僕が愛した最後の魔女、アイカラット……
第1話 ――もう、この国に魔女はいりません。
彼女は、優しく微笑んで……。僕を見て、そう言った。
僕は今、異世界に来ているようだ。
この場所は、異世界の中でも最果ての地域だという。
そんな最果ての地域に、とある王国が統治していた。
名前を『ジーランディア王国 (Zealandia Kingdom)』という。
自然豊かな王国だ。
辺りは小高い丘が所々に見えている。ゆるやかなその丘の斜面に草原がある。見渡せば、草原、草原、どこまでも草原である。
……名前は分からないけれど、いろんな色とりどりの花が咲いている。その花に鳥が、勿論、異世界の鳥が飛んできて、花の蜜を吸っている。
その花をもっと近くで見つめてみれば、これも異世界の昆虫が、同じく花の蜜を集めていた。
――遠くを見てみると、かなり険しい山々が見える。
その山々の上の方には、万年雪だと思うけれど、雪が積もっていた。
草原のこの丘は春の装いだけれど、遠くの山々は冬? そういう風景が広がっている。
彼女に聞くと、ジーランディア王国の城周辺では、ごくありふれた風景なのだという。
――僕は、彼女から聞かされた。
こんなに自然美しいジーランディア王国が、今、滅びつつあることをである。
最果ての王国、ジーランディア王国は絶海の孤島の国である。
分かりやすく言えば、『イースター島』を十数倍に大きくしたような、海に孤立している王国である。
ジーランディア王国を建国したのは、魔女一族だという。この王国は長年、魔女を崇拝してきた。
その王は、当然、魔女から選ばれた――
――昔話をしよう。
最果てのこの大地に、魔女一族が降り立った。
もともと、この場所には人々――原住民が暮らしていた。
人々の生活は、魔女一族の登場によって一変してしまった。
魔女一族は魔女の力を――つまり魔法を発動できる。魔女一族は人々にその力を、これでもかと威圧的に見せつけた。威圧して、弾圧して、支配して……。
魔女と人々の力の差は、肉食動物と草食動物のような、絶対的な力の違いであった――
人々は最初、魔女一族が何者なのかが、よく分からなかった。
見た目は、自分達とほとんど同じ。体格もほぼ同じ、髪の毛の色のバリエーションも、黒から茶色、金色まである。
服装は違った。魔女一族のそれは、いわゆる異国の装いだった。
日本の一般人が、駅前や幹線道路の大型ショップモールで購入する服装が人々――原住民の服装であるならば、魔女一族のそれは、東京都心の有名ショップとか、ネットショップの人気サイトで購入できるような、ブランド志向の服装のようであった。
あと、瞳の色が違う。
魔女一族の瞳は青紫色だ。いわゆるブルーアイである。一方の人々は、黒から茶色の間でバリエーションである。
――彼女の瞳の色も、勿論、青紫色である。
まもなく、魔女一族はこの絶海の孤島の覇者を宣言、事実そうなった。
圧倒的な力の差だった。人々は魔女一族の言うがままに従った。
誰もが魔女を恐れた。恐れたから人々は魔女に迎合した。
迎合が続いた結果、魔女の支配は長年にわたって続くのであった。
やがて、人々は魔女の力を崇拝するようになった。
崇拝は、より魔女の力にすがろうとする人々によって、競争へと変化した。
魔女一族は、その人々の行為と気持ちに高揚した。高揚して、支配による満足感を味わった。
悠久の魔女の王国、支配の時間が流れていく――
――更なる魔女の恩恵を受けたいと願った人々、それは崇拝と欲望を融合させていく。
自分たちの思想が一致する者同士でグループを作り、そのグループが競い合い、魔女のエネルギーの源泉であるレイライン(Leyline)から生まれるマナ(Mana)と言われた宝石――ダイヤモンドのような、綺麗なその石の塊を、それらグループは、ジーランディア王国中で競って探し求めた。
ある者達は地面や斜面を掘ったり、別のある者達は、山岳の未開の場所へと行ったりして、マナを探し求めた。
だが、ほとんどの人は帰って来なかったという……。
絶海の孤島の国――ジーランディア王国は、その国土の7割が未開拓の土地であるという。
都の遥か遠い所には、大森林が一面を覆っている。また未開拓の土地は山岳地帯が多く、山脈は標高が雲の上を越え、山頂部には最初に話したとおり、万年雪が積もっている。
山々の間にはフィヨルドのような、切り立った断崖の間を、縫うように深い河が流れている。
