第88話
軽音楽部のライブで午前中のプログラムが終わり、昼食を食べてから午後の部が始まった。休憩を挟んだとはいえ熱量はキープしたままだ。
体育館の中はカーテンを閉め切っていて、館内であれば移動は自由となっている。席がなく、好きな場所で観ることができる空間は、例えるなら大きなライブハウスというのが一番しっくりくる。ステージに近い前の方では人が溢れかえっている。
役目を終えた俺は人がまばらな後方から壁にもたれかかってステージを眺めていた。野球部のコントで笑い、ダンス部の迫力あるパフォーマンスに声を上げ、一人がピアノを弾きもう一人がそれを伴奏に歌う男女二人組の演奏にしんみり聞き入ったりと、ステージから離れていてもそれなりに満喫していた。
数分前まで内山君も一緒にいたのだが、今から始まるステージを近くで観る為に「行ってくるね!」と楽しそうに走っていった。なんでも二年生の女子十人ほどで今流行りのアイドルグループの真似をして歌ったり踊ったりするらしい。クオリティが高くビジュアルがいい人ばかりなので男子たちの中でも話題になっていた。内山君はそのアイドルのファンでもあるのでより楽しみにしているわけだ。
実は密かに楽しみにしていた俺も前には行かないものの後方から凝視するつもりだ。興味がない素振りを装っていたが男だったら誰だって観たいだろ?
少ししてから前の方で歓声が上がり、曲が流れ始めた。ステージ上はライトで照らされ、そこに並んでいた女子たちが元気よく踊りだす。遠目からでも華やかだった。
「こんなとこにいたのかよ」
俺がステージに目を奪われていると正面からコウキとリキヤが歩いてきた。夢中になって観ていると二人に思われるのがなんだか恥ずかしかったので、悟られないようにすぐに視線をずらした。
「二人してどうしたんだよ」
「どうしたって、俺らがいないとエツジは寂しがると思って探してたんだぞー」
「うむ、やはり俺たちの予想は当たっていたな。こんな後ろの方で一人寂しい思いを……」
「うるせー余計なお世話だ!あんな人だかりに混じるなんて疲れるだろ。俺は俺なりに楽しんでんだよ」
「アハハ!冗談だって。単に一緒に観ようと探してただけだって」
顔には出さなかったが、こんな後ろの方にいる俺を探してくれたのは嬉しかった。コウキやリキヤを見かけることはあったが、二人とも人に囲まれていたので声をかけるのは遠慮していたのだ。
文化祭の最中であろうと、俺たち三人が集まればいつものようにくだらない話で盛り上がる。華やかなステージを眺めながら、映画鑑賞では三人とも寝ていたことや友達がステージに上がっていたことなど、各々の視点での文化祭について会話が弾む。最終的に一番盛り上がったのは今行われている先輩たちのパフォーマンスについてだった。
「エツジは誰がいい?全員レベル高いから悩むよなー。俺は……やっぱり右から二番目かなー」
「いや俺はそういう目で見てないから」
「嘘つくんじゃねーよ。いいか?これは男だったら避けれない選択なんだよ。そしてこれは権利でもある。いや、それどころかこれは男の義務なんだよ!さあ言え!エツジ!」
何をこんなに熱くなっているんだ。確かにアイドルに推しはつきものだが……。
無意識に目線を振って周囲にサユリやエリカがいないのを確認する。何故かは言わない。
「わかったよ、言えばいいんだろ。俺は一番左の子かな。あの人、端っこっていう目立ちにくい場所でも手を抜かずキレのあるダンスをしてるんだよな。練習も本番も真剣にやって、真面目で頑張り屋なんだなーって思う。外見だけじゃなくてそういうところもポイント高いな」
「おいおい……俺より見てるし、ガッツリ語るじゃん……」
「いや引くなよ!お前が言えっていったんだろ!あーもう俺の話はいいだろ。リキヤはどうなんだ?」
「俺は当然真ん中だな」
俺とコウキはリキヤの発言に誘導されるかのようにセンターで踊っている人に視線を移す。もちろん可愛くてダンスも上手いのだが、何より目立つのは曲に合わせて弾む別のもの。
「「お前胸しか見てねーだろ」」
男子だけでしかできないような会話をステージから離れたところで交わす、こんな時間も文化祭ならではなのかもしれない。
急遽行われた男談義が終わる頃、先輩たちの発表も終わった。舞台上では次の発表の準備が忙しく行われている。観るものがないその時間は雑談で体育館が埋め尽くされる。
「そういえばお前らはあれどうすんだよ?」
「あれってなんだ?」
リキヤは聞き返していたが、俺にはなんとなく察しがついていた。
「後夜祭のダンスだよ。みんなで好きに騒いで踊るって話だけど、ペアを作る風潮もあるらしいじゃん。二人は相手いるのかなーって」
「そういやそんな話あったな」
コウキの補足を聞いてリキヤも理解したようだ。ふんと鼻で笑ったあと、最初の質問に答えるように続けた。
「相手もなにも俺は参加するつもりないけどな。だいたい、ペアで踊るなんて恥ずかしいだろ。みんなもそう思ってんじゃねーの?」
リキヤの言っていることは俺も初めて話を聞いた時に思った。文化祭といっても照れがある。だが、どうやらその辺りは心配ないようだ。
「そうでもないみたいだぜ。中途半端にならないように先輩たちは全員乗り気なんだよな。みんなで参加すれば恥ずかしいことはない、逆に踊ってない奴が恥ずかしくなるっていう考えが根付いてるらしいから毎年盛り上がるんだとさ。前向きな人が多いからペアを組む人も少なくないってよ。なあ?エツジ?」
「そうらしいな。実行委員でも盛り上げるように準備しながらも積極的に参加するってよ」
「まじか……」というリキヤにとっては誤算だったのだろう。こういったイベントが嫌いではないと思うが、確かにリキヤが参加している姿は想像し難い。
「その様子だとリキヤは相手いなさそうだな。っていう俺も実はいないんだけどな。エツジは……」
チラッと俺の方を見てからコウキは続けた。
「実行委員だし、エツジもどっちかっていうとこういうのに参加しないタイプだもんな。よかったー俺一人だけだったらどうしようかと思ってたんだよ。こうなったら野郎だけではしゃぐとするか!」
「うむ、不本意だがそれはそれで楽しそうだな。全員が乗り気なら仕方ない、俺もお前らに付き合ってやるよ」
男同士の友情を確かめ合うように二人は豪快に笑っていた。その横で俺は苦笑いしながらタイミングを見計らっていた。この話の流れだと言わなければならないことがある。言い出しづらいが、二人が息をついた隙に割って入った。
「そのことなんだけど……実は俺、相手いるんだよなー…アハハ……」
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