~side 松方リキヤ 2ー2~

「意味わかんないんだけど。うちのことからかってるなら……ってもしかしてリキヤも……」


 なにかに気づいたような相原の表情を見て体の芯が熱くなる。自分から言いだしておいて、まるで見つかってしまったような、そんな感覚だった。試合直前に感じる緊張とはまた別物で、こっちの緊張は耐性がない。

 ごくり、と大きく唾を飲み込み、乾いた声で「ああ」と返すのが精一杯だった。


「そ、そうだったんだ……リキヤ……エリカのことが好きだったんだ」


「……は?いや、ちげーよ!」


 俺のまどろっこしい伝え方のせいではあるが、相原の盛大な勘違いに思わずつっこんでしまいシリアスな雰囲気が崩れてしまった。はあ、とついた溜め息と同時に全身から力が抜ける。空気は和らぎ、リラックスした状態で自分の口からはっきりと言うことが出来た。


「俺が好きなのはお前だよ。相原」


 きょとんとする相原に向かってもう一度同じことを言う。二回目もあまり変化がなかったが、顔が赤くなっていくところを見るとどうやら伝わったようだ。


「は?!ちょっとなにいってんの?!冗談でもさすがに笑えないよ?!」


「冗談じゃねーって。俺はお前のことが好きだったんだよ」


 緊張がほぐれてからは、自分の素直な気持ちを声に出すことに抵抗はなかった。開き直った俺はいつもの調子を取り戻し、逆に相原は珍しく取り乱していた。

 同じようなやり取りをなん回か繰り返し、相原も状況を理解したのか徐々に冷静さを取り戻していった。


「マジ……なんだ?」


「おう。んで、お前が好きなのはエツジだから、見事に俺も失恋ってわけだ」


「でもあんたいっつもうちに対して冷たかったじゃん。なにかと突っかかってくるし、てっきり嫌われてると思ってたんだけど」


「それは……単に不器用だっただけだ。俺だって別に冷たくしたかったわけじゃねえ。つーか嫌ってたのはお前だろ?俺にだけきついこと言ってきてたしな」


「それはあんたが言ってくるからムキになって返してただけで……うちだって別に嫌ってたわけじゃないよ。ていうか昔聞いたあんたのタイプとうちじゃ全然違うんだけど?」


「別に嘘ついたわけじゃねーけど、好きになったもんはしゃーねーだろ。大体男のタイプなんて当てになんねーよ」


 なにを言ったところで相原を困らせていることはわかっていた。別に弱ったところにつけ込もうとも思っていない。


「まあ、俺なんかに好かれたところで嬉しくねーのはわかってるよ。別にどうこうしろってわけでもねーし、ただ、なんとなく伝えたかっただけだ」


「嬉しくないわけじゃないけど……でも、ごめん」


 最初から無理だとわかっていて、今だって平気なふりをしているが、「ごめん」という言葉が聞こえるとやはり落ち込んでしまう。強がっていても心のどこかで期待している自分がいたのだろう。


「わーってるよ。エツジがいい男ってのは相原よりも俺の方がずっと前から知ってるしな。あいつなら納得だ」


「そうじゃなくて!確かにすぐに切り替えれないってのもあるけど、それだけじゃなくて……うち、ホノカの友達だから……あんだけ後押ししといて、うちがあんたとどうこうなるなんて無理だよ」