――それでも、命懸けでマナを探し集めて、それを魔女へと献上できたグループもいた。
魔女はその行為に深く感謝した。そして、そのマナを受け取った。
歴代の魔女一族は、人々が集めてきたそのマナを、受け取れるだけ受け取ってきた。
それが、当たり前の行為なのだからという思いで、ずっと受け取ってきた。
けれど、そんな環境は、永遠に続くはずはない――
ジーランディア王国の草原、見上げれば丘の上に建物が見える。ジーランディア王国の城、魔女の王の城である。
丘の下を見れば、綺麗で緩やかな流れの川が流れていて、その両側には家々がいくつも見える。
家だけではなく、大きめの宮殿のような建物も、かなり至る所に建っている。
これは、けっこう大きな都である。
――その草原に、一人の女性が立っていた。
髪は金色でストレートのロングヘア―である。先に話したように、瞳の色は青紫色だ。
服装は上品な布地の服を着ていて――東京都心の、ビル街を歩く女性が着ているファッションのようである。
実は、彼女は、ジーランディア王国の女王である。
彼女の名前を、
アイカラット・ウィッチベル7世 (Aicarat Witchbell VII)
もちろん異世界の人。と言いたいところだけれど、彼女は人ではなかった。
ジーランディア王国の女王、つまり彼女は魔女である。
アイカラットの瞳は綺麗である。
宝石のような、上品な青紫色の目、ブルーアイである。
だけれど、アイカラットの瞳はその上品さとは相容れず、生気が抜けたような瞳をしていていた。
その生気が抜けたような瞳で、この丘から見える城と町を見つめていた。
無言で見つめていた――
その姿を、僕は隣から見ていた。
「…………?」
アイカラットが僕の視線に気が付いた。
「……………」
僕は無言でアイカラットの瞳を見つめた。今の僕には、それしか出来なかった。
「…………!」
アイカラットが僕の視線に反応して、笑みを見せた。
けれど、僕に見せてくれた彼女の笑みは……やはり寂しそうだ。
「…………!」
僕はアイカラットのその笑みに、僕も笑みで応えた。
「……あの、カガミ・リュウさん。もっと、日本の話を聞かせてもらえませんか?」
アイカラットが僕に話し掛けてきた。僕の名前はカガミ・リュウである。
もちろん異世界の人間ではない。日本人である。
――その日本人である僕が、どうしてこの異世界、ジーランディア王国にいて、アイカラットという魔女の隣に立っているのか?
気になるだろうけれど、それはまた後で。
「へえー日本という国では、今、そんなことが流行っているのですか!?」
「ええ、そうですよ。みんな東京オリンピックを盛り上げようと、日本全体で大騒ぎです」
僕は、日本の話をいくつかアイカラットに聞かせた。
僕は、なんとか彼女に、素直に笑みを浮かべてほしいと思った。
だけど、僕は本当は、アイカラットの寂しく見える笑みの意味が、彼女が教えてくれた昔話から、なんとなく想像出来たのである。
なぜなら、僕は、イースター島の末路を知っていたからだ――
*
「カガミ・リュウさん……。――もう、この国に魔女はいりません。だから、私は消えなければならないのです」
アイカラット・ウィッチベル7世 (Aicarat Witchbell VII)の言葉である。
「………………」
僕はアイカラットのその言葉に、何も言い返せなかった。言い返すことなんて出来なかった。
――アイカラットは自分の運命を覚悟していた。彼女の目を見ればそれが分かった。
彼女の笑みの奥に見え隠れしている寂しそうな表情と、その瞳を見れば……。彼女の『もう、この国に魔女はいりません』というその言葉の意味が、感覚的に僕に伝わってきたからである。
それは、まさしくイースター島の最後と同じだと思った。
『硬直化した文明は、必ず破局して崩壊する』と言った天才物理学者がいた。
この世界で滅びなかった文明なんてものは無い。花が開花してやがて枯れるように、人が生まれて、やがて死ぬように、文明も最後には必ず崩壊する。
この話は異世界でも同じである。
そんな環境は、永遠に続くはずはない――
魔女のエネルギーの源泉であるレイラインから生まれるマナという宝石。その宝石が、ここジーランディア国に無限にあるはずはなかった。
薪が無くなってしまえば、ローマ帝国が消えていったように、化石燃料が無くなれば戦争が起きるように、マナがなくなれば、やがて魔女のエネルギーの源泉の魔力は弱くなってしまう……。
