~side 有薗コウキ 2-2~

「―――結局告白するどころか、目をつけられないように、できるだけ目立たないように、ひっそりと過ごして残りの小学校生活を終えた」


 真鍋は数年前のマコトとのやりとりを淡々と語った。すらすらと淀みなく、余程鮮明に覚えているのだろう。実際にその場にいなかった俺に真偽はわからないが、変に捻じ曲げてはいない気がした。

 重要なのはニュアンスだ。伝える側と受け取る側で相違があるのはよくある話で、話を聞く限りマコトの言っていることも理解できる。

 俺はできた人間じゃない。率直な印象としては親友のマコト寄りに気持ちが傾いているが、その気持ちが視界を曇らせることもあるとわかってて、真鍋のことを考えると安易に口を挟めない。


「私ばっかり話しちゃったね。でもあってるよね?マコトちゃん」


「……さあ?話したことは覚えてるけど、さすがに一言一句は覚えてないよ。でもさー、それで僕を恨むのはお門違いじゃない?少なくともあの時ちゃんと聞いたってことだよね?『どうなの?』って。なのに勝手にカホちゃんが勘違いして告白しなかっただけでしょ?」


「……ずるいよ……マコトちゃんにそんなこと言われたら誰だってそうするよ。あの頃マコトちゃんの意見に反対する人なんていなかったもん。二人もわかるでしょ?」


 俺と藤村を交互に見ながら、問いかけるように真鍋は言った。俺以上に状況を把握できていない藤村は、見るからに戸惑っていて、言葉を詰まらせている。


「俺はそんなことないと思うけどな」


「ああ、コウキ君はそうかもね」


 溜め息のように真鍋から漏れた一言。その後に続く「あなたにはわからないよ」という心の声が聞こえてくる。


「この際だから言わせてもらうけど、教えてくれたエツジ君のタイプ、あれ嘘じゃないの?私に当てはまらないタイプを適当に言ったんじゃないかな?あくまでこれは推測だけどね」


「……さあ?エっ君に直接聞いたら?」


「それだけじゃなくて、マコトちゃん、他の子にも同じようなことしてたんじゃない?」


 今まで落ち着いた表情をしていたマコトの眉がピクっと動いた。


「やっぱりマコトちゃんは中学でも変わらず人気者みたいで、そっちの中学の友達と話す時もたまに話題に挙がってたの。そこにいるナオちゃんと話す時も。それでたまたま聞いちゃったんだよね」


 「え?私?」と自分を指差す藤村。その様子だと話した自覚は無さそうに見える。


「ちょっと待てって。俺はマコトと同じ中学だったけどそんな話聞いたことないぞ?さすがにそれは憶測すぎないか?」


「そうだよ。確かに結城さんの話はしたかもしれないけど、そんな話した覚えないよ?それに結城さんは誰にでも優しくて、みんなの憧れだったんだよ?揉め事とか見たことも聞いたこともないけど……」


「……多分私だけが気づいてるんだと思う。同じような体験をした私だけが。知らない人からしたら、恋バナとか噂話とか、なんてことのない世間話みたいなものだから」


 思春期における同級生間の話題は、人間関係に関するものが半分以上を占めていると思う。特に、恋愛に関することや揉め事に関することは、波紋のようにあっという間に学校中に知れ渡るもので、「誰々が告白した」や「誰々が別れた」や「誰々が喧嘩した」等の噂は実際に何度も耳にした。その中でも俺の記憶が正しければ、マコトやエツジが関与している噂はあまり聞いたことがない。


「まあ、これも根拠があるわけじゃないからいいの。ただ言わずにはいられなかっただけだから。ごめん、勢いで喋り過ぎちゃった。別に今更エツジ君に未練があるわけじゃないの。久しぶりにマコトちゃんの顔を見たら昔の事思い出して……つい……」


 藤村までもマコトを庇うように言ったからか、さすがに真鍋もそれ以上の追及はしなかった。ようやく落ち着きを取り戻した真鍋は、周囲を軽く見渡すと、今が文化祭の真っ最中であることを思い出したのか申し訳なさそうに俯いた。


「で、でも、こ、これが私の本心だから……謝ってほしいわけでもないし……なにかしてほしいわけでもない……けど……ずっと心に引っかかってて……どこかで言わないと……ずっと前を向けないままだから……」


 苦しそうに、心の奥底から絞り出したような、掠れて震えた声だった。あれだけブレーキをかけずに本心を吐露していたのに、今になってまた自信を失っている。話を聞き終えて、語る姿を見ていて、マコトに対する真鍋の印象というのが浮かび上がってくる。

 一方でマコトはなにも言わず真鍋を見つめていた。視線がなにを語っているのか、想像するのが怖かった。


「わ、私たち、もう行くね?!有薗君たちも忙しいだろうし……なんか変な空気になっちゃったけどせっかくの文化祭なんだから楽しまなきゃ!」


「そ、そうだな!俺らもそろそろ準備しないといけないからな!各々思うところがあると思うけど……今日のところはここら辺にしとこう。また機会があればゆっくりと話そう」


 藤村も俺と同じことを考えていたようで、口裏を合わせたかのような連携で二人を引き離す。有耶無耶にしていい話ではないが、お互いの為にタイミングは今じゃない。また、いずれ、願わくばどこか穏やかな空間で。

 最後になにか一言があるかと少し待ったが、お互い口を閉じたままで、先に痺れを切らした藤村が真鍋の背を撫でながら「じゃあね!」とどこかへ行ってしまった。

 マコトは真鍋の姿が見えなくなっても、その先にあるなにかを見つめていた。

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