第102話
つい先程、俺は人生初の告白を受けたばかりだ。相手はトウコだった。トウコからの好意は当然嬉しかった。その後すぐ、今度はサユリと、告白ではないにしろそれに近いような密度の濃い時間を過ごした。
これだけ連続してタイミングが重なれば少しは動揺せずにいられるかと思ったが、いざエリカから直接「好き」と言われると平静でいられるわけがなかった。「告白」という行為は同じでも「人」が違えば受け取り方も違ってくるということを体感して初めて知った。仕方がない、コウキやリキヤと違って俺は今日が初めてだったのだから。ましてやエリカとは過ごしてきた時間が長い分、これまで楽しかった思い出が更に色づいて押し寄せてくる。
「本当はね、私からは言わないつもりだったの。いつか絶対エツジ君から言わせてみせる、そう思ってたんだけど、のんびりしてて誰かにとられるくらいならって……」
まただ。いつもこうだ。俺がなにか言わなければならないのに、エリカに喋らせてしまっている。
深く深呼吸をして心と体を落ち着かせる。
人に想いを伝えるのは相応に勇気がいることで、エリカの顔を見ればその覚悟が伝わってくる。その想いに応えるには余計な言葉はいらない。素直な気持ちを伝えるだけでいい。
「ありがとう。エリカにそう言ってもらえると嬉しいよ。俺もエリカのこと好きだよ」
エリカの顔が少しほころぶ。胸をなでおろす様子を見ているとその先口をつぐんでしまいそうになるが、もう一度深く息を吸って俺は続けた。
「でも今すぐにエリカの気持ちには答えられない。エリカのこと好きだけど……同じくらい好きな人がいるんだ。その……なんて言ったらいいかわかんないけど……」
頭の中である人物の顔を浮かぶ。
「サユリ……でしょ」
浮かんだ顔と名前が一致した。
まだ誰にも話していないことではあるが、エリカなら納得できる。少し前にもサユリで同じ体験をしたが、今回も驚きはしなかった。
「わかるわよ、それくらい……。サユリとなにかあったのね」
全て見透かしているかのように微笑むエリカに対して、うん、と俺は頷くだけでなにがあったかは言わなかった。
「そういえばサユリにも同じこと聞かれたよ。エリカとなにかあったのかって。二人ともお互いのことよく知ってるんだな」
「そうね、私のことはサユリが一番知ってるでしょうし、サユリのことは私が一番知ってると思うわ。性格とか雰囲気とか、違うようで似てるもの。だから多分……」
少し離れた場所を見ていたエリカの視線が戻って来て、再び俺と目が合った。エリカはその先を言わなかったが、艶めかしいその眼差しから続く言葉を想像してしまう。
話が逸れかけたところで俺の返事の途中だったことを思い出す。
「はっきりしなくてごめん。自分でも都合がいいことを言ってるのはわかってる。でもこれが今の俺の本当の気持ちなんだ。もちろん俺の勝手な気持ちにエリカを付き合わせるつもりもない。俺のことなんかほっといて、エリカならすぐに―――」
「それ以上言うと怒るわよ。この程度で変わるほど軽い気持ちじゃないわ。ずっと伝えたくて、ようやく今伝えることができたのよ?いくらでも待つに決まってるわ」
腰を沿うようにエリカの手が優しく俺を包み込む。密着した体からエリカの体温が伝わってくる。
「悩むってことはそれだけ真剣に考えてくれてるってことでしょう?その場の勢いで返事をもらうよりよっぽどマシよ。それに……思った以上に脈があるみたいで嬉しいの。拒絶されることも考えてたんだから……」
「エリカ……」
俺の胸に頭を埋めるエリカを見て、かける言葉を探すのをやめた。お互いのすーすーという呼吸音だけ聞こえる空間が心地よかった。
「ずっとこうしてたいけれど、もう戻らないといけないわね」
エリカが離れた瞬間、寂しいと思ってしまったのはエリカの思惑通りなのか。顔を上げたエリカはいつものエリカだった。
俺が分けた段ボールを持って「行きましょ」と促すエリカは切り替えが早い。俺も見習おうと残りの段ボールを持とうとした時、静かに近づいてきたエリカは耳元で囁いた。
「念を押して言うけど、あのキス、カウントするから。私の初めてはエツジ君で、エツジ君の初めては私よ」
エリカ様は健在のようで、赤くなっていく俺を見て無邪気に笑っていた。そんな一面もまた、愛おしくて。
予備品を取りに行くにしては時間をかけてしまったが、エリカのおかげでなにも言われずに済んだ。戻るや否やエリカはすぐに引っ張りだことなり忙しそうにしていた。そんな様子を見て、改めてエリカが誰からも好かれる人気者だということを再認識する。同時に、そのエリカに好かれている俺がどれだけ恵まれているかも実感した。
それ以上エリカを見ていると作業に身が入らなくなるので、込み上げてくる様々な感情を必死で抑えながら作業に没頭していると、あっという間に時間は過ぎていった。
自分のクラスの役目を終えた俺とエリカは体育館に向かった。予定ではそこでマコトとリキヤと合流することになっている。まだ俺の頭の中では今日の出来事について整理できてないが、今は文化祭を楽しもう、そう思っていた。ずっと楽しみにしていた”サユリ”と”コウキ”の二人が主演の劇を、”俺”と”エリカ”と”マコト”と”リキヤ”の四人揃って観よう、そんな呑気なことを考えていた。
だが、
「あれ?マコトは?」
そこにマコトの姿はなかった。
俺とエリカの関係が一歩前進したその裏で、周囲の人間関係にも変化があったことを、俺は後に知ることとなる。
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