第38話:幸福と不安

 リカルド王太子はとても幸せだった。

 日に日に大きくなるライラとローザのお腹が、その幸せの象徴だった。

 同時に前世の記憶が周産期の危険を伝えるので、日々小まめに二人の世話をする。

 最初は酷く恐縮していたライラとローザだったが「苦しくないかい」「痛い所はないかい」「辛い所をさすってあげるよ」と繰り返し言われることで、徐々に素直に甘えることができるようになっていた。

 むしろ甘える方がリカルド王太子が幸せなのだと分かって来ていた。


 幸せな分、リカルド王太子には大きな心配があった。

 ライラとローザとお腹の子を殺そうとした不届きモノは皆殺しにした。

 二度とそのような事を考えるモノが現れないように、わざと虐殺した。

 後で検視した歴戦の騎士や徒士が嘔吐するほどの残虐な殺し方をした。

 それでも安心できなかったリカルド王太子は、警告の意味を込めて人族全体に喧嘩を売るような噂を流し、皇国にも絶縁状を送っていた。


「大丈夫だからね、魔王軍であろうと皇国であろうと、二人と子供に手を出す奴は皆殺しにしてやるから、何の心配いらないよ」


 ライラとローザの前では自信満々な態度で断言していた。

 だがその内心は不安と恐怖で一杯だった。

 前世では妻子がいなかっただけに、初めて得た妻と生まれてくる子供への愛情は、この世界の王侯貴族の家族像とはかけ離れたものだった。

 その想いが、ある重大な決意をさせていた。

 もし万が一自分が力及ばず死んでしまった場合でも、ライラとローザと子供達が生き延びることができるように、子供達に魔力を与えようとしていた。


「さあ、横になりなさい、今日も魔力を流して病気の予防をするからね」


 リカルド王太子が日々自分に魔力量を増大させている方法、東洋医学的な経絡経穴に魔力流す事と、アーユルヴェーダの理論に沿って魔力を流す事、更には西洋医学的な機能にあわせて魔力流す事、その全てを胎児のうちから始めたのだ。

 胎児のうちから魔力を流す事で、子供達に障害が出る危険も、悪影響があるかもしれない事も、全て理解した上で断行した。

 フィフス王国の有力貴族や大臣がライラとローザを殺そうとした事が、大陸の政治軍事だけでなく、胎児の運命まで変えてしまっていた。


「いつもありがとうございます」


 リカルド王太子を心から信じているライラが笑顔を浮かべて屈託なく答える。

 その笑顔を見てリカルド王太子の心が激しく痛む。

 生れてくる子供達は、この世界の常識を遥かに超えた魔力の持ち主になる。

 前世の知識と記憶を持つリカルドは、魔力がない状態で育ち、帝王学を治めてから知識と力を得たので、力に振り回されることなく使いこなせている。

 圧倒的な力を持ってしまった子供達が、同じように良識を持った人間に育ってくれるのか、リカルドはとても不安だった。

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