第84話

 なんとかエリカが戻ってくる前に着替えることができた、と思っていたら数秒後に勢いよく扉が開いた。もちろんエリカだったのだが、本当に入る前の確認がなかったので危ないところだった。


「ノックぐらいしてくれよ……」


「だから言っておいたでしょ。それより……うん、やっぱり似合ってるじゃない。私の目に狂いはなかったようね」


「どこがだよ。違和感しかないんだが」


 エリカが俺に選んだのは王子の衣装だった。

 一見雅やかに見えるが派手過ぎず、質感にもこだわっていて完成度が高い。うちのクラスの衣装係もレベルが高いようだ。

 そんな衣装を俺が着ていると衣装に人が負けてしまっている。どう考えても釣り合っていないと袖を通した段階で気づいた。卑下しているわけではなく、大抵の人は俺と同じだろう。この格好に見合うのはそれ相応の人物でないと、それこそコウキのような。


「そんなことないわ。かっこいいわよ。エツジ君また自分を低く見てるわね?」


「そうじゃないけど……さすがにこれは無理があるだろ」


「私が気を遣って嘘ついてるって言いたいの?」


「そういうことじゃ……」


「わかってないわね。私からしたらコウキ君よりもエツジ君のほうが似合ってると思うわ。これは好みの話でもあるから否定はさせないわよ。もし信じれないのなら一つ一つ理由を言ってあげるわ。そうね、まず雰囲気がいいわね。コウキ君のチャラついたイメージと違ってエツジ君の落ち着いたイメージが高貴な雰囲気にピッタリだわ。いつものシンプルな恰好とのギャップもいいわね。かっこいいだけじゃなくてちょっと恥ずかしがってて可愛らしさもあるわ。顔は言わずもがな……そもそも勘違いしてるけれどコウキ君よりエツジ君の方が―――」


「も、もういい!わかったから!」


 あまりにも冷静にすらすらと言い続けるものだから俺が耐えられなくなってしまった。これだけ褒めちぎればエリカも多少照れるのではないかと思ったが、照れるどころか俺とは対照的に余裕を見せていた。おそらく俺が徐々に照れていくのを面白がっていたのだろう。そう考えると全部が本音かどうかは怪しいが、どのみち後半はまともに聞くことができなかったので掘り返すのはやめておいた。


「本当にわかったのかしら?なんなら今から他の人に見てもらうのもいいわね。きっとみんな私と同じことを言うわ。もし違っても私がエツジ君の魅力を一から語れば必ず伝わるわよ」


 全然ありがたくない。そんな見せしめのようなことをしたら俺の居場所がなくなるってわかって言ってるだろ。


「勘弁してくれ。ていうかこんな格好エリカ以外の人に見せられるわけないだろ」


「……」


「いきなり黙られると困るんだが……なんか言ってくれよ」


「わ、私以外には見せられないって……どういうこと?」


「そりゃそうだろ。言っとくけど俺がこんな格好するのはエリカの前だけだからな?当日はもっと無難な恰好にさせてもらうから」


 実行委員として裏で衣装の試着なども業務として含まれるのはわかってた。その一環で変な恰好をさせられるのも覚悟していた。最初は適当に逃れようとしていたが、一緒に打ち合わせや作業をしている内にエリカに対しての羞恥心は緩くなった。以前エリカが俺に対しては駄目な部分も見せれると言っていたが、それに似ているのかもしれない。単純に二人だけの秘め事に勝手ながら謎の優越感を感じ、二人で共有している時間を楽しんでいる部分もあるが、それは俺の胸に留めておいた。


「……私だけ……独り占め……そうね、よくよく考えたら他の人を巻き込んで迷惑かけるのもよくないわよね。今日はやめておいてあげるわ。これは私たちだけの秘密にしておきましょう」


 エリカも納得してくれたようで、この格好での校内巡回は避けることができた。


「俺の話は置いといて、エリカが選んだのはそれだったのか」


 エリカがなにを選んだのか気になっていた。予想ではコスプレと言っても控えめなもの、もしくは着替えるふりだと思っていた。期待する意味でサユリのようなドレス姿の可能性も考えていた。だが目の前のエリカは意外な恰好をしていた。


「変……かしら?」


「全然変じゃない!ただエリカがそういう格好するのって珍しいからさ……まさかメイドなんて」


 俺が「メイド」と口に出したからか、エリカは頬を赤らめた。

 コスプレと言えばメイドと連想されるくらいに定番ではあるが、エリカがその恰好をするとは思っていなかった。それも今回は自分で選んでいた。


「べ、別に……私のは適当に選んだだけよ。……で、どうなのよ?私はエツジ君に対して感想を沢山言ったのに、エツジ君はそれだけなの?」


 両手でスカートの裾を少し持ち上げ、片足を後ろにして膝を軽く曲げるエリカ。どこかの国の挨拶であろうその動作をするエリカを前に、見惚れるなと言うほうが難しいだろう。


「え、いや、その……似合ってるよ。エリカはいつも綺麗系なイメージだったけど、可愛いのも似合うんだな。それこそギャップもあっていいと思う」


「……この衣装が可愛いわよね」


 はあ……なんともずるい言い方だ……。

 エリカの着ているメイド服は市販されているものに少し手を加えたものだ。細かいところにもこだわっていてこちらも完成度が高い。衣装が可愛いというのは間違いない。

 服が人を引き上げるという見方もあるが、エリカの場合は違うだろう。


「衣装もだけど……それを着てるエリカが可愛い……と俺は思う」


 ぎこちない言い方が精一杯。こういう時に目を合わせて言えないのはいつものこと。それでも男としての最低限の責務は果たした。濁さず素直に思いを伝えることができた。


「そ、そうかしら……フフ…ありがとね」


 薄暗く埃っぽい教室が色づいたように見えた。もう少しこの空気を味わっていたかったが、先に照れ臭さに限界がきてしまう。


「なんか変な感じするな。どっちかって言ったら俺とエリカ逆だろ」


「私が王子でエツジ君がメイドってこと?」


「ちーがーう。エリカがお姫様で俺が執事だ。わかってて言っただろ」


「フフ……エツジ君が執事ねー…それもいいわね。今度はそれにしましょう」


「まあ執事だったら…ってやる機会なんて滅多にないだろ」


 文化祭のような行事がない限り今後コスプレすることはないと思うが、エリカのいつもと違う姿が見れないのは残念だ。自分でするのも嫌いなわけではないので、エリカを誘って秘密の趣味に…なんて考えが一瞬頭をよぎった。

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