第81話
「あ!もしかしてこれが台本?」
マコトはテーブルの上に置いてある台本を見つけて手にとった。「当日の楽しみ」と言ったが、嬉しそうに台本をめくる姿を見ているとマコトも一緒に参加しているようで俺も少し嬉しかった。
「へぇーロミオとジュリエットやるんだね」
「知ってるのか?」
「うん。何回か読んだこともあるよ。せつないお話だよね」
サユリたちがロミオとジュリエットをやるにあたって俺もストーリに目を通した。結末を知っている人からすれば悲劇かもしれない。恋した二人が報われないのであれば、恋しなければよかったと思う人もいるだろう。でも俺は二人の恋していた時間が無駄だったとは思わない。悲劇と呼ばれていても、幸せな時間は確かにあったと思う。
「もしかしてサユリちゃんがジュリエット?」
「一応そうよ。あんまり自信はないけどね」
「サユリちゃんならぴったりだよ!いいなぁ、ロミオ役の人が羨ましいなぁ。あ、でもエっ君はクラス違うから残念だったね」
「うるせぇ。同じクラスだったとしてもロミオ役なんて俺には無理だよ」
「柄じゃないもんね。エっ君は後ろの木の役とかやってそうだもん」
「どうせ俺には木の役がお似合いですよ。ていうか木の役なんて実際は必要ないと思うけどな。ちなみにロミオ役はコウキだよ」
「コウ君がロミオなんだ。サユリちゃんとコウ君……うん、二人ともお似合いだよ!エっ君よりしっくりくる」
「一言余計だ」と頭にチョップを入れると、「冗談だよー」と頭をさすりながらマコトは笑っていた。マコトが俺を小馬鹿にして、俺がそれにツッコむ、場所は違うのにいつもの俺の部屋のように感じた。
「あのさ、どうしてマコトはここがわかったの?」
だからサユリが聞くまでマコトがいきなり現れたことをすっかり忘れていた。
「そういやそうだよ。なんでここがわかったんだ?」
「たまたまだよ。すぐそこの道を歩いてたら二人が見えたからなにしてるのかなーって思って」
「マコトも学校から帰る途中だよな?わざわざこの近くを通ったのか?」
俺たちの家に近いこの公園は帰り道の途中にあるのだが、寄る為には少し回り道をしなければならない。普通に帰っていたなら気づかないはずだ。
「うん。たまには違う道から帰ろうと思ってね。まあなんだっていいじゃん」
そういうこともあるのかもしれない、ここにいるのが俺とマコトの二人だけだったらそれだけで話は終わっていただろう。だがこの場にはサユリもいる。
「この近くなんてこの公園に来るためじゃないと通らないわよ。マコト、あんたなにか隠してない?」
俺が気に留めないこともサユリからすれば不自然に感じたのだろう。サユリの言葉を聞いて再び俺も疑問に思った。
「マコト、どうなんだ?」
「……はぁー。もう少し秘密にしておきたかったんだけどなぁ。しょうがないから教えてあげる」
そう言ってマコトはカバンからスマホを取り出し、俺たちに画面が見えるように差し出した。そこに表示されていたのはなにやらマップの位置情報のようなものだった。
「これは?」
「見ての通りこれは位置情報だよ。この真ん中にある点が僕たちの今いる場所なんだ」
「それはわかるけど……どういうことだ?」
「実はこの点は僕のスマホじゃなくてエっ君のスマホの位置情報なんだ」
「「はあ?」」
「エヘへ、びっくりした?実は僕のスマホはGPSでエっ君がどこにいるのかすぐにわかるようになってるんだよね」
「いやいやそんなのいつ……」
俺は以前マコトが勝手に俺のスマホを触っていた時のことを思い出した。
「あの時か」
俺のスマホを使ってなにかをしていたのはわかっていたが、それがこのことだったとは。タネが明かされたところで全てを理解した。
位置情報を見て俺が公園にいることを知っていればわざわざこの近くを通ったのも納得できる。
「なんだよそういうことか。まったく……また勝手に俺のスマホをいじってたのかよ。そういうのは一声かけてからやれって言っただろ?」
「ごめんね。びっくりさせたかったんだ」
舌を出して軽く謝るマコトはあざといとわかっていても怒る気になれなかった。最早マコトが俺になにかしようにも今更感がいなめない。
「ちょっと待って。エツジはそれでいいの?一声かけてってそういう問題なの?」
俺は疑問が解けてスッキリしていたのだが、サユリはそうではなかった。
「そういう問題……って言うと?」
「位置情報を共有するのはいいの?ってことよ。一声かければオッケーなの?」
「えっと……特に問題ないと思うけど」
サユリが何に対して疑問を持っているのかすぐにはわからなかった。喋りながら頭の中で整理して理解はできたのだが、それでも特に問題とは思えなかった。
「問題あるわよ。仲がよくても位置情報の共有なんておかしいわよ。百歩譲って両者の了解があれば別だけど、内緒でやられてその反応は少し変よ?」
「そういうもんなのか?俺はなんとも思わなかったけど……」
「サユリちゃんの言うこともわかるよ?でも僕とエっ君の仲だから大丈夫だよ」
「だからその感覚がおかしいのよ」
サユリが言うには「俺とマコトだから」で済ませるのも限度があるようだ。当人同士が納得しているなら問題はないが、それが世間から少しずれていると認識していないのが心配のようだ。
俺もマコトも自覚は無かったが、同じくらい仲のよいサユリに言われると説得力があった。
「駄目っていう意味じゃないんだけど、感覚が麻痺してるのはよくないと思うわ。エツジもマコトもお互いなんでもありになってるみたいだし……私も長い付き合いだけど、緩すぎるのもどうかと思うわ」
「えーそうかな?そんなことないと思うけどなー。ねえ?エっ君?」
「うーん……よくわかんないけど、サユリが言うってことはそうなんだろうな。確かにこのままだとマコトはやりたい放題になるもんな」
冗談交じりに言ったものの、サユリの言っていることは核心をついているような気がしていた。
他から見た俺とマコトの関係性。マコトの言動で嫌な思いをしたことはなく、本気でおかしいと思ったこともない。だが俺以外の人からすれば特殊なのかもしれない。だからといって線引きするつもりはないが、自覚はしておくべきなのだろう。
「てことでサユリのありがたい忠告を早速実行しようかな。まずはこのGPSをオフにさせてもらうからな」
「えー!それくらいいいじゃん!さっきエっ君も許可したよね?」
「よくよく考えたら俺の自由がもっとなくなるだろ」
「エっ君に自由なんていらないよ」
「いるだろ!」
「「アハハ!」」
一瞬シリアスな空気にもなったが、すぐにいつもの緩い空気に戻った。結局マコトがごねて譲らないのでGPSはオンのままになった。
サユリの忠告を聞いたからといって、マコトに対する俺の甘さや緩さが変わることはおそらくないだろう。でもサユリの言葉が妙に頭に残るのは、俺にとって大事なことだと無意識に感じているからなのかもしれない。
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