~side 松方リキヤ 2~

「はー…まさかなー…」


 やはり文化祭で展示というのはあまり人気がないようで、特に午後に差し掛かれば来客は少なくなる一方だった。俺たちのクラスの当番は常に三人いるのだが、ついにその人数を下回ったところで当番は一人で充分という結論に至った。もちろん、その一人に俺がなるわけもなく、早々にお役御免となった俺は一人で校内をうろついていた。


「ん?あれは……」


 目的地もなく適当に歩いていると、なにも行われていないはずの空き教室の前で挙動不審な動きをしている女が目に入った。そしてその女が俺のよく知る人物とわかってすぐに声をかける。


「おい、こんなところでなにしてんだよ、相原」


「げ、リキヤ?!」


 相原は驚いた後に嫌そうな顔を浮かべる。

 こいつはいつもそうだ。俺に対していいイメージを持ってないのか、今みたいに露骨に嫌そうにしたり突っかかってきたりと顔を合わせる度にいがみ合っている。俺に非がないわけでもないが、もう少し態度を改めてもよいのではないだろうか。少しくらい俺の気持ちを……。


「べ、別にいいでしょ。用がないなら早く行ってよ」


「いや気になるだろ。こんななんもねーところで―――」


「ちょ、声大きいって。静かに」


 しーっと口の前に指をあて、慌てた素振りを見せる相原。俺も咄嗟に口を閉じ、しばらくしてから声量を落として再度話しかけた。


「んで、なにしてんだよ?」


「リキヤには関係ないでしょ」


 そう言いながら、相原は横目で空き教室を気にしていた。この中になにかがあるのは明らかだ。戸を見るとほんの少し開いている。相原が覗いていた形跡だろう。この場合気を遣って覗かないほうがいいのかもしれないが、俺はなんのためらいもなく覗いた。

 中は思った通りどこかのクラスが物置として使っているだけで出し物等は行われていなかった。予想と違ったのはそこに二人の人物がいたこと。しかもその二人も俺のよく知る人物だった。


「エツジと……エリカ?」


 答え合わせをするかのように振り返ると、そこに相原の姿はなく、いつの間にか俺の真下で一緒になって覗いていた。相原はなにも言わなかったが、相原の様子と教室の中にいる二人の組み合わせから鈍い俺でもおおよその状況は把握できた。その上でもう一度隙間から覗き込んだ。

 会話は途切れ途切れではっきりとは聞こえない。エツジとエリカが文化祭実行委員というのは知っているので打ち合わせをしている可能性もあるが、見ている限りそれだけとは思えない。もっと大事ななにかを話しているような気がする。

 こんな盗み聞きのような真似は駄目だとわかっていても、もう少し、もう少し、と目を凝らし耳を澄ました次の瞬間、


「なかったことになんてするわけないじゃない!」


 張りのあるエリカの声が教室の外にいる俺たちにまではっきりと聞こえた。一瞬バレたのかと思って慌てて身を隠す。しばらくしてそうではないとわかって、俺も相原も再び覗き込む。すると、目を離した隙になにがあったのか、二人が抱き合っているように見えるほど急接近していた。そして、


「―――エツジ君のことが好きです」


 食い入るように耳を傾けた瞬間、確かに聞こえたこの言葉。前後の文脈はわからないが、そのままの意味で受け取るとするなら一番重要なところだろう。

 俺は真下で一緒になって覗いていた相原に視線を向けた。おそらく同じ言葉がきこえたはずだが、俺と相原では抱く感情が違う。

 相原は俯きながら、まだ中で続いている会話を遮断するかのようにゆっくりと戸を閉めた。それからまるで俺が見えていないかのように一人でどこかへ駆け出した。すぐさま俺も追いかける。相原の脚がいくら速くてもさすがに俺の方が速く、少し離れたところで追いついた。

 こういう時、下手に干渉するのは野暮なことなのかもしれない。特に相手は相原ということもあってきつい言葉を覚悟して引き留めたが、意外にも相原からその言葉を聞くことはなかった。それどころか、