「それは関係ないだろ。さっき自分でも言ってたじゃねーか。誰が誰を好きになってもいいってよ」


「言ったけど……でも女子はそういうのに特に敏感なの。うち、ホノカとこれからも仲よくしていきたいから……だからこのことはホノカに言わないでほしい」


「悪いけどそれは無理だな。意地悪とかじゃなくて、もう新井は俺がお前のこと好きってこと知ってるよ」




 告白された時、俺はいつも部活を理由に断ってきた。だが新井に告白された時はいつもと違う理由が自然と口から出ていた。


『悪い、俺、他に好きな人がいるんだ』


 俺は馬鹿だから気遣ったわけではないと思う。ただ新井と相原の関係を知っていて適当なことを口にするのが嫌だったのだろう。


『それって……ミナミちゃんのことだよね』


 意外にも新井の表情は穏やかで、もしかすると告白する前からなにかを察していたのかもしれない。




「そっか……じゃあ……もうホノカは知ってるんだ。うわー…マジかー…これからどうしよ」


「すまん、俺が何も言わなきゃ今まで通りだったのに」


「ああ、ごめん、そういうわけじゃなくて。リキヤはなんも悪くないよ。ただ好きな人の好きな人が友達ってやっぱ気まずいじゃん?もしかしたらホノカに嫌な思いさせちゃったかもって……だとしたらやっぱり今までみたいにってわけにはいかないのかなー…」


「女子同士のいざこざってのは俺にはよくわからん。ただ、これで新井がお前を嫌いになるとは思えん。そりゃ最初は気まずいだろうけど、でもあいつ言ってたんだ」


 新井は振られたにも関わらず、俺と相原のことを気にかけることができる強くて優しい人だった。


『私に遠慮なんてしなくていいからね。私、松方君のことは本当に好きだったし、付き合えたらいいなって本気で思ってたけど、松方君がミナミちゃんのこと好きって理由でミナミちゃんのこと嫌いになるなんて絶対にないから。それよりも私のせいで二人の仲が悪くなる方が嫌だなぁ。だから頑張って、応援してるよ』


 本質は皆同じことを考えているのだろう。自分の気持ちと自分以外への配慮、二つのバランスを取るのは難しくて、俺たちは手探りで進んでいくしかないのだ。


「ホノカ……そんなこと言ってたんだ……でも……」


「新井がどんなやつか、俺なんかよりお前の方がよく知ってるだろ」


 こくっと相原は頷いた。


「お前だってエツジとエリカのこと知ったからって急に距離を置くわけでもないだろ?そんなもんだよ。少し時間が経てばまたみんなで笑ってられるさ」


 相原に向けて言いながら、自分自身にも言い聞かせるように言った。


「すまん、説得してるみたいになっちまった。色々言ったが、だから付き合ってくれってわけじゃなくて、ただ誰もなにも悪いことしてないってことを言いたかったんだ」


 冷静に考えると、今の俺はしつこく説得している諦めの悪い男みたいだ。急に恥ずかしくなって誤魔化したのだが、その姿が面白かったのか今まで難しい顔をしていた相原がぷはっと吹き出した。


「アハハッ!わかってるよ。ていうかちょっといいこと言ったからって自惚れないでよね」


 俺に厳しい言葉を吐くのはいつもの相原だった。少し涙ぐんでいるように見えるが、その笑顔は作り笑いではなさそうだ。


「でもまさか、あのリキヤに諭されるとはねー。本当に雪でも降るんじゃないの?」


「また馬鹿にしやがって」


 よかった。告白は失敗に終わったが、どうやら関係は壊れずに済みそうだ。


「ありがとね。うち、ホノカのとこ行ってくるよ。会って直接話してくる」


 新井が俺にしてくれたように、俺も笑顔で相原を送り出したい。凹むならせめて相原の姿が見えなくなってからだ。

 俺は最後くらい格好をつけようと、「行ってこい」と親指を立てて力強く送り出した。クスッと笑った相原には俺の強がりがバレていたのかもしれない。


「……またみんなでバスケできるといいね」


「できるさ。ちなみに俺だったらいくらでも付き合ってやるぜ!つっても俺と二人なんて嫌だろうけどな」


「……ふーん……じゃあ今度練習付き合ってよ」


「え?それって……」


「や、やっぱなんでもない!じゃあ、もう、うち行くから、またね!」


「あ、おい、ちょっと待てって。さっきのって……ちょっとは期待しても―――」


 引き留めたくても興奮と動揺で俺の体は固まってしまい、あっという間に相原は見えなくなってしまった。残された俺の頭の中では、最後に聞いた相原の言葉が繰り返し流れていた。余韻に浸るほど胸が高鳴り、全身がポカポカ暖かくなる。


「っしゃーーーーー!」


 堪えきれずに漏れた雄叫びとガッツポーズ。

 俺の試合はまだ終わってないようだ。

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