第89話

 何気なく、できるだけ自然に言うことが出来た。あわよくば軽く聞き流してくれることを期待した。


「へーエツジは相手がいるのか。そっかそっか、ハハハ……は?どういうことだよ?!さっきいないって言ったじゃねーか!」


 一言も言ってない。コウキが勝手に決めつけただけだ。


「おい!どういうことだよ!俺たちを裏切るのか!」


 裏切るもなにもリキヤはさっきまで参加しないつもりだっただろ。

 何故か興奮している二人が落ち着きを取り戻すのに少々時間がかかった。二人が冷静になってから質問に答える。


「悪いな、エツジに相手がいるって聞いて思わず取り乱しちまった。てっきり適当にやり過ごすもんだと思ってたから……。で、相手は誰なんだよ?」


 そりゃ聞くよな。ここまで言って濁すつもりもない。


「サユリだよ」


「「サユリ?!」」


 鳩が豆鉄砲を食ったようとはこの事かというくらい、二人は目を丸くしていた。


「なんだよ二人して……別にそんな驚くことでもないだろ」


「いや……そうかもしれないけど……でもやっぱ驚くだろ」


「うむ……どうしてそうなったんだ?どっちが先に声かけたんだ?」


 二人は食い気味に聞いてくる。俺がこういったイベントに参加する、しかも相手もいるとなると自分でも珍しいと思うので、相手がサユリであっても二人が気になるのは無理もない。


「サユリと話してる時にたまたま後夜祭の話をしてたんだよ。それで、お互い相手いないなーって話になって、だったら二人で組もうよってなったんだよ。俺としては俺と組んでくれる人なんて他にいないと思うし、当日一人で浮くのも嫌だったから、優しい優しいサユリさんのご厚意に甘えさせてもらったってわけだ。まあ、俺と違ってサユリは相手なんていくらでもいるかもしれないけど、誰でもいいわけじゃないしな。一応他の人よりは俺のほうがサユリからしてもマシなんじゃないか」


 サユリとのことは俺が独断でばらしているわけではない。約束をし直した後、他の人にどこまで話すのかもすでに相談していたのだ。結果、変に隠す必要はないと判断した。もとより二人で回る為に内緒にしていたので、約束の形が変わった以上ある程度話しても問題ないだろう。特にコウキとリキヤは俺とサユリの仲のよさを知っているのでなにもおかしいことはない。もちろん全てを包み隠さず話すわけではなく、詳細やそれまでの経緯については省いたり多少濁したりと誤魔化しながら二人に話した。


「そっかー…なるほどな。よくよく考えれば俺たちからしたら当然っちゃ当然だな。でもなーんか抜け駆けされた気分だなー」


「コウキの言う通りだ。相手がサユリであれ俺たちはどうなるんだ?!俺たちを見捨てるのか?!」


 納得はしてもらえたが、よくわからない裏切りのレッテルを貼られていた。リキヤは熱く俺に詰め寄り、コウキもそれに便乗するようになにか言っていた。

 男同士の同盟はどこにでも存在するものだが、この場合コウキとリキヤに対しては俺も反撃ができる。


「お前ら……さっきから相手がいないって言ってるけど、本当にそうか?」


「なに言ってんだよ。いねーよ」


「当たり前だ」


「じゃあ誰にも誘われなかったんだな?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、二人と目が合わなくなった。


「ま、まあ誘われなかったわけでもないけど……」


「そ、そうだな。一人、二人くらいはな……」


「ダウト。正直に言え」


 俺の冷たい視線に耐えかねてボロが出始める二人。さっきと打って変わって形勢は逆転している。どうやら予想通り、二人とも両手では収まらないほどの人数に誘われていたようだ。


「お前ら俺に散々『裏切り』とか『見捨てるのか』とか言ってたけど、二人とも自ら断ってんじゃねーか!」


「そうなんだけど……でもあんまり関わったことない人も結構いたんだよ。それに誰でもいいわけじゃないだろ?」


「俺に至っては参加する気なかったし、皆もそうだと思ってたからな」


「俺も誰でもいいと思ってるわけじゃないし、そこらへんについてなにか言うつもりはない。だが逆も然り。お前らはチャンスがあったにもかかわらずそれを手放した、一方俺は少ないチャンスにしがみついたんだ。お前らは俺にどうこう言える立場じゃないよな?わかったら精々男二人でダンスの練習に励むんだな!」


 サユリというカードを盾にして、ここぞとばかりに言ってやった。こういった話題でコウキとリキヤに上からものを言うのは気持ちよかった。

 わざとらしく高笑いする俺、わざとらしく悔しがる二人、途中からいつものノリでコントのようになってしまったが、いい流れで伝えることができた。


「でもそっかー…サユリかー…」


 一区切りついたところでコウキがなにか含ませるように言った。


「なにか言いたげだな?」


「正直なところ、もしエツジがペアを組むなら相手はエリカだと思ってたんだよな」


 「エリカ」という名前に眉がぴくッと反応してしまう。さざ波立つような、そんな感覚だった。


「……なんでだよ」


「だってここ最近ずっと一緒にいただろ?何度か見かけたけど、すげー仲よさそうだったからさ」


「……そんなにか?」


「俺が思うくらいだぜ?傍から見たら付き合ってるって思われても不思議じゃねーよ。言わなかったけど、俺ももしかして……ってちょっと思ったもん。なあ、リキヤ?」


「うむ、もしそうなら自分から言うと思ってあえて触れないようにしてたけどな」


 二人の話を聞いている内に心臓が熱くなるのを感じた。せっかく”あの出来事”から意識しないように過ごしてきて、ようやく落ち着いてきたのに……。一週間かけて慣らした胸の内は、あっけなく引き戻された。

 以前に比べて距離が近くなったとは思った。でもそれ以上のことは思わなかった。思わないようにしていた節もあった。すぐに舞い上がってしまう俺にマコトが教えてくれたこと。

 第三者、それも近しい存在のコウキやリキヤに言われてしまえば否が応でも意識してしまう。他人から見える光景は、時に当事者ではわからないことも映し出しているのかもしれない。


「ま、さすがに付き合ってたらサユリとは組まねーよな。変なこと言って悪かったな」


「あ、ああ……別にいいよ。……でもエリカの前では言うなよ?お前らの冗談に対する矛先は毎回俺に向くんだから」


「それはそれで面白いけどな。まあ、しゃーないから黙っといてやるか」


 そうコウキが言ったところで「次の出し物が始まる前にトイレ行ってくる」と俺は逃げるようにその場を抜け出した。あれ以上あの場にいると、余計なことを言ってしまいそうだったからだ。一旦離れて熱くなった心臓を冷ます必要がある。

 尿意もなくお手洗いに来た俺は、自分の内心を探るかのように鏡に映る自分と見つめ合っていた。




「別にエリカは怒らないだろ。むしろ……」


「そうかもな。でも俺たちが絡むとまた違ってくるからなー。結局俺たちの勘違いだったし、それにペアはサユリだったからな……変なこと言ってこじらせるより、今まで通りでいいんじゃねーの?」


「そりゃそうなんだがな。でも最近のあいつら見てるとなにか進展あったのかもって気になるだろ」


「それは俺も同じだけどよ、俺ら二人が勝手に盛り上がってもしゃーねだろ。なにかあったら俺たちには言ってくれるさ」


「それもそうだな。そん時はまた思う存分いじってやるか。とりあえずは文化祭を楽しむとするか」


「てことでダンスの練習でもするか?」


「するわけねーだろ!」

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