第2話 もう、魔女も魔法の時代も終わりそうですしね。

 僕はアイカラットという魔女に、召喚魔法で、このジーランディア王国に召喚された。

「…………!」

 アイカラットが僕の笑みに、笑みで応えてくれた。

「……………」

 僕は笑みをみせたまま、無言でアイカラットの瞳を見つめた。

 本当に綺麗なブルーアイだ。



 ――僕がこの場所に召喚されてから、わずか数時間の会話。

 この物語は、ただ、それだけの短いストーリーである。



 僕とアイカラットは、この丘の草原で話をした。

 丘の上に見えるお城は、魔女である私のお城。

 丘の下に見える町は、このお城の城下町。ここはジーランディア王国の首都だということ――


 それから、お城の朝は早くて、まだ太陽が沈んでいる時間からお城の中にいる神官達は、祭殿で祭事を行うこと。

 城のメイド達もコック達も、慌ただしく掃除や洗濯、朝食の用意をしているのだということ。

 そういう話を、彼女は僕に教えてくれた。

 勿論彼等は、女王であるアイカラットのために働いている。


 町では今のシーズン、各地から採れた野草や果物が一斉に集まってくるという。

 こちらも朝早くから、市場で売り買いが行われ、それを売る者と買う人達の値段交渉……値引き合戦で、とても賑やかなのだという。


 ……彼女は話をしたかったのだろう。


 僕は、彼女が孤独で辛い立場だということを、この言葉で理解出来たから。

「もう、この国に魔女はいりません。だから、私は消えなければならないのです」



「ふふ、別に何でもよかったんです。……誰でもよかったんですと言った方が、失礼がありませんよね」

 僕とアイカラットが、はじめて出逢った時の話をしよう。

「ただ、このマナがまだ使えるのかなって確かめたかっただけなんです。もうこの宝石も、もうすぐすれば、ただの石になってしまうのですから。最後の記念にと思って……」

 アイカラットは胸元の宝石――魔女のエネルギーの源泉であるマナの結晶を指で触って、僕に教えてくれた。


 それは、綺麗な宝石だった――

 石の中心から、黄色と薄い黄緑色が、交互に点滅して光っていた。

 不思議な宝石、まさに異世界のそれだと僕は思った。



 ――草原を優しく風が、2人の頬を撫でていく。

 ああ、やっぱし似ているな。

 この王国の季節は、今――春なんだ。


「これでも私、まだ、レイラインのエネルギーがジーランディアの国全域に広がっていて、まだ、マナの宝石もいーぱい採れていた頃には、この召喚魔法でドラゴンを呼び出したことがあったんですよ!」

「ド、ドラゴンって、あの飛んだり炎を噴いたりするモンスターの?」

 僕は、RPGのゲームの口から炎をヴォーって吐く、おなじみのドラゴンを想像してそう言った。


「……モンスターというよりも、この世界の守護者のような存在ですね」

「守護者? ドラゴンがですか??」


「はい。ドラゴンは、見た目は、まあオオトカゲに翼があって体格も大きくて、怖そうに見えますけれど、実は、彼ら、普段は大人しい性格の持ち主なのですよ」

「ドラゴンがですか?」

 僕は、同じセリフを2度言ってしまった。

 同時に、内心で(やっぱり、ここは異世界ってなんだな)ということを、最終確認のように自認した。


「でもね! ふふっ!!」

 アイカラットの笑みがこぼれた。


「それで、そのドラゴンがさ! 暴れて暴れて……まあドラゴンって普段は大人しいのですが、さっすがに飼いならすことは魔女にも無理ですから。彼ら一匹狼ですから」

 半分笑いながら僕に話を続けた。


 ドラゴンが一匹狼って、なんか、変な例えだと思ったけれど……。


「でね! あの丘の上のお城を、ぶっ壊したり、町で炎を噴いて暴れたりで!! ……城の神官達が封印魔法を使って、ようやく収めることが出来て、子供の頃の苦い思い出ですよ。ふふっ」


「お城は大丈夫だったのですか? それに町の住人は??」

「お城は、神官達が修復魔法で何とか……。町も同じく……です。……けれど、えへっ!! まあ、その後、神官達からこっぴどく、お説教を受けまして………酷いんですよ神官達って! 女王の私に呪文の書き取りを居残りで押し付けてきてさ!!!」

