第96話

 お手洗いから戻る時、近くの教室から呼び込みの声が聞こえてきた。


「十二時から校舎全域を使った謎解き脱出ゲームを開始しまーす!参加資格は二人一組であれば誰でもオッケーです!クリアした人には賞品も用意してるので是非挑戦してみてください!」


「面白そうだな……二人一組……よし」




 今日も体育館内は賑わっている。クラス単位でもコウキたちのように体育館を使った出し物は多く、足を運ぶ人は多い。今は先輩たちが紅白に別れて歌合戦をしている。

 コウキ、リキヤ、エリカの部活組は先輩たちが出ているらしく、最前列で盛り上がっている。昨日いなかったマコトも興奮したのか、一緒になってはしゃいでいた。


「なあサユリ、脱出ゲームとかって興味ないか?」


 時計を確認するとお昼前。今から行くとちょうどいい。


「脱出ゲーム?やったことないからよくわかんないけど……どうして?」


「さっき知ったんだけど謎解き脱出ゲームをやってるクラスがあるらしいんだ。しかも賞品もあるんだって。面白そうだろ?二人一組だったら誰でも参加できるんだけど、よかったら一緒に参加しないか?」


「参加するわ!」


 謎解きは好き嫌いが別れるのでもしかしたら断られるかと思ったが、思ったより乗り気なようで安心した。


「十二時からだからもうそろそろ行かないとな。一応コウキたちに伝えてくる」


 時間もないのでコウキだけに伝え、後は上手く言っておいてもらう。六人で行こうかとも考えたが、楽しんでいるところに水を差したくないのでやめておいた。リキヤとコウキはクイズや謎解きなどの頭を使うことが得意ではないということも考慮した。それだけでなく、もう一つ理由があった。


「私でよかったの?替わる気はないんだけど……その……マコトやエリカじゃなくていいのかなって」


 気を遣ったのか、単純に疑問に思ったのか、脱出ゲームが行われる教室に向かっている途中でサユリが聞いてきた。


「サユリがよかったんだよ」


「へ?!」


「最初の約束覚えてるか?文化祭一緒に回るってやつ」


「も、もちろん覚えてるわ。か、カップルイベントのことよね……」


「そう、それ。この脱出ゲームってさ、そのイベントにちょっと似てないか?カップルではないんだけど、二人一組だし、豪華ではないと思うけど、賞品もあるし。だからどうせ参加するならサユリとがよかったんだ」


「そ、そういうことね……ちょっとびっくりしたじゃない……」


 これがサユリだけに声をかけた一番の理由。呼び込みを聞いた時、真っ先に浮かんだのはサユリの顔だった。


「俺が参加したかったっていうのもあるからサユリの為だけってわけじゃないけど……もしかして余計なお世話だったか?」


「全っ然!全く!微塵もそんなことないわ!その……すごい嬉しい……エツジから誘ってくれて……」


「そんなに珍しいか?最近は俺からも声かけるようにしてるつもりなんだけどな」


「もぅ……そういうことじゃないわよ。いいから早く行きましょ」


 そう言って俺の手を引くサユリだったが、場所を知らないのですぐに立ち止まっていた。慌てる様子を見て笑いながら、今度は俺が手を引いて教室に向かった。




 教室に着いたら受付を済ませて待機する。参加者は思っていたよりも多く、生徒から一般の方まで集まっていた。


「結構いるわね」


「そうだな。でも大丈夫。俺、謎解きとか割と得意だから」


 大口を叩いておいて、できなかった時恥ずかしいというのは承知の上で自らハードルを上げる。自慢する程ではないが、頭は柔らかいほうだ。

 今回の脱出ゲームは全員で一斉に挑戦する仕様となっている。ペアで協力してそれぞれのステージをで謎を解き、クリアした早さで競うようだ。賞品も順位によって変わってくる。単純だからこそ、幅広い人が楽しめる。


「あれ?ニノじゃん」


「トウコ?……とアヤネちゃん?」


「こんにちは、エツジ君」


 教室で思わぬ人物と遭遇した。夏休みの合コンをきっかけに知り合った、東堂トウコと佐々木アヤネだ。二人とは連絡はとっていたが、会うのはコウキと商店街に行った時以来だ。


「こんなところで会うとはな。てか来てたのかよ」


「ユイとチホに誘われてさ。ほら、あの二人いい感じでしょ?ちょうど今男に会いに行ってるから、暇してるあたしたちはここに来たってわけ」


 合コンに来ていた他の二人は、ケイスケとユウタと、それぞれいい関係を築いているようだ。まだ付き合ったという話は聞いてないが、時間の問題だろう。


「てかなにその恰好?」


「え?ああ、そういやそうだった」


 すっかり馴染んでいて自分が仮装していることを忘れていた。


「もしかして中二病に目覚めちゃった?」


「ちげーよ!仮装だよ!今日はハロウィンだろ?」


「あーそゆこと?てか肩にカーテンかかってるよ」


「マントだよ!どう見てもドラキュラだろ!」


 相変わらず会えばすぐに俺をいじってくる。俺は俺でケラケラと笑うトウコにしっかりと突っ込んでいる。隣ではアヤネちゃんがあたふたしながら「似合ってるよ」と気遣ってくれた。


「そういえばあんたペアは?もしかして一人?」


「なわけ……二人一組って知ってんだろ」


 俺の声に合わせて、後ろにいたサユリが顔を出す。トウコの反応を見るにからかって言ったわけではなく、俺に隠れてサユリが見えなかったようだ。


「どうも」


「えっとこの子は……」


「俺のペアの白石サユリ。もしかすると一回顔見てるかもしれないけど……あの時は一瞬だったから初めましてかな?」


 合コンの途中でサユリたちは乱入してきた。あの時、互いの存在は知らなくても顔は合わせている。

 挨拶の様子を見ていると、どうやら覚えていないようだ。軽く自己紹介をした後、俺を除いた三人は様子を窺うかのように見合っている。


「ニノと白石さんって……どういう関係?」


「サユリは友達っていうか幼馴染だな。小学校の頃からだから付き合いが長いんだ。コウキと同じくらい」


「へぇー…そうなんだ」


 初対面だからか会話はあまり弾まない。おかしいことではないのだが、どこか三人の距離感に引っかかるものがある。アヤネちゃんは大人しめだが、それを踏まえても三人ともコミュニケーション能力はあるはずなのだが。


「そっかー…」


 なにに対してなのか、トウコがそう呟いたタイミングで教室の前の方から「はーいではそろそろ始めます」と大きな声が聞こえた。そのままゲームの説明に移行し、中途半端なところで会話は終わってしまった。

 引っかかりの原因はわからなかったが、サユリからすればトウコたちのような派手な人たちとの接し方に戸惑い、逆にトウコたちもサユリのような目立つ存在との接し方に戸惑った、という風に考えれば納得はできる。

 結局、あまり気に留めることなくゲームに集中することにした。

 この時、サユリ、トウコ、アヤネちゃんの三人のぎこちない会話の裏にどんな思惑があったのかは、俺には知る由もない。








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