第103話

 依然として体育館は人も多く賑わっていたが、目立つリキヤはすぐに見つけることができた。


「あれ?リキヤ一人か?マコトはどうしたんだよ?」


「俺は知らんぞ?てっきりお前らと先に合流してるもんだと思ってたんだが。それよりお前ら……」


「ん?なんだよ?」


「……いや、やっぱなんでもない」


 辺りを見回してもマコトは見当たらない。マコトも目立つ存在故にすぐ見つかると思っていたが、この人の多さでは難しいようだ。


「ちょっと電話かけてみる」


 スマホを取り出した時、一件のLINEの通知が目に入る。マコトからだ。


「マジか……」


「どうしたの?」


「マコトから連絡来てたんだけどさ……あいつ体調不良で先に帰るってよ。みんなにもごめんって言っといて、だって」


「えっ……そうだったのね……もしかして無理させてたのかしら」


 反応を見るに誰にもなにも言ってなかったようだ。

 事情は分かっても心配なのは変わらない。直接話を聞きたくて電話をかけてみるが、マコトからの応答はなかった。


「おい、もうそろそろ始まるぞ」


「でもマコトが……」


「体調不良は仕方ねーだろ。早くしないと二人の演技を見損ねちまうぞ」


「そうね。二人とも頑張ってたみたいだし、とりあえず今は劇を観ましょう」


 二人の言う通りだ。コウキとサユリの頑張りは知っているし、体調不良はどうしようもない。

 一つ引っかかっているのはマコトの不調に俺が気付けなかったこと。今までマコトの体調不良に気付けていただけあって、どこか腑に落ちないでいる。ただ、それもここ最近の出来事を思えば仕方のないことか。特に今日に限っては視野が狭くなっていたのかもしれない。


「そうだな。マコトのことは俺が明日にでも様子を見に行くとするよ。今日はコウキとサユリを観ないとな」


 マコトにはいくつかメッセージを送っておいた。既読はつかなかったが、一旦スマホをポケットに押し込んで、リキヤが確保していてくれたスペースに座り込んで劇の開始を待った。

 ざわざわとしていた体育館内も開始時刻が迫るにつれ静かになっていく。


「お待たせしました!間もなく一年四組による演目【ロミオとジュリエット】が始まります!どうぞお楽しみください!」


 マイクを通して始まりを告げるアナウンスが響き、いよいよ幕が上がった。


 シェイクスピア原作、ロミオとジュリエット。

 対立している家柄でありながら惹かれ合う二人を中心に、様々な障害や葛藤を描きながら物語は展開していく。

 サユリとの練習の時に台本を読ませてもらったが、今回の劇では大まかな流れに沿いながら難しい描写や設定に少し手を加えているようだ。さすがに限られた時間で全てを収めることは難しく、重要な場面をいくつかピックアップし、あとはダイジェストやナレーションで要点を補いながらテンポよく進むように構成されている。


「ここ、花の都ヴェローナには二つの名家があった。モンタギュー家とキャピュレット家。両家の対立は遥か昔から続き―――」


 始まりはナレーション。物語の舞台や対立している構図を簡単に語った。

 語り終えると、舞台上に役者が登場し、ヴェローナの町の中で争いの火種となるいざこざのシーンが始まる。

 それが終わると、次はロミオとジュリエット、それぞれのサイドでの場面に切り替わる。コウキとサユリは別々ではあるがここで初登場。二人とも登場した途端歓声が飛び交っていた。冷やかすような声も含めて、二人の人気が伝わってくる。

 劇はそのまま淡々と進み、一つの見せ場である舞踏会のシーンが訪れる。

 キャピュレット家の舞踏会に紛れ込んだロミオはジュリエットと出会う。一目見て二人は恋に落ち、見つめ合ったまま歩み寄り、自然と手を取り合う。


「僕と踊って下さいますか?」


「喜んで」


 客席からは「キャー!」と歓声が湧き上がっている。

 ここからは甘い掛け合いが続き、その先にキスシーンが待っている。


「どうかこの唇をとがめないでほしい」


 『演技は苦手』と言っていたがしっかり仕上げてきたコウキ。歯の浮くようなセリフであっても、いつの間にか冷やかす声など聞こえなくなっていた。

 ふっと肩を抱き寄せ、徐々にサユリとコウキの顔が近づいていく。もちろん本当に口をつけるわけではない。あくまでふりだとサユリが事前に言っていた。

 口元を隠すような角度のキスシーンではあったが、客席からは本当にしているように見えるもので、盛り上げるには十分だった。

 俺はというと、無意識に自分の唇を触っていた。俺だけが知る本当の感触を思い出すかのように。


「こんなシーン見ちゃうと思い出しちゃうわね」


 エリカの声を聞いて、唇はまた別の感触を思い出す。似ているようで少し違う、一瞬だったあの感触。


「こんなにロマンチックじゃなかったけど」


「そうかしら?私はドキドキしたわよ?」


 自分の気持ちをありのまま打ち明けたエリカ様は、以前にも増して自信に満ちていて、今も俺が困惑するのもわかって言っているのだろう。顔を見られると更に攻められそうなのでエリカの顔は見れないが、きっとニヤけているに違いない。


「そういや珍しくリキヤが大人しいな。こういう時一番騒ぎそうだけど」


 逃げ道を探してリキヤに視線を移す。リキヤはあごに手を当て、真剣な表情で劇を観ながらなにやらブツブツと呟いていた。


「ふむふむなるほどな……キスするときはこうすれば……」


「リキヤ?お前どうしたんだ?」


「む?!い、いや、別になんもないぞ?ちょっと見入ってただけだ。あいつら意外にも様になってるからな。ガハハ……」


「……お前なんかあっただろ……念のため一応言っとくけどこれは参考にするなよ?こんなの時代もなにもかも違うし、第一物語の中の話なんだから」


「な、なんでわかっ……じゃなくて別に俺はそんなこと考えてないぞ?!なにを勘違いしてんだか……」


「バレバレよ、リキヤ君。あなたわかりやすいもの。なにがあったかはまた後で聞くとして、どうせ参考にするなら私たちの―――」


「あーーーーーっと場面変わるっぽいぞ!ほら今は劇に集中しよう!な?」


 俺たちが話している間に舞踏会は終わり、再び舞台に目を向けるとセットを切り替えているところだった。おかげでお茶を濁すことができた。

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