 アイカラットが笑った。その笑った姿は上品だった。


 女王らしい上品な笑顔だ――




 ――春めいたジーランディア国の、城の見える丘の中ほどに僕達はいた。


「もう、魔女も魔法の時代も終わりそうですしね。思い出の召喚魔法ってやつかな~?」


 僕とアイカラットが、はじめて出逢った時の僕には、彼女の言ったその言葉の意味は分からなかった。

 それと、写真を撮っていて、いきなり異世界に召喚されたのだけれど、本来なら、僕はびっくりして慌てるのだろうけれど、そういう気持ちを持つことはなかった。

 僕には明確な理由があった。

 なぜなら、ジーランディアのこの国は、本当に美しかった。

 春のジーランディア――色とりどりの綺麗な花がいくつも咲いていて……。


 花の写真をよく撮っていた僕には、この異世界は怖く思えなかった。

 なぜだか分からないけれど、なんとなく懐かしかった……。



「ところでカガミ・リュウさん? そのパシャリって音を出した、その小さな箱はなんなのですか? 」

「ああ、これですか? これはカメラです。コンパクトカメラですよ」

 少し前屈みになって、僕が手に持っていたそれをアイカラットが興味津々に見つめてきた。


「こんぱくとかめら? なんですか? それ?」


 論より証拠、

「この写真を見てください!」

「わわ! これって、私が写っていて!!」

 僕はアイカラットに、さっき撮った彼女の写真を見せた。

 彼女は、とても驚いた。

 多分、ジーランディア王国にカメラは無いのだろう。

「ええ、この小さな箱は、世界をこうして記録することが出来る道具なのです。僕からすれば、魔法の方がびっくりするんだけれど……」


 これが、僕と彼女の最初の会話だった。こうして僕と彼女は出逢った。

 なんともあっけない出逢い、僕のファンタジーのはじまりだった!!


 でも、そのはじまりが終焉を迎えつつあるこの国と、その終焉を受け入れなければならない……最後の魔女との哀しい真逆ラブストーリーだったけれど――




 ――アイカラットの瞳が、哀しんで見えた。

 幸薄の自分、魂が抜けたような瞳だった。


 それでも、青紫色のアイカラットの瞳は綺麗だ。


「カガミ・リュウさん。今ジーランディア王国の民衆は、あの町で表向きには何事も起きていないと信じて、励ましあって暮らしています」

 アイカラットの右手が麓の町を指差した。

「ですが、本当は民衆は、不安で怖くて恐れているのです。彼らにもすでに、イーストラリア帝国がジーランディア王国に、その強大な軍事力で宣戦を布告して、攻めてきていることを知っているからです。イーストラリア帝国の軍事力は、今までは、私達魔女一族による魔法で防ぐことが出来ました。抑止することも出来ました」

 刹那――彼女の瞳が鋭く何かを思い出して、睨み付けるように変わったように見えた。


「……ですが今は違います。レイラインも、レイラインから生まれるマナの宝石も、もう、この国では採れなくなりました。結果、魔女の力も弱まり、もはや防戦すら出来ない状況なのです。だから民衆の本音は」

 と言うと、アイカラットは言葉を詰まらせた。


 彼女の瞳が、再び哀しくなった……。


「ねえカガミ・リュウさん。私達ジーランディア王国は、いったい何を間違ったのでしょう……」




       *




 絶対王政の後に待っていたものは民主主義である。

 フランス革命の後に待っていたものは恐怖政治だった。


 ルイ16世もマリーアントワネットも消えていった。

 これを代表としてユーラシア大陸で、いくつもの王家や王族や貴族が消えていった。

 ロシア革命も太平天国の乱も同じである。


 もっと言おう。

 ベルリンの壁が崩壊してルーマニア革命、湾岸戦争からイラク戦争もそうである。

 勿論、日本も例外ではない。


 これは歴史の必然だからである。


 もっともっと言おう。

『権力は必ず腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する』と言ったイギリスの歴史家がいた。

 これが権力というものの本質である。権力は永遠には続かないのである。


 わかりやすく例えてみよう。熱力学第二法則である。

 秩序活動をすればするほど、無秩序は増大していく。

 自分の部屋を掃除したとしよう。部屋のゴミはなくなり部屋は綺麗になった。

 けれど、その部屋のゴミはどこに行ったのか?


 ゴミ箱の中である。


 部屋の掃除というのは自分達にとって、いらないものをどこか一箇所に集めただけの行為にすぎない。

 更に、部屋を掃除するという行為で、人間はカロリーというエネルギーを消費する。

 よーく考えてみれば、単に全体的にエネルギーを消費しただけなのである。


 これが秩序活動の本質である。

 政治は秩序活動である――



 フランスとイギリスの100年戦争の中、生まれてきたジャンヌダルク。

 ジャンヌダルクは神からのお告げを受けて、民衆を鼓舞して引っ張っていき、戦争を終わらせた伝説の人物である。

 しかし、その後ジャンヌダルクはどうなってしまったのか?


