第82話

 日が落ちてきたので今日の読み合わせはお開きとなった。帰る間際にマコトがお手洗いへと席を外した。


「ごめんね、変なこと言っちゃって」


「そんなことないよ。サユリが言ってくれなきゃ自覚ないままだったからな。むしろ言ってくれてよかった」


「ならいいんだけど」


 この時期の日が落ちる時間帯は肌寒い。サユリも手先が冷えてきたのか、手を合わせてすりすりさせている。


「さっきはあんなこと言ったけど、ホントはちょっと羨ましかったの」


「羨ましい?どこが?」


「マコトはなにやっても許してもらえるから、いいなーって」


「なにやってもってわけじゃないけどな」


 許容範囲が広いのは元からだが、マコトに対してはさらに広いのは間違いない。実際マコトに対して怒ったことはないし、余程のことが無い限り今後も俺が怒ることはないかもしれない。


「私だったら怒られそうだもん。そうじゃなくても引かれそう」


「そもそもサユリはそんなことしないだろ」


「しないけど……私だってわがまま言ってみたいもん……今でもけっこう言ってるんだけどね」


 マコトに比べたらサユリのお願いは可愛いほうだ。


「なーんて、ちょっと言ってみただけよ。気にしないで」


「勘違いしてるかもしれないけど実際に好き放題やるのはマコトだけだからであって、もしサユリたちが同じことしても俺は同じように笑って許すと思う。確かにマコトとは一番長い付き合いだけど、俺からしたらサユリたちも大差ないからな」


「そ、そうなの?私もわがまま言ってもいいの?」


「いいけど……要はマコトだからっていうわけじゃないって言いたかっただけだ。サユリはマコトと違って限度を知ってるから俺としては助かってるんだけど」


「で、でも、私も好き放題やっていいのね?」


「そういうわけじゃ……ちなみになにかあるのか?」


「私も位置情報共有してみたいなーって……面白そうじゃない?」


「サユリもかよ!」


 急に元気になったサユリを相手しているとマコトが戻ってきた。そのおかげでサユリとの会話を上手く誤魔化すことが出来たのは幸いだ。

 この公園から三人の家はそこまで離れていない。一番近いサユリを家まで送り届け、そこからは俺とマコトの二人で帰った。


「なんかエっ君と制服で一緒に帰るって新鮮だね。おんなじ学校に通ってるみたい」


 意識はしていなかったが、言われてみればあれだけ一緒にいるマコトでも恰好や場所が違うだけで新鮮に感じるものだ。そんな心情だと普段思っても言わないことがついポロッと出ることもある。


「……だったらいいのにな」


「はひ?!」


「……俺だってマコトと同じ学校に通いたかったよ。進路のことだから口出しは出来なかったけど……それに今だからわかるけど、俺の為でもあったんじゃないか?」


「それは……」


「なんにせよ今さら言ったところで遅いんだけどな。でも時々教室で思うんだよ。ここにマコトがいたらなぁって」


「エっ君……そんなこと言われたら転校しちゃうよ?」


「それはやめとけ。その分学校外の時間はマコトと過ごす時間が多いんだからあんまり変わんないだろ」


「じゃあ全部僕の為に使ってくれるの?」


「調子に乗るな」


 本当は「ありがとう」を伝えたかったのだが、なんだか照れ臭かったので言えなかった。マコトも最後は茶化していたがそれも照れ隠しなのだろう。歩きながらすれる肩は色々なことを教えてくれた。


「そういえば小学校の時一緒だった真鍋って覚えてるか?」


 別れ際、先日のコウキの話を思い出しふと尋ねてみた。


「カホちゃんのこと?覚えてるよ。仲良かったもん。カホちゃんがどうかしたの?」


「この前コウキに聞いたんだけど、真鍋って俺のこと好きだったらしいんだよな。んで『お前告白されただろ』って言われたけど覚えが無くてさ……されてはないと思うんだけど、コウキが言うには『告白する』って言ってたらしくて……結局よくわかんないまま終わったんだよな。でもその時マコトも相談に乗ってたって言ってたから聞いてみようと思って」


 コウキの話が正しければ真鍋以外で一番詳しいのはマコトのはずだ。とは言え小学生の頃の話なので覚えていないかもしれない。覚えていても事実が違っている可能性もある。


「その話ね。うん、確かに僕も相談に乗ってたよ」


「マジか!やっぱ本当だったのか。で、どうなったんだ?」


 どうやらコウキの話は本当だったようだ。それを知って声のトーンが少し上がる。今さら蒸し返すわけではないが、誰かに好かれていたという事実は嬉しいものだ。


「うーん……落ち込まないでほしいんだけど、結論から言うと告白はされてないはずだよ。だってカホちゃんの好きは友達としての好きだったんだもん」


 マコトの言葉を聞いて俺の喜びは一瞬でどこかへと消えていった。


「僕が相談に乗ってたら途中でその気持ちは恋じゃないって気づいたんだよね。エっ君が好きなのは間違いないけど、どうやら恋愛感情じゃなかったみたい。ほら、あの頃のエっ君は人気者だったでしょ?きっと憧れの気持ちを勘違いしたんだよ。結局告白もやめちゃって、その後他に好きな人もできたみたいだよ?」


「そ、そういうことか……ま、まあそんなことだろうと思ったよ」


 過去の話にショックなど受けないと思っていたのだがこの有り様だ。どこかで聞こえるカラスの鳴き声が虚しさを増幅させる。

 こんな気持ちになるなら知らなければよかった……コウキの野郎……。


「あーやっぱり落ち込んでる。だから今まで言わなかったのにー…。ほら元気出して!そうならないように僕が色々教えてあげるって言ったでしょ?大丈夫だよ。エっ君のことを本当に思ってくれる人はどこかに絶対いるから」


「ありがとな……俺は大丈夫だ。明日には復活してるよ。でも今日はもう帰って寝るわ」


 今の俺には過剰な励ましもありがたく思える。なんとか持ち直した俺は口角を無理に上げながらそそくさと家に帰った。その後音速で夕食と入浴を済ませて眠りについたのは言うまでもない。




「ごめんね……でもエっ君のことを本当に思ってる人は一人で十分なんだよね」

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