~side 有薗コウキ 2ー3~

「……大丈夫か?その……なんだ……俺にはよくわかんねーけど、人間関係なんて色々あるもんだ。あんまり気にし過ぎんなよ」


 全ての人に好かれたいとは思わないが、面と向かって「嫌い」と言われるのは誰だって傷つくものだ。例え事情があるにしても。


「うん……アハハ……コウ君に励まされちゃった」


 違う。俺じゃない。今マコトの隣にいるべきは俺なんかじゃない。


「……さてと、俺もそろそろ行かないとまずいんだけどなー。ったくサユリのやつどこ行ってんだよ」


 話題を変えるしか思いつかなくてわざとらしく呟く。

 真鍋たちが去ってから急に静かになった。文化祭は賑わっていて、周囲は音で溢れているのに、一切に耳に入ってこない。


「やべー今から緊張してきた。セリフ間違えたらどうしようなー。てか俺の衣装見て笑うなよ?」


 口ではそんなことを言いつつも、本当はすぐにでも劇の時間が来てほしかった。

 俺とサユリが舞台に立って、四人は客席からそれを眺めてる。俺のぎこちない演技はからかうくせに、サユリのことは絶賛するんだ。そんな様子を思い描いたら、終わった後はまたみんなで笑えるような気がした。


「……ごめん、コウ君。僕やっぱり今日は帰るよ」


 思い描いていた映像は白い靄に掻き消されて見えなくなった。


「いきなりどうしたんだよ?やっぱりさっきのこと引きずってんのか?だとしたら心配すんなって。俺はマコトの言ってること理解してるし、真鍋の言ってることも理解してるつもりだ。その上でマコトを見る目はなにも変わってねーからな?マコトは俺らの親友で、これからもそれは変わらねぇ。それに俺が黙ってたらなにも問題ないだろ?元々曖昧な話なんて言うつもりないしな。だからあんま気にするなよ」


「ありがと。でもそれだけじゃないんだ。実はここ最近体調があんまり良くないんだ。今日は大丈夫って思ってたんだけど……ちょっと疲れちゃった。今は休憩したいんだ……家でゆっくりと……一人で……。とにかく僕は先に帰るよ。ごめんね、劇観られなくて」


「みんなは……エツジはどうするんだ?」


「なにも言わなくていいよ。なにも。後で一言連絡しとくから」


「でも……あとちょっとくらい……」


「コウ君は……わかってくれるよね?」


「……わかったよ」


 俺では引き留めることができないなんてわかっていても、もどかしさが込み上げてくる。

 グッと拳を握って、小さくなっていくマコトの背中を眺めることしかできない自分が情けなかった。




「ごめーん!ちょっと色々あって遅くなっちゃった!あ、でも色々って言ってもあれよ?べ、別に深い意味はないっていうか……その……なんていうか……ってあれ?他の人は?」


「みんなやることがあるってよ。劇には間に合うみたいだから大丈夫だろ」


 マコトがいなくなってから入れ違うようにサユリが合流した。余程焦っていたのだろうか、顔を真っ赤にしている。


「もう少し早く来てくれたらなー…」


「悪かったわよ。私だって早く戻ってこようと思ってたけど……あんなことあったら……フフフ……」


「文句言ってるわけじゃねーよ。ま、いいや。それより俺たちも急ごう」


 主役二人が遅れるとクラス全体の士気に影響を及ぼす。時間を確認するとギリギリ、というよりは若干怒られるであろう時刻だった。


「そういえばマコトは?誰かと一緒にいるの?」


 駆け足で体育館へ向かっている途中でサユリが気付く。


「あー…そのー…あれだ、体調不良らしくて先に帰った」


「え?!そうだったの?!気付かなかったなー。マコト大丈夫かしら?」


 しばらくマコトの様子について質問攻めにあったが、マコトが「なにも言わなくていい」と言った以上最低限の情報だけでとどめておいた。

 体育館に着いたらすぐに衣装に着替える。みんな慌ただしく準備をしていたので、しれっと混ざったことで怒られずに済んだ。着替え終わったらサユリと合流し、最後の読み合わせをする。

 合流してからのサユリはそわそわしているように見えて心配だったのだが、セリフはすらすら言えていた。もっと別のなにかに気を取られているような気もするが、演技は問題なさそうだ。

 問題なのは俺。


「ちょっとコウキ?次あんたのセリフよ?」


「ああ、悪い悪い、そうだったな」


「もうすぐ本番なのよ?ちゃんと集中してよね。ここで失敗なんて有り得ないんだから」


 マコトの件に意識が向いていて緊張はなかったが、いまいち身が入らなかった。


「……なあ、一個聞きたいんだけどさ、女子同士のいざこざってやっぱあるもんなのか?」


「は?いきなりなによ?でもそうね……そんなのよくあることじゃない?」


「サユリもそういうのあったのか?例えば中学の時とか」


「なんなのよもう……そりゃちょっとくらいあったけど……あんたたちと一緒にいたからあんまり気にしたことないわ」


「だよな……エリカはそういう話に縁がないとして、マコトとかは……どうなんだろうな?」


「……マコトは……さあ?……聞いたことないけど……」


 一瞬だけサユリの視線が下へ向いた。


「どっちかっていうとマコトは揉め事とか起きた時まとめる側だったと思うわ。大抵の事はマコトが間に入ったら丸く収まってたもん。先生からも信頼されてたし……だからあの時も別に……」


「ん?どうかしたのか?」


「なんでもないわ。ともかくそれくらいマコトは……ていうかあんたもマコトがどういう存在だったか知ってるでしょ?」


「そうなんだけど……ちょっと聞いてみたくなってさ。悪いな、いきなりこんな話して。ちょうどサユリを待ってる時、女子同士のギスギスした会話が聞こえちゃったんだよ。それが気になって集中できてなくてさ。でももう大丈夫!こっから切り替えて集中集中!」


 バシッと自分の頬を両手で叩き、意識を劇へと切り替える。


「しっかりしてよね。もうすぐ始まるんだから」


 引っかかることはあるにせよ、これ以上詮索するのはやめよう。仮に事実が判明したところで、俺は変わらない自信がある。それは他の四人も同じだろう。なら今はこのままでいいじゃないか。


 ――――――あの頃マコトちゃんの意見に反対する人なんていなかったもん。


 真鍋のように怯えていたわけじゃないが、思い返すとマコトの意見に反対したことはなかった。それはマコトを認めていて、マコトが正しいと思っていたからで、同級生のほとんどが俺と同じ気持ちだと思っていた。その数が多いほどマコトの発言の正当性や影響力は増していき、実際圧倒的なマジョリティとなっていたのは否定できない。

 そう考えると、真の意味でマコトと対等に話せていたのは一人だけなのかもしれない。


「お待たせしました!間もなく一年四組による演目【ロミオとジュリエット】が始まります!どうぞお楽しみください!」


 俺はこの言葉が嫌いだが、もし”スクールカースト”というものが存在するのなら、俺やサユリは上位に位置しているだろう。エリカもリキヤも同じで、エツジなんかは自分のことを低く評価していそうだが、俺からしたら同じかそれ以上だと思っている。

 そのカーストの一番上にいる人物は誰なのか―――


「いよいよね。行くわよ、コウキ」


「ああ、絶対成功させてやろーぜ!」












 結城マコトはスクールカーストの頂点に君臨している。





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