 邪魔な存在として、その後の政治家達宗教家達からうとまれた。魔女狩り、魔女裁判、最後に魔女として消されてしまった。


 ジャンヌダルクが本当に魔女であったのかどうかが、本質なのではないと言おう。

 ジャンヌダルクは、利用されていただけであると言いたい――




「……カガミ・リュウさん。あなたには聞こえますか? レイラインを枯渇した、このジーランディア王国の悲鳴が。もう、魔女一族には、イーストラリア帝国と戦うだけの魔力は残っていません」

 アイカラットは僕に切実に話を続ける――

「長年、魔女一族と共に、平和と共に生きてきた民衆にも、イーストラリア帝国と戦う能力はありません」

 アイカラットは空を見上げた。


 ジーランディア王国の春の空は、気持ちが良かった。

 雲が空をゆっくりと流れていく。

 まるで、この王国はこれからも永遠に平和が続いていくのだと……そう言わんばかりの天気だ。


 ――最後の魔女であるアイカラットの寂しい表情とは、対照的だった。



「私達ジーランディアは、やがて、為す術もなく、イーストラリア帝国に国土を占領されてしまい……」

 アイカラットは空を見上げたまま話を続ける。

「民衆は奴隷とされて、過の国へと連れ去られ……。いいえ、もっともっと酷いことを、イーストラリア帝国の兵士は民衆にするでしょう」


「アイカラット……。あの、落ち着いて……ください」


 僕は、異世界というところは、僕なりにファンタジーなところだと身勝手に想像していた。

 でも、実際には、日本のような様々な問題や国難が山積していた。

 そう率直に僕は感じたのだった。

 だから、これくらいの言葉しか、急には思いつかなかった……。


「更に、魔法が使えない魔女の女王は捕らえられ、魔女裁判を必ず受けさせられ……。その裁判は、はじめから結論ありきで、そして、見せしめとして消される運命なのです。………だから! カガミ・リュウさん」

 彼女が僕を見て、……少し、息を荒げて声を出した。



「どうか! 私がそうなる前に、どうか、私を……」

 アイカラットの瞳が、潤ったかに見えた。

「ど……どういうことですか? アイカラット??」

 僕は困惑して、そう言った。

 ……いや、本当は、アイカラットが何を言いたいのかが、僕には分かっていた。

 僕はイースター島の末路を、知っていたからである。


 マナを採りすぎたために枯渇して、エネルギーが減っていくというジーランディア国の末路は、イースター島のモアイ像と、よく似ていると思った。



 ――最後の魔女はジーランディア王国を支配したくて、統治したくて、女王になったのではない。

 彼女は生まれながらにして、ジーランディア王国の、最後の支配と統治を運命付けられていただけなのだと、アイカラットが僕に教えてくれた。


 こっそりと……




 清王朝最後の皇帝、ラストエンペラーの愛新覚羅溥儀と、まったく同じ境遇である。

 ヨーロッパ諸国による植民地支配と戦争、民衆は皇帝に従うだけだった。

 しかし、その民衆の中から、やがて皇帝支配に不満をもつ者達が現れてグーデターを起こす。


 結果、国は弱体化して清王朝は崩壊してしまった。


 崩壊した後の清王朝最後の皇帝は、どうなってしまったのか?

 ラストエンペラーの愛新覚羅溥儀は、まず大日本帝国に利用された。

 大日本帝国は大陸に満州国を建国して、そこに愛新覚羅溥儀を皇帝として即位させた。傀儡政権のために利用された。


 次に、毛沢東の共産党が彼を利用した。

 愛新覚羅溥儀を捕らえて、政治教育という名で共産主義の思想をラストエンペラーに刷り込んだ。

 恩赦で開放された後、共産党は何と言ったか?


 政治教育の成果、やはり利用されたのである。


 彼は晩年は、とても穏やかにすごしたのだけれど――




「――だったら、アイカラット! あなたに責任はありませんって」

 僕は明るくアイカラットに言った。


 僕には、この異世界の云々うんぬんなんてものは正直分からないし、関係ないと思った。

 けれどアイカラットの笑みからの寂しい表情――寂しい表情から、また笑みを――その移り変わりを、彼女の隣で、彼女のその表情を見ていて。

 僕は、ここは、こういうべきなのだと思ったからだ……。


「そ……そうでしょうか?」


 アイカラット・ウィッチベル 7世――どうか、そのような表情を見せないでください。

 あなたは、魔女一族として生まれてしまい、そして、ジーランディア国の女王として、最後の魔女として生きる運命を、神様から与えられただけ。

 ただ、それだけのことなのですから――


 あなたに責任はありません。





 続く


 この物語はフィクションです。

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