第90話
コウキとリキヤの下へ戻ろうとすると、先程より周辺に人が多いように感じた。近くまで行って覗き込んでみればすぐに理由がわかった。コウキとリキヤに加え、サユリとエリカもそこにはいた。ステージ上は転換の真っ最中、その裏で学校で有名な美男美女が集まっているとちょっとした人だかりができるようだ。
うちの学校ではミス・ミスターコンなんて開かれていないが、周囲の声に耳を傾けると「俺は白石さん」「いやー断然真弓さん」「松方君一択」「えー絶対コウキ君でしょ」といったように勝手に開催されている。
ただでさえ話の流れのせいかサユリとエリカがいるので戻りにくいのに、こんなに注目されていては更に戻れない。当の本人たちは聞こえてるのかわからないがお構いなく喋っている。
今日はこのまましれっと離れようかな。そうだ、内山君と合流しよう。
俺が引き返そうとした瞬間、サユリと目が合ってしまった。
「あ!エツジ!こっちこっち!」
周りにも聞こえるくらい元気な声で呼ぶものだから引くに引けず、俺はたった今戻ってきた風に装いながら合流した。
「遅かったな」
「ちょっと混んでてな」
華のある面子に俺が混じることで周囲はざわつく。俺たち五人が一緒にいることに少しは慣れたと思っていたが、同学年以外にはまだ見慣れない人もいるようだ。久しぶりに味わうその感覚はやはり落ち着かない。
「もー私たちも探してたんだよ?こんな後ろの方にいたらわかんないよ」
「悪い悪い。途中まで友達と観てたんだよ」
サユリやエリカの様子からするとコウキたちは黙っていてくれたみたいだ。俺がいつも通り接していればなにも問題はなさそうだ。
「……ていうかエツジの方からも探してほしかったんだけどなー…」
当てつけのように言われたが、膨れるサユリに言われたらダメージどころかご褒美にも思える。こんな姿を見せられたらからかいたくもなるものだ。
「探したに決まってるだろ」
「え?そうなの?もしかしてすれ違ってたのかな?」
「いや、俺は見つけたけどな」
地味な俺と違って体育館内でサユリたちを見つけるのは簡単だ。
「なんで声かけてくれないのよ」
「だってサユリの周り人がいっぱいいたからな。サユリ楽しそうだったから俺が声かけるとかえって邪魔かと思って」
サユリやエリカもコウキたち同様、沢山の人に囲まれていた。遠慮して声をかけなかったのは事実だが、少し大げさに言ってみた。
「またそうやって……邪魔なわけないじゃん!いっつもエツジは―――」
「冗談だって。見かけたのは本当だけど、俺たちは明日一緒に回るから遠慮しただけだ」
するとサユリは「もー…」とまた頬を膨らました。それが可愛らしくて笑ってしまう。そのおかげか周りの声も気にならなくなっていた。
「エツジ君、私たちは終わってもすぐに帰っちゃ駄目よ?」
近づいてきたエリカも会話に加わる。サユリとの会話で心が和んだので、エリカと話すのにも変に緊張することはなかった。
「わかってるって。俺らにはやることがあるからな」
一日目が終わった後、それぞれのクラスは明日の準備をしてから解散となる。俺たち実行委員はそれに加えて、今日の片づけ、一般公開の準備、その他雑用等を割り振られている。
「えー?一緒に帰らないの?」
「どれくらい時間かかるかわからないし、今日はどのみちクラス単位で解散時間もズレるからな。今日は各々帰って明日に備えるってことでいいんじゃないか?」
サユリは「待ってる」と言い張っていたが、コウキとしては早く解散となっても明日の為の最終確認をしたいらしい。どのみち時間を合わせるのは難しそうということで納得してもらえた。
そうこうしている間に館内は暗転し、皆ステージに注目する。このステージが今日の最後のプログラムだ。トリを務めるのは軽音部のまた別のバンド。初っ端から派手な演奏で始まり、会場のボルテージは一気に上がった。周りにいた人たちもいつの間にか前に移動している。俺たち五人は後ろの方でゆったりと眺めていた。
歌われている曲はどれも聞いたことのあるものばかりで、手拍子を打つ人、合いの手を入れる人、歌詞を口ずさむ人、それぞれの楽しみ方で会場全体が盛り上がっていた。その盛り上がりはまさしく初日のトリに相応しい。
俺も聞き入っていると、シャツの袖をくいくいと引っ張られていることに気づいた。顔を向ければ上目遣いのサユリが俺を見ていた。いや、身長差のせいで見上げているように見えるだけか。どちらにせよ、男ならぐっとくるものがある。
「ねぇ……約束、覚えてるわよね?」
ひそひそとサユリが言った。細い声だったが、流れていた曲がバラードだったおかげでしっかりと聞こえた。
「当たり前だろ。任しとけ」
「フフ……楽しみだなぁ」
あどけないサユリの笑顔は、俺の心の中のもやもやを払拭してくれる。
――――――その日はサユリを優先する。
自分で言っておいて、ここ最近頭から抜け落ちていた。危うくサユリを裏切ってしまうところだった。
どうやらバラードが最後の曲だったようで、挨拶を終えたバンドの人たちが舞台袖にはけていく。終わりを惜しむ人たちが手拍子でアンコールを要求する。数十秒の間をおいて、再びバンドの人たちが戻ってくる。
「アンコールありがとうございます!ラスト一曲聞いてください!」
突発的なものではなく、ここまでが予定通り。正真正銘最後の曲を聞き終わったところで一日目が終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます