。


 ロイドが一人の味方もいない状態で戦うのは久しぶりだった。

 栄耀栄華を夢見て一人で戦い始めた頃以来だった。

 いや、その頃ですら必ず誰かとパーティーを組んでいた。

 非常時に自分の盾にするために。

 逃げる時の囮にするために。

 もう顔も思い出せず数も分からなくなるほど、多くの戦友を身代わりにしてきた。


 毒と治しきれていない局所の傷の影響でロイドの動きは鈍い。

 それでも防具と剣を駆使して投剣と指弾を避け続けた。

 このままでは密偵団の持つ飛び道具がなくなる。

 密偵団の焦りを感じたロイドが安心しそうになる直前、アイルが動いた。


 アイルがリカルド王太子を心から信じ感謝する理由の一つ。

 本来なら幼い頃からの側近や近衛騎士隊長にしか預けなかった強力な武器。

 魔王軍を一蹴できるほどの破壊力を持った魔道具。

 それを裏切った事のある公爵家の元騎士団長であるアイルに貸し与えたのだ。

 しかもロイドと戦うために改良までしてくれたうえでだ。


 ロイドは背後から圧縮されて刃とした風魔術を叩きこまれた。

 ロイドもアイルがいる事は計算の上だった。

 だから常にアイルを視覚でとらえ続けていた。

 完全に背後を見せないようにしていた。

 だからアイルが短剣の柄を握りしめている事を確認していた。

 投剣として放たれる計算をして準備していた。

 それが魔法陣を刻み魔力を込めた魔導剣だとは想像もしていなかった。


「ぐっがっは」


 ザックリと背中から風刃で斬りつけられたロイドは血を吐いた。

 背骨を断ち切られ、肺を傷つけられていた。

 だが流石に心臓までは止められなかった。

 アイルは二撃三撃四撃五撃と立て続けに風刃を背中に叩きつけた。

 自分の剣で、自分の手で討ち取りたいという気持ちを抑え込んだ。


 普通なら絶対に殺せるはずの攻撃だった。

 魔王軍の大軍を屠れるほどの魔力量を誇る魔道具だ。

 だがその魔力を使いきってもロイドを絶命させられなかった。

 ロイドは口に含んだ回復薬だけでなく、身体中に回復薬と解毒剤を忍ばせていた。

 針に塗った回復薬と解毒剤は、敵に鎧を押されるだけで身体に押し込まれるのだ。


 だがアイルもロイドの性格を理解していた。

 魔道具の魔力残量を計算して斬り込む覚悟を定めていた。

 最後の風魔術をロイドの背後に発動したと同時に、前から突っ込んだ。

 もうロイドにアイルの剣を避ける余裕はなかった。

 背中に受けた傷を癒すだけで精一杯だった。

 アイルはロイドの心臓を長剣で貫き、返す刀で首を跳ね飛ばした。

 

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