~side 真鍋カホ~

 私の初恋は小学五年生の頃。相手は同級生の二宮エツジ君だった。

 当時、エツジ君はクラスでリーダーのような存在で、みんなから頼られる姿を見て「かっこいいな」と思ったのが最初だった。直接的な関りは少なかったけど、いつの間にか意識するようになって、自然と目で追うようになっていた。決定打となったのはエツジ君と席が隣になった時。エツジ君とは対照的に大人しかった私なんかにも分け隔てなく接してくれたことが嬉しくて、そこで初めて好きという気持ちを自覚した。特別なんかじゃなくてありきたりな恋だけど、私にとっては初めてで、見える景色が色づいた気がした。

 席が離れてからは話す機会がなくなり、なんの進展もなかったところで相談に乗ってくれたのがコウキ君だった。最初は恥ずかしかったから、好きということを隠して遠回しに探っていたけど、いつの間にかバレていたみたいだ。それでもコウキ君は親身になって話を聞いてくれた。エツジ君のことを話すコウキ君はどこか誇らしげで、どれだけ慕っているのか伝わってくる。エツジ君のことを知れば知るほど、好きという気持ちは膨らんでいく。


『うーん、エツジのいいところはいっぱい知ってるけど、好きなタイプとか聞いたことないなー。マコトだったら知ってるかも』


 エツジ君とマコトちゃんが特に仲がいいというのは知ってた。でも二人がそれ以上の関係だという話は聞いたことなかった。マコトちゃんもエツジ君と同じようにクラスで中心的な存在で、私はあんまり話したことなかったけど、コウキ君の勧めもあって思い切って話しかけてみた。私なんかが相手してもらえるか不安だったけど、マコトちゃんは親しみやすくて、エツジ君のことも色々と教えてくれた。


『え?エっ君の好きなタイプ?うーん……確か、明るくて元気で一緒にいて楽しい人、って言ってた気がする」


 でもマコトちゃんが教えてくれた情報は、私にとってあまり喜ばしいものではなかった。エツジ君の好きなタイプは私と真逆の人。告白をする前に断られたような感覚だった。

 当然落ち込んだけれど、せっかくの初恋は大事にしたい。例えフラれるとしても、気持ちだけは伝えたい。

 私はマコトちゃんにお礼を言い、それから決意表明のように宣言をした。


『ダメもとで告白してみようかな。じゃないと後悔しちゃいそうだし』


 せっかく相談に乗ってくれた二人の厚意を無駄にしたくない、そんな私なりの想いもあった。


『ねえ?それって本当に好きなのかな?』


『え?どういうこと?』


 決心の直後、不意に投げかけられた疑問に動揺して、思わずマコトちゃんに目を向ける。人見知りな私はその時初めて、マコトちゃんとまともに目が合った。間近で見るマコトちゃんの整った顔立ちはあまりにも綺麗すぎて、見られてるだけで緊張してしまう。


『そもそもカホちゃんとエっ君ってまだお互いのことよく知らないでしょ?なのに好きって変じゃない?だからカホちゃんの好きは憧れなんじゃないかなって。それとも恋愛自体に憧れてるだけとか?わかるなーそういう話楽しいもんね。けど相手のことも考えてあげないと傷つけちゃうかもよ?』


『ち、ちが……そんな―――』


『僕さー、嫌いなんだよね。軽い気持ちで好きっていう人。大して好きでもないのに勝手に盛り上がって、そのくせすぐに心変わりする人ばっか。あ、カホちゃんのことじゃないよ?でも前にもそんな子がいてさ。特にエっ君は僕にとって一番の親友だから傷ついてほしくないんだ。もしエっ君が傷つくようなことがあれば……僕ちょっと怒っちゃうかも』


『そ、そうだよね……』


 私の声は震えていた。

 マコトちゃんに嫌われるということがなにを意味するのか、同じ学校に通っていれば容易に想像できる。


『もちろんカホちゃんが真剣だって言うなら僕も応援するよ?カホちゃん可愛いし、優しそうだもん。でも、もし一時的な感情で勘違いしてるなら、あんまり応援はできないかな。ねえ?どうなの?』


 最後に選ぶのは私自身だった。でも選択肢はあってないようなものだった。


『そ、そうだね……言われてみれば憧れみたいなものかも……好きっていうのも……友達として……かな……』


『やっぱりそうだよね!カホちゃん自身がよーく考えて出した結論なら間違いないよね!だいたいエっ君なんかにカホちゃんはもったいないよ。カホちゃんはもっとかっこいい人がお似合いだもん。もし本当に好きな人ができたらまた相談してね。僕にできることは協力するからさ。だから……』


 マコトちゃんは私に向かって無邪気に笑いかけた。


『これからもよろしくね』


 私は上手く笑えてただろうか。

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