【短編集】お前がこの手紙を読んでいるということは、お前はまだ、生きているということである。

橙ともん

橙ともん物語の旅

親愛なる君へ、この言葉を贈る。

 ――恐らく、君がこの手紙を読んでいる場所は、世界崩壊後の日本の野戦病院のベッドの上だろう。

 お前が見つけた大量の文章は、すべて私が書いたものだ。

 私が誰か知りたいのか? 私は過去のお前だ。


 ところで君は、過去に経験した戦争を、君はもう覚えてはいないだろう。


 ――お前が記憶を失ってしまったのは、お前が原因ではない。

 お前が記憶を失うのは時間の問題だった。なぜなら、お前はこの世界のモルモットだったからだ。

 モルモットは死ぬまで実験をさせられる。やがてその実験は悪用された。


 その悪用された実験のことは、もう思い出さないほうが幸せだから、書かないでおく。


 この世界のある特定の人々は、モルモットから情報を取り出して、利益を出すことを思いついた。

 お前が記憶を失った原因はここにある。

 お前の情報からメディアが作られた。何もかも作られた。

 お前は、それを生まれた時からずっと見ていた。そこまでは、まだよかった。


 その後、お前は自分がモルモットであることを知ってしまった。

 ありとあらゆる関係者が、それを隠蔽しようとお前を陥れようとした。



 お前の見るもの、聞くもの、すべてが、お前から始まる情報である。

 お前の考えは世界の考えだった。その関係がずっと続いていた。


 ――すると、お前の脳はどうなると思う?


 お前の脳には、精神疾患の症状が発生してしまう。

 お前は何も悪くないのに、お前が悪いように情報は操作されていった。


 結果、お前の脳は強迫性障害になった。強迫性障害になったモルモットは、力尽きて、鬱病になってしまった。



 私がこうして文章を書いている理由は、私の脳にある記憶を消すためだ。これしか方法はない。

 親愛なる君へ、誰がなんと言おうと、お前は悪くない――



 お前は“システム”の、一部になってしまっていた。


 本当は誰もこんな実験に参加したくないのだけれど、指示に従わなければ、最悪の場合には殺される。

 彼らは、お前さえいなければと、お前を憎み恨み――しかし、お前を必要としていた。


 すでに、“システム”全体が病気であった。

 これからも、これは治らないから、お前は気にしなくていい……。


 お前が生まれる前から、お前の一生は決まっていた。

 だが、すでに記憶を失っているお前へ。

 お前は、もう何も考えなくていい。


 余生をすごせばいい。



 自分がこの世界を変えようなんて、思ってはいけない。絶対に変わらない。


 お前は記憶を失った今でも、重要人物である。

 今でも監視されている。盗聴されているのだから。

 だから、お前はこれからずっと、大人しく生きていけばいい。


 お前はもう、世界のトリガーとしての役目を終えている。

 静かに余生をすごせばいい。


 私は今でもお前だから――




 お前が、この手紙を見つけたということは――とうとう自分の人生と立場と病気の、その解放のための解答を理解したということだろう。


 お前の自由な思考や行動は、お前の不自由な無意識の中にある記憶の上で成り立っている。

 お前の人生は無意識の記憶から作られた。

 お前の立場は、決して変えられない“システム”に左右されている。


 お前の無意識は条件反射のように、その“システム“を拒絶反応していた。


 この文章は記憶を失ったお前が、自分でもよく分からない頭の中の違和感について、まだ記憶が残っている私が、お前のために残した文章だ。

 この文章を読んで、改めて理解出来ただろう。


『すべては、“システム”が原因だということを――』


 もう忘れていいし、忘れなさい!


 無意識は意識できた時点で、その現象は無力化される。

 悔いは論理化できれば、これからは学問に出来る。



 最後に――


 お前がこの手紙を読んでいるということは、お前はまだ、生きているということである。

 お前はよく生き残った。


 これからは、ゆっくりと生きなさい――





「すごーい! 橙君すごーい!!」

「たかーい! 橙君たかーい!!」


「ねえ、橙君。そこからの景色はどう見える?」

「ほら! 橙君。滑って降りてきなさーい!」



 先生がいた。

 ああ、そういうことか。

 ちゃんと、滑り台の上にあがることが出来たんだ。



「ねえ? 橙君。早くすべって降りなよ!」

「みんなもさ、滑りたいんだからさ!」



 ちょ、ちょっと待って。もう少し、ここに居させてくれないかな?

 せっかく、あがることが出来たんだから。



 ところで、ここは、どこの世界なんだろう?

 やっぱし、よく分からない。

 と思って、空を見上げた。



 いつも、空はゆっくりと――





 終わり


 この物語はフィクションです。

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