第4話(最終話)僕が愛した最後の魔女、アイカラットに似ているよ――
――アイカラット・ウィッチベル7世は、幼い頃に魔女一族が治めるジーランディア王国の、7番目の王として即位した。
その時、彼女はまだ9歳だった。
何も分かるはずもなく、ただ純粋に民衆からの喝采に手を振って応えてきて、彼女なりにジーランディアに対して憂国の心をもって、彼女なりに政務をこなして―……そして、今日まで生きてきた。
民衆は、歴代の魔女の王と同じく、アイカラットに対しても喝采を贈ってきた。
『民衆というのは、迎合と反発しかできないものですよ』
どの世界も、異世界でも、文明というものは必ず滅びる因果をもっているようだ。
滅びて、後に残るものは記録だけである。
イースター島で言えば、モアイ像だけである。
「民衆の誰が軍事を統括するのでしょうか? 戦闘経験は? 戦略は考えたことがあるのでしょうか? イーストラリア帝国との和平交渉は? 戦後処理は? そもそも民衆の誰が政治を行えるのでしょう」
寂しい表情から放たれるアイカラットの言葉に、彼女の女王としての品格を感じた。
「魔女一族の支配を終わらせて、絶対王政から民主国家を建国。敵が目の前まで迫って来ているのに、どうやって?敵は帝国です。軍事力で支配を考えている人達です。結局、ジーランディアの民衆は、再び支配を受けることになるでしょう」
そう言うと、ふっ……一つため息をついた。
万策尽きたような、いや、その通りのため息だ。
『ねえミツボシ・リュウさん。私達ジーランディア王国は、いったい何を間違ったのでしょう……』
僕はアイカラットの先に述べたこの言葉を思い出した。
僕は気付いた。
いつの間にかアイカラットの瞳から、
アイカラットは話を続けた――
「そもそも、民主主義はどこまで優秀な政治なのでしょうか? 結局、民衆の中から代表を決めるだけです。多数派と少数派に分かれて、結局は争うのです。民主主義で話し合いというのは、もしかしたら素晴らしいことなのかもしれません。ですが、どこまでも話し合っても軍事力による支配には勝てないと思うのです」
僕に淡々とそう語り続けてくる。
「魔法が使えた、魔女がいなくなるこのジーランディア王国は、やっぱり滅びるしかないのでしょうね」
そして、そう僕に言う。
淡々とだった……
「魔女の魔法に頼って、魔女の力の源泉であるレイラインを枯渇させたのは、魔女一族の思い上がりなのでしょうか? それとも民衆の暴走なのでしょうか? ねえ?? ミツボシ・リュウさん、どちらだと思いますか?」
彼女は優しく微笑んで……僕を見つめて、そう言った。
「さてと! ……そろそろ、お城に戻らないと!」
アイカラットが両手をパチンと叩く。
「――今、お城で神官達が必死で敵国との和平交渉を会議しています。私もその会議に戻らなければいけません。これでも魔女の女王ですからね。実は、私がこの丘にこうしているのは……会議が嫌になっちゃったからなんですよ!」
アイカラットは、くすっくすっと肩を揺らして笑った。
君は、やっぱり、笑顔が似合うよ――
「気分転換も兼ねてですけれど、無駄なんですよ。敵国との和平なんて。到底、無理な話なのです。でも、無理と分かっていても考えなければいけません。民衆のためにも……最後の魔女としてでも……」
『どちらだと思いますか?』
「ミツボシ・リュウさん。あなたに転生魔法を掛けて日本へ帰してあげます。正真正銘、これが最後の魔女の最後の魔法です!!」
「そんなことが出来るの? もう戻れないかと思っていたけれど……マナは大丈夫なの?」
「大丈夫です。まだエネルギーは残っていますから!!」
魔女の魔法か……。
でも、まあ日本に帰れることは、なんだかありがたい。
我が名はアイカラット・ウィッチベル7世である
偉大なる魔女一族ウィッチベル家の7世である
ジーランディアに潤う魔女の血レイラインよ
その血から生まれるレイラインの子供マナよ
アイカラット・ウィッチベルがマナに命じる
我が足元に転生の魔法陣を創りだしなさい
そして、ミツボシ・リュウさんを、あるべき世界へと転生させなさい
うぉ! 本物の魔女の呪文だ……
ヴヮーーン
アイカラットの胸元のマナの宝石が、激しく光り出した。
対照的に僕と彼女の周辺が薄暗くなった。
すると、マナの宝石の光が一層輝いて見えた。
フヮーーーン
足元に魔法陣が現れた。
青紫色に輝いている魔法陣だ……。
「……ミツボシ・リュウさん。魔女の話を聞いてくれてありがとうございました。どうでしたか? 結構、魔女って人間っぽいでしょ? ……おかしいな、なんで人間達と仲良くできなかったんだろう?」
両手を魔法陣にかざしながら、アイカラットが呟いた。
僕は無言で、それを聞いていたけれど、心の中では、
(魔女も人間も、お互いに仲良くする気なんてなかったんだ。お互いに利用したかっただけなんだと思う)
と、思っていた。
僕は、アイカラットにそれを言おうかどうか迷ったのだけれど、言わないことにした。
だって、僕には無関係なのだからだ。
ここは異世界だから。だから、僕には無関係なんだと……そう自分に言い聞かせるかのように。
お別れするアイカラット・ウィッチベルは、僕達は始めから出会う予定なんてなかったのだから。
僕には、どうすることも出来ないのだから――
フヮーーーン フヮーーーン
魔法陣が次第に大きくなってくる。
青紫色の輝きも強くなってきて、すぐに僕を包み込んだ。
「…………バイバイです。ミツボシ・リュウさん。あなたに出逢えて嬉しかったです」
ヴヮーーン
目の前に満開の桜があった――
「…………」
ああ、そうか! 日本に戻って来たんだ。
「…………」
帰ってきたんだ。
「……………」
アイカラット・ウィッチベル――
「満開になりましたね。今年もこの桜――」
「えっ?」
日本に帰って来るなり、いきなり話し掛けられて僕はびっくりだ!
「写真、お好きなんですか?」
「……えっ。…………ええ。花の写真を撮るのが、僕の趣味のようなものですから」
その女性は、僕の隣に、いつの間にか立っていた。
「……あの、あなたも桜が好きなんですか?」
僕はその女性に話し掛けた。
「はい! と言っても、実は、私は梅雨時期に咲く桔梗の花が、一番好きなのですけど……」
「桔梗ですか?」
「はい!! 綺麗じゃないですか。桔梗の花って!! 青紫色の花で、どこか上品で、どこか謙虚で……。でも、どこか寂しさを見せている、あの俯いて咲いているところが奇麗だと私は思うのです」
桔梗か……。
僕は桔梗の咲いている姿を思い出してみた。
「そうですか……。そうですよね…………」
「私には、あの姿がなんていうか、変な話ですけれど、懐かしく思えるのです……」
「懐かしいですか?」
「ええ、変な話ですよね」
と言うと、その女性が僕の顔を見て、とびっきりの笑みを見せる。
「いいえ。ちっとも、そんなことは…………」
似ているよ。とても、よく似ているよ。
僕が愛した最後の魔女、アイカラットに似ているよ――
終わり
この物語はフィクションです。
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