するとどうなるのかと言えば、魔女は魔法を使えなくなってしまうのである。
魔法が使えない魔女を、もはや恐れる民衆なんて誰もいない。
――ジーランディア国を長年治めてきた、というよりも支配してきた魔女一族のエネルギーの源泉であるマナは、アイカラットが女王に即位したこの時代には、この孤島には、ほとんど残っていなかった。
魔女一族は、マナを使い果たしてしまったのである。
さらに、問題はここからである。
この問題がジーランディア国だけ話で終わるのであれば、この国はそれなりに事態を収拾できて、例えば新しい政治体制を創ったり、魔女が退位して民主国家に変わったりして、治安を抑えられることが出来る……のかもしれない。
実は、ジーランディア国の海を船で4日ほど渡った所には、イーストラリア大陸(Eastralia)という大陸がある。
その大陸はイーストラリア帝国が治めていた。
イーストラリア帝国は、ジーランディア国よりも大きな大陸で、大国である。
そして、帝国というだけに軍事力がある。
帝国は、ジーランディア国に度々宣戦を布告して攻めてきた。
お互いの国には、こういう複雑な歴史がある。
イーストラリア帝国は、かなり好戦的な国家であった。
それもそのはずである。イーストラリア帝国は、国土はとても広いのだけれど、そのほとんどは砂漠である。
人が住めない砂漠、その砂漠の国土を抱えているイーストラリア帝国から見れば、ジーランディア国の豊かな自然環境は、とても羨ましい。
イーストラリア帝国から見れば、誰もが羨望する土地だった。国家だった。
だから、イーストラリア帝国はジーランディア国へ、何度も何度も宣戦を布告し、戦ってきた……。
――その戦争は長年続いてきたけれど、ある時、ジーランディア国に魔女一族が現れて、ジーランディア国を治めるようになってから、魔女一族は魔法を使って、何度も何度もイーストラリア帝国からの攻撃を防いでくれた。
要するに、魔女一族のおかげで、防いで来られたのである。
それからも、何度も何度も、何度も帝国に宣戦布告されたけれど、魔女の魔法によって、それが抑止力となってくれて、大戦に発展することはなかった。
魔女一族のおかげで、平和は続いてくれたのだった。
…………それも、もう出来なくなってしまった。
イーストラリア帝国が、またしても攻めに来ていたから――
――この話は、これくらいにしておこう。
そうだ僕のことを言っておかなければ、僕の名前はカガミ・リュウである。
僕がどうしてこの国、ジーランディア国にいてアイカラットの隣に立っているのか? 実は僕にもよく分からない。
僕は写真を撮ることが趣味である。
どういう写真を撮るのかと言えば、基本的には花の写真である。
季節は春、近所の公園には桜の木がいくつもあって、それが春になると一斉に花を開花させる。
僕はその桜の花の写真を撮ることを、毎年のイベントのように思っていて、だから今年も近所の公園の桜の花を撮りに行った。
パシャリ、パシャリとコンパクトカメラで撮り続けていて、撮り続けていて…………、で、気が付けば異世界に来てしまっていた。
信じられないかもしれないけれど、本当に来てしまっていた。
自分でも、意味がよく分からない。
更に気が付けば、アイカラットが目の前にいた。
城と家々が見えるこの丘で、僕たちは出逢った。
「よかった! 私の召喚魔法って、まだ活きていたんだ!!」
「…………え? …………なに?? …………君は誰なの??」
「ふふっ 面白い人」
「お、面白い? 僕のことですか?」
「ええ、そうよ! だって、この丘には、私とあなたしかいませんもの」
「……あの、僕の何が面白いのですか」
「……はは。そういうところでーす」
「そういう?」
「はははっ。異世界の人って、私達と何もかも、見た目も服装も、そしてリアクションも違っていて、本当に面白いわ! ははっ」
「……………」
僕は、なんだか憮然とした気持ちになった。
けれど、アイカラットのその笑みを見ていて、なんだか、どうでもいいように思えた……。だから、
パシャリ!!
僕は彼女とはじめて出逢ったその時、その瞬間に、自分の持っていたコンパクトカメラで、彼女の姿を思わずパシャリと撮ってしまった。
僕は桜の花を見て、これ美しいという思いと同じように、彼女を撮った。
続く
この物語はフィクションです。
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