~side 有薗コウキ 2~

「なあ、喉乾かねー?俺なんか買ってこようか?」


「僕は大丈夫だよ」


「そっか、にしてもサユリまだかなー…」


 どこか寂し気なマコトを見ていたら声をかけずにはいられなかった。

 エツジたちが行ってから、残された俺とマコトはサユリが合流するのを待っていた。劇を控えた俺たちは今から他を見て回る時間はなく、そろそろ準備に取り掛かる頃合いだった。マコトに関しては俺たちと一緒じゃなくてもよかったのだが、誰かが観覧の場所を確保していた方が楽であり、他の人にも各々役割があって忙しそうにしていたため、俺たちと共に行動している。本人はエツジに着いていきたかったのだろうが、エツジにも色々とあるようであまり気にかける余裕はなかったようだ。もっともそれが実行委員だからというだけではない気もするが。


「エツジと一緒にいてもよかったんだぞ?」


「ううん、エっ君たちも忙しそうにしてたから邪魔しちゃ悪いよ」


 普段俺たちの前では我が儘を言ったり好き放題しているように思えるが、状況をわきまえて線引きできるのがマコトだ。だからこそ誰からも好かれ、俺自身も無茶を言われても嫌な気はしたことなかった。


「あれ?コウキ君?」


 俺たちの横を通り過ぎようとした女子二人組の内の一人が、俺の顔を見て話しかけてきた。その人物はこの学校の生徒ではなかったのだが、顔を見てすぐにピンときた。

 真鍋カホ。

 いつぞやの帰り道で話題に挙がったのは記憶に新しい。あの後、エツジから聞いた話だと結局告白はしていなかったようだ。


「来てたんだな」


「近いからね。うちの学校の子たちも結構来てるよ」


「どうしたのカホ……って有薗君だ!うわー久しぶりーって覚えてるかな?小中と一緒だった藤村ふじむらナオだけど」


 先に真鍋に目がいって気づくのが遅れたが、二人組のもう一人も俺の知る人物だった。

 藤村とはあまり同じクラスになったことはなく、接点は少ないが、さすがに同じ小中学校に通っていれば覚えている。


「覚えてるって。二人で来てんのか?仲いいんだな」


「うん。中学は離れ離れになっちゃったけど、高校でまた一緒になれたんだよね。私たち小学校の頃から仲よかったから高校でもすぐに意気投合して仲よくなったの」


 そういえば小学校の頃、よく二人で一緒にいるところを見たな。


「結城さんもいる!久しぶりー!元気だった?」


 同じ小中学校ということは当然マコトとも面識がある。マコトと藤村がどれほど親しいのかは知らないが、楽しそうに会話する様子を見ているとそれなりの仲だと窺えた。


「カホちゃんも久しぶりだね」


 会話が偏らないように、マコトは真鍋にも話しかける。


「……うん、そうだね」


 この時、俺は真鍋の返事にぎこちなさを覚えた。ただ、これについては根拠があるわけでもなく、気のせいだろうと受け流してしまった。久しぶりの再会で緊張したのか、あるいは昔した相談の内容を思い出して照れてしまったのか、その程度のことしか考えていなかった。


「そういえば有薗君のクラスはなんの出し物してるの?」


「あぁ……えっと……ちょっとしたステージみたいな?でももう終わったというか……」


「コウ君たちは劇だよ!しかもコウ君とサユリちゃんが主演なんだ!この後体育館でやるから観にきてね!」


「なにそれ!めっちゃ観たいかも!ねえ?カホ」


「……うん、そうだね」


「ご丁寧に場所や時間も言ってくれてありがとな……マコト……」


 元々深い仲というわけでもなかったので会話もほどほどに区切りをつけ、真鍋たちとはそこで別れることに。

 「劇は観に来なくていいからな」軽口を叩きながら見送っていたのだが、真鍋は背を向けることなく、おどおどしながらこちらを見つめていた。正確には視線の先にいたのはマコトだった。


「……マコトちゃんは相変わらずだね」


「どういうこと?」


「久しぶりに会ったけど、やっぱり楽しそうにしてるなーって思って。マコトちゃんの周りは昔から賑やかで、いつも楽しそうだった。いいなー…羨ましいなー…ってずっと思ってた」


 マコトの周り、その中でも俺たち今日一緒にいるメンバーは中心的な存在だろう。だからなのか、真鍋の言い方は含みがあるように聞こえた。


「んー…そうかな?あんまり考えたことないなー。でもそれがどうかしたの?」


「……ねえ、マコトちゃん。私、小学校の頃、エツジ君のことでマコトちゃんに相談に乗ってもらったことがあるんだけど、覚えてる?」


「そういえばそんなこともあったね。懐かしいなー。もちろん覚えてるよ」


 やっぱあの時のこと憶えてて気まずかったのかな?

 真鍋はマコトに向けて話しているが、相談の内容を知っている立場としては俺も身構えてしまう。


「あの時、マコトちゃんに話を聞いてもらって、私の気持ちは恋愛じゃないって結論になって、結局想いを伝えることなく終わったんだよね」


「そうだったね。まあ小学生だから恋と錯覚することもあるよね」


 真鍋が語り始めてから空気が重くなったように感じたが、話の中身はエツジから聞いていた通りの内容だったのでホッとした。だが、それも束の間で、本当に大事なのは次からだった。


「違うよ。錯覚なんかじゃない。私は本当にエツジ君のことが好きだったよ。友達としてじゃなくて、異性として意識してた。私の初恋だった……でも私の気持ちは踏み躙られた……マコトちゃんによって」


 「踏み躙る?どういうことだ?」マコトよりも先に俺が反応してしまう。


「踏み躙るだなんてひどいなー。僕は相談に乗っただけよ?そりゃ、ちょっときつい言い方したかもしれないけど、友達のことだから真剣に考えて言っただけだよ」


「真剣に考えて、ね……私には警告してるように聞こえたけど。『エツジ君に近づくな』って」


「……僕そんなこと言ってないと思うけど。それに、もし本当に好きだったんならその時言ってくれればいいのに」


「言えるわけないじゃん!」


 感情が弾けたかのように、真鍋は強く言った。


「私なんかがマコトちゃんに言えるわけないじゃん……マコトちゃんを敵に回すってことは……」


 「敵に回す」という表現に、真鍋のマコトに対する遺恨のようなものが感じられた。

 真鍋の目から伝わってくる感情は、夏休み前、エツジが俺たちに向けた感情とどことなく似ている。少し違うのは、「劣等感」だけでなく「敵意」も混ざっているからか。


「親友とか幼馴染とか言ってたけど、マコトちゃんも好きだったんでしょ?だから私が邪魔だったんでしょ?いや、違うか。そもそもマコトちゃんたちの近くに私みたいなのが混ざること自体気に入らなかったんじゃない?」


「……僕にとってエっ君は一番の友達なんだから大切なのは当然だよ。それに、僕は誰かを仲間外れになんてしたことないよ?少なくとも僕はみんなと仲いいって思ってたけど」


「私、昔から引っ込み思案で友達も多い方じゃなかった。でもマコトちゃんはみんなから好かれてて、数少ない私の友達とも楽しそうに話してた。羨ましいって思うのと同時に怖かった。マコトちゃんに嫌われたらみんなから嫌われる、そう思ってびくびくしながら過ごしてた。ずっと思ってた……ずっと言いたかったけど言えなかった……」


 その一言に、真鍋が長年抱えていたであろう気持ちが込められていた。


「私はマコトちゃんが嫌いだった」

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