第83話

「おい大変だ!今四組で白石さんと有薗が衣装着てるってよ!」


 まるで号外のようにその情報が回ってきたのは放課後の文化祭の準備をしている時だった。

 文化祭も今週末に迫り、いよいよ大詰めとなってきた。この週は部活動も停止し、どのクラスも忙しそうにしている。どこのクラスが何をしているかという情報はよく耳に入ってくるが、あの二人のいる四組の情報は頻繁に耳に入る。二人が主演の劇を楽しみにしている人も多いようだ。


「サユリとコウキ君がなにかやってるらしいわね」


 エリカと俺は装飾作りのグループと一緒に作業していた。「白石」と「有薗」という俺たちに馴染み深い苗字が聞こえてエリカも気になっているらしい。


「出来上がった衣装の試着じゃないかな?あの二人が主役だから結構気合入ってるらしいよ」


「そうなのね。どうする?私たちも見に行ってみる?」


 気づけば教室にいた人たちが減っていた。どうやら学校きっての美男美女の華やかな姿を一目見る為に四組へと向かったようだ。


「そうだな。ちょっと見に行ってみるか」


 俺とエリカも作業を中断して四組へと向かった。と言っても四組は隣なのですぐに着く、そう思っていたが廊下を出ると人だかりができていた。話を聞きつけた他のクラスの生徒も集まっているようだ。


「すごい人ね。これじゃ見えないわ」


「だな。諦めて戻るか」


「お前らもいたのか!なんか面白そうなことやってんだって?」


 俺とエリカが引き返そうとした時、向かいからリキヤがやってきた。そのニヤついた表情から二人をからかいに来たとすぐわかった。


「そうらしいんだけどな。人が多すぎてどうにも」


「そんなもん強引に行きゃいいだろ。ほら着いて来いよ!」


 そう言ってリキヤは人だかりに突入した。体格がいいのもあって、リキヤが通ろうとすると自然と人が避けていく。強引と言いつつすんなりと二人が見える位置に行くことができた。

 教室の中は男女入り混じった声援とシャッター音が飛び交っていて、その中心にいるのは案の定サユリとコウキだった。サユリは顔を赤くしながら下を向いていて、コウキは照れながらも笑顔で対応している。


「ガハハハッ!二人とも案外様になってんじゃねーか!こりゃ写真とらねーとな」


「こら、あんまり調子に乗らないの。二人とも似合ってるじゃない。ねえエツジ君」


「……」


「エツジ君?」


「似合ってる……ほんとすごいな」


 二人の立ち姿があまりにも美しく華やかだったので、呼吸を忘れて見入ってしまっていた。

 優美な赤いドレスを纏ったサユリはどこか別の世界からやってきた麗しいお嬢様のようで、上品な深い青の服を着こなすコウキも同じく別の世界からやって来た凛々しい貴族のようだった。

 リキヤの野次が向こうにも届いたようで二人も俺たちに気づいたようだ。目が合うとサユリは照れくさそうにさらに顔を赤くした。コウキは「見つかってしまった……」という気持ち露わの不味そうな顔をしている。そんな様子をリキヤはスマホを構えながらニヤニヤと眺め、エリカは微笑ましく見守っていた。


「やっぱり俺とは違うなー…」


 俺だけは少し違った角度で二人を眺めていた。胸に抱くは花火大会を機にどこかへ消えたと思っていたあの気持ち。さすがに黒い感情はなかったが、あの時の羨望がふつふつとこみ上げていた。

 煌びやかな二人を前に、やはり俺なんかとは違うと再認識した。俺の自虐は勝手な思い込みで、みんなはそう思っていないだろう。それを踏まえて全部受け入れたはずなのに、目の当たりにしてみれば事実として脳に焼き付いてしまう。今は同じ側で見てるリキヤもエリカも、簡単に向こう岸に渡れるのだろう。


「エツジ君……またつまらないこと考えてないわよね?」


 俺がポツリと呟いた言葉を聞いていたのか、俺の表情を見てなのか、エリカは俺の考えていることを察したようだ。


「そんなことないけど……ただやっぱりあいつらは俺と違うなって……あの二人だけじゃなくてエリカもリキヤもだろうけど……だからといって『俺なんか』とは言わないけど、やっぱりみんなすごいよ。正直憧れるなー…」


「それがつまらないことなのよ」


「悪い悪い。でも今回はちゃんと正直に言ったから許してくれ」


 エリカに聞かれなかったら黙ったままだったと思う。俺が隠さず正直に話せたのはエリカが俺のことを見ていてくれたからだ。おかげで蘇りかけたあの頃の気持ちも上手く消化できそうだ。


「全くもう……確かにサユリもコウキ君も似合ってて綺麗よ。でもそれは衣装を着てるから余計にそう感じるだけよ。エツジ君だってあの恰好すればコウキ君より……そうね」


 話している途中でなにかを思いついたエリカは「行きましょ」と俺の手を引いて人だかりを抜けていった。間際にサユリが俺の名前を呼んだ気がしたのだが、エリカに手を引かれている俺は足を止めることができずにその場を後にした。


「どこ行くんだよ?」


「いいから着いてきなさい」


 何故だか嬉しそうなエリカに連れてこられてのは空き教室だった。この教室は俺たちのクラスの文化祭に関わる道具を置く場所として利用させてもらっている。

 エリカは置いてあるいくつかの段ボールの中身をガサゴソと漁っていた。


「ここらへんにあったはず……あったわ!これよ!」


 エリカが手に持っていたのはなにかの衣装だった。

 当初うちのクラスで使う衣装は完成したものを買う予定だったが、クラスの中に裁縫や服飾作りが好きな人が多かったので作ってもらうことになった。この教室にはすでに作り終えた衣装が置かれている。エリカが手に取ったのもその内の一つだろう。


「それが目当てだったんだな。二人を見てエリカも着てみたくなったのか?」


「まあそんなところね。はい、これエツジ君の分。じゃあ私は隣で着替えてくるからエツジ君も早くしてね」


「俺も着替えるのか?!」


「当たり前でしょ?ほら早くしないと、私は着替えの途中でも入るわよ」


 そう言って俺に衣装を渡してエリカは出ていった。拒否権がないのはいつものことだが、今日はやけに乗り気なようだ。

 もたもたしていて着替えを覗かれたらたまらないので、仕方なくエリカに渡された衣装に着替えることにした。


「てかこれなんの衣装だよ……は?これ着なきゃいけないのか?…マジかよ…絶対からかいたいだけだろ」


 先程のサユリとコウキの姿がまだ目に焼き付いている中でこの衣装に着替えるのは気が進まない。その上エリカも着替えるというのだから、恥ずかしさは増すばかりだ。だが見せる相手がエリカだと思うと、抵抗感はあまりなかった。この文化祭準備期間でエリカという存在が俺の中でまた一つ大きくなったからかもしれない。

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