第99話

 ――――――勝手に舞い上がってるだけだよ。


 今まで思うところがあっても自分に自信が無いから全部否定してきた。


 ――――――あくまで恩返しじゃないかな?


 差を感じるほどに目を背けるようになり、心にも余裕がなくなった。


 ――――――恋愛感情とは似て非なるモノだよ。


 最近になって俺たちの関係も少しずつ変化し、マコトの助言もあって前よりもいい関係を築けていた。


 ――――――勘違いだよ。


 ああ、そうか、これもサユリの優しさか。多分、気を遣ってくれたんだな。実際に自らすることによって、気にするほどのことじゃないと身をもって教えてくれたんだ。そもそも俺が重く考えすぎてるんじゃないか?俺たちだって高校生なんだ、珍しい話じゃない。うん、そうだ、きっとそういうことなんだ……。


 そんなわけないだろ。


 いい加減目を向けろ。余計なことは考えなくていい。行動、言葉、表情、仕草、身も心もここまでサユリに近づき、あまつさえ触れておいて、「わかりません」で済ませたら自分で自分が許せなくなる。

 優しさとか、気を遣ったとか、そんな言葉で片づけていいわけがない。重く考えて当たり前だ。他の人がどうかは知らないが、俺たちの関係で、この行為が、どういう意味でどういう影響があるかは俺たちにしかわからない。珍しくなくても、俺たちにとっては特別なことなんだ。


「……なにも聞かないの?」


 サユリに向ける言葉を探していると、間に耐えきれなかったのかサユリの方から口を開いた。


「……えっと……これはどういう……」


「さあ……どういうことでしょう?」


 ずるい。聞いておいて聞き返すのが、ではなく、あまりにも可愛すぎて。

 今から俺が言う言葉の一つ一つが、今後の俺とサユリ、ひいては俺たち幼馴染六人の関係を左右する。だからこそ慎重に言葉を探して選んでいるが、それと裏腹にはやる気持ちが邪魔をする。二つの心がせめぎ合うせいでサユリを待たせてしまっている。

 ごくり、と生唾を飲んだ時、ポケットの中でスマホの着信を知らせる音が鳴った。気づいてはいたが、今は確認する時間すら惜しい。すぐに鳴りやむだろうと放っておいたが、スマホは鳴り続けた。仕方なく着信相手を確認する。コウキと表示された画面だけ確認して着信を切った。


「出なくていいの?」


「今は……それどころじゃないだろ」


 スマホをポケットにつっこみながらサユリの方を向き直った時、再びスマホが鳴る。今度はすぐに切ろうとしたら、「出てあげたら?」とサユリに言われたので要件だけでも聞くことにした。


「もしもし?悪い今ちょっと立て込んでて、なにかあった?」


【なにかあったって、お前自分のクラスの当番いいのかよ?エリカが時間だって言ってるけど】


「マジ?!もうそんな時間か?!」


 慌てて時刻を確認すると、交代の時間まであと数分というところまで迫っていた。本来であればすでに教室にいなければならない。サユリのことで頭がいっぱいで全く気づかなかった。


【どうすんだよ?てか今どこにいるんだよ?】


 思わずサユリの方を見てしまう。


「なんの話だったの?」


「クラスの当番交代しなきゃいけないの忘れてて、すぐに教室に戻らないといけないみたいなんだ」


「そうなんだ……じゃあ急がないとまずいんじゃない?」


 耳元から離していても、電話越しにコウキが急かすよう言っているのが聞こえてくる。


「それは……そうなんだけど……」


「ダメよ。他の人に迷惑をかけるのはよくないわ」


 冷静に考えたらなにを優先すべきかはわかる。サユリの言う通り自分勝手な理由で他の人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 わかってる。わかってはいても今だけは……。


「そんなに難しい顔しないでよ。私のことは大丈夫。気にせず早く行ってあげて」


 サユリに気を遣っているだけではない。これは俺にとっても大事なことだ。


「いや……でも今は……」


「……後夜祭」


「え?」


「……後夜祭で……一番大事なことを言うから……ちょっと焦って見切り発車みたいになっちゃったけど……もともとそのつもりだったし……だから……続きはその時聞いてほしい……」


 途切れ途切れで、か細くて、ほんのり熱を帯びていたサユリの声。

 そうか、俺だけじゃないんだ。自分のことで頭がいっぱいだったけど、サユリだって平静でいられるわけないんだ。


「うん、わかった」


 大丈夫、今度は有耶無耶にはならない。

 話は一旦持ち越しとなったが、淡い空気は漂い続ける。もう少し二人だけの空間に浸っていたかったが、あまり他の人を待たせるわけにもいかないので名残惜しくも引き返すことに。


「ごめんな、途中で終わるみたいになっちゃって。俺は一旦戻るけど、サユリはどうする?」


「私はもう少し涼んでから戻るわ。また後で合流しましょ」


「そっか、じゃあまた後で。劇頑張れよ、しっかり観てるから」


「うん……後夜祭楽しみにしてるね」


「俺も……楽しみにしてる」


 最後の一言くらい目を見て言いたかったのだが、逸らしてしまうのが俺らしい。すでにばれているのだろうけど、照れを誤魔化すように俺はそのまま走り去った。




「やばいやばいやばいやばいどうしよう……勢いでやっちゃった……私……エツジと……フフ……エヘヘ……やばいにやけちゃう……エツジ怒ってないよね?大丈夫よね?……どのみちここまで来たら引き返せないわ。うん、私なら大丈夫、あともう少しよ。まずは劇を成功させなくちゃ。……どうしよう、劇の途中でにやけちゃいそう」

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