第20話:私怨

 フィエン公爵家の騎士団長だったアイルは悩み苦しんでいた。

 個人的には主家の敵である偽勇者達を探し出して殺したかった。

 だが配下の将兵とその家族を見捨てる事もできなかった。

 本来なら辱められて殺されて当然の自分達を、助けてくれたリカルド王太子殿下に恩を返さずに出ていったら、他の者達がどんな目にあわされるか分からない。

 リカルド殿下がそんな命令するとは思わないが、質の悪い雑兵達がそれを言い訳に女子供にどんなことをやってくるか……


「アイル、気持ちは分かるが公私のけじめをつけろ。

 私情を優先して騎士の責務を放棄しては、フィエン公爵家は更なる汚名を着ることになるぞ」


 精神的に追い込まれていたアイルは、リカルド王太子の言葉に一瞬ムッとした。

 主家の敵を討ちたいと思う事を私情と断じられたら、いくら相手が恩人であるリカルド王太子でも腹が立った。

 自分達に救いの手を差し伸べたのは、戦力を惜しんだだけで、親切や温情ではないのだろうと、心の中で悪態をついてしまう。

 そんなアイルにリカルド王太子は淡々と話したのだ。


「私にもロイド達を恨む気持ちはある。

 誰にも任さず、自分のこの手で八つ裂きにしたいと思っている。

 だがアイル、私が魔王軍に襲われている民と命懸けで戦ってくれている味方を見捨てて、ロイド達を追いかけて許されると思うか?

 それは私怨私情だと、私ばかりではなくフィフス王家フィフス王国が謗られる。

 今支援してくれている方々も私怨私情の為には支援できないと言われるだろう。

 王侯貴族に生まれた者には、私情よりも優先しなければならないモノがあるのだ」


 アイルはハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

 自分がどれほど身勝手な考え方に凝り固まっていたのかが分かった。

 主家の敵を討つとか、家臣家族の事がどうこうとか、義理や恩とか、そんなモノは私情だとリカルド王太子殿下は切り捨てた。

 王侯貴族に生まれた者には、領民の税で生きてきた者には、あらゆる私情を抑えて領民を護る公務があると断じたのだ。


「今アイルが民を見捨て偽勇者討伐に行ったら、やはりフィエン公爵家の者は屑だ、恩知らずの恥さらしだと大陸中から後ろ指をさされるぞ。

 これからどれほどの血を流そうと、フィエン公爵家の者は子々孫々謗られ貶められて暮らすことになるのだぞ。

 偽勇者を殺したければ、先に魔王を殺してからだ。

 魔王を殺した後でなければ、偽勇者を追う事を誰もゆるさんぞ」


 アイルは、誰よりも偽勇者を自分の手で殺したいのはリカルド王太子殿下だとようやく思いいたり、自分に身勝手さに恥じ入った。

 アセリカお嬢様と偽勇者に裏切られたリカルド王太子殿下が、その衝撃で落馬されたのを城門の上から見ていたのだから。

 リカルドは一日でも早く魔王の首を取り、その後で偽勇者を追うと心に誓った。

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