「ごめんごめん、ちょっと取り乱しちゃった」


 と笑いながら言った。その表情を見て安心するよりも胸が痛んだ。


「いやーそれにしても凄いとこ見ちゃったね。まーあの二人ならお似合いだよね。うんうん、納得」


「無理すんなよ」


「は?別に無理なんかしてないけど?」


「してんだろ」


「だからしてないって」


「エツジのこと好きだったんだろ」


「なんで……」


 強引でデリカシーの欠片もないが、言わずにはいられなかった。相原の為というよりは俺の為。

 普通だったら怒られても仕方がないが、相原は一瞬険しい顔つきをしたものの、すぐに力を抜いて大きく息を吐いた。


「そういやリキヤには言ってたっけ」


「誰のことかまでは聞いてない……けど見てればわかるだろ」


「うわーマジか。うち自分ではわかりにくいと思ってたんだけどなー。ここまで言って否定すんのも無理があるよね、うん、そう、うちエツジのこと好きだったんだよね」


「だろうな」


 わかってはいたことだが……。

 相原はなにか吹っ切れたようにすらすらと喋り出した。誰に向けてではなく、今まで抱えていた思いを吐き出したかっただけだと思うが、俺は興味がなさそうな顔で真剣に聞いた。


「だから、まあ、ぶっちゃけ今きついかも。わかってはいたんだけどねー…でも最近久しぶりに会って、もしかしてうちにもワンチャンあるかもって思ったんだけど……そりゃ無理だよね。エリカだけじゃなくてサユリもマコトも近くにいるのに、うちなんかじゃ……」


「んなことねーと思うけどな」


「リキヤがうちに優しいなんて違和感ありすぎ。明日雪でも降るんじゃないの」


「うるせぇ。人がせっかく心配してやってんのに」


「アハハ、でもありがと。今は助かる」


 気の利いた言葉など俺が持ち合わせているわけもなく、相原が一通り喋り終えると沈黙が続いてしまった。しばらくその状態が続いた後、再び相原が口を開いた。


「聞かないでおこうと思ってたんだけどこの際だからやっぱ聞くわ。ホノカは……どうしたの?」


 一転して、今度は相原が俺に問う。相原が探るように言った言葉は、これだけだと言葉が足らないように思えるが俺には心当たりがあった。つい十数分前の出来事が頭に浮かぶ。


「やっぱりお前も絡んでたんだな」


 俺は新井から想いを告げられた。




 ちょうど俺の役目が終わったタイミングで新井が俺のクラスへやって来た。せっかくだから俺のクラスを案内しようと思ったが説明するほどのものもないので時間はかからなかった。この後どうしようかと思いながら二人で廊下を歩いていると、周囲に人のいない瞬間が訪れた。思えばなんだか新井はそわそわしていて、話の流れも自然と寄っていた気がする。


『松方君のことが好きです。付き合ってください』


 嬉しかったが、俺はその想いに応えることができなかった。

 今までも何度か告白されたことはあって、その度に断ってきた。新井とは仲がいい分、胸が痛かった。だけど、俺には―――




「もしかして言い出しっぺも相原か?」


「そういうわけじゃないんだけど……まあ協力したのは確かだよ。んで、どうなったの?……って聞かなくてもいっか。あんたが一人でここにいるってことは……」

 

 もうわかっているのだろうが、新井と仲のいい相原に面と向かって結果を言うのは酷ではないだろうか。返す言葉に詰まって考え込んでいると、余程顔に出ていたのか「別に無理して言わなくてもいいって」と逆に気を遣われてしまった。


「……すまん」


「だから別にいいって。うちがとやかく言うことでもないっしょ。そりゃ上手くいくに越したことはないけど、誰が誰を好きになってもいいんだしさ、その逆もね」


 相原にそう言われると楽になる反面、現実を突きつけられている気分にもなる。


「でも後悔しても遅いんだからね?ホノカみたいないい子は中々いないんだから」


「そうだな」


「あーこれで仲よく二人揃って失恋かー。こりゃこの後サユリたちの劇観れないかもなー」


 伸びをして、大きく息を吸って、吐いて、落ち込んでいるとは思うが清々しく見えた。

 皆一歩踏み出している。新井も、相原も、エリカも。


「三人だ」


「は?なにいってんの?」


「だから……失恋したのは二人だけじゃなくて、三人だって言ってんだよ」

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