第80話

「俺は一日中二人で回るのが難しいと思っただけで、約束自体を無しにしようとは思ってないんだけど」


「どういうこと?」


「六人で回ることになると思うけど、もしサユリが行きたいとことかやりたいことがあれば俺はそれを優先するってこと。基本俺はサユリに着いていくつもりだし、場合によっては少しの間抜けるのもありだな。だってまだイベントがないって決まったわけじゃないだろ?」


「……でも……多分後夜祭のことよ?」


「だとしても、俺はせっかくの約束を大事にしたい。サユリは商品目当てだったかもしれないけど、俺は誘われて結構嬉しかったんだよ」


 もしサユリの目当てが豪華賞品だけであれば俺の提案はお門違いだ。でもこの時はサユリがどう思っているかより、俺がどう思っているかを伝えるべきだと思った。


「夏休みに二人で映画観に行っただろ?あの時、すごい楽しかったんだ。六人でいる時のサユリとまた違う一面を見れたみたいで、新鮮で、いつもと違う楽しさで、こういうのもいいなって思ったんだ。だから文化祭もなんだかんだ言いながら俺は楽しみにしてたんだけど、サユリは?」


「わ、私もよ!いつもより距離が縮まって、全部が楽しかったわ。だから商品だけが目当てじゃないわ。そもそも豪華賞品っていうのは……エツジとの……とにかく私も楽しみだったわ」


 俺の空回りだったらどうしようかと思ったが、どうやらサユリも俺と同じことを思っていたようだ。きっかけはイベントの噂だったにしろ、俺と回ることを楽しみにしていてくれたようだ。人数が増えるのもいいが、たまには特定の人との時間も大切にしたい。それは他の人にも言えることだが、今回はサユリだ。


「だったらそうしよう。最初の約束と違うのは申し訳ないけど、その日はサユリを優先する。じゃないと約束した俺も納得できないし、楽しみにしてた分もやもやするからな。これでいいかな?」


「うん。大丈夫よ。むしろそこまで私のことを考えてくれてたなんて嬉しいわ。ありがと」


 そう言ってサユリは笑った。その笑顔は作られたものではなかった。

 俺が提案した理由は「楽しみにしてた」だけでなく、「先にした約束を優先する」というポリシーがあったからだ。

 本来ならばサユリ以外の人の誘いを断るべきだが、人が人なのでそれはできなかった。それを考慮したせめてもの譲歩のようなものだが、サユリが納得してくれればそれでいい。あとは当日俺が目一杯サユリを満足させてあげれば筋は通る。もちろんみんなが楽しんで、俺も楽しんで、サユリも楽しむのが大前提だ。

 俺がサユリに尽くす覚悟を決めていると、もじもじしたサユリが俺の名前を呼んでいた。


「どうした?」


「その……エツジさえよかったら……そのままダンスも一緒に踊らないかなって……もちろん他に踊る人がいたら無理にとは言わないけど……でもその日は私を優先するって言ってたし……私だけ相手がいないのも恥ずかしいから……」


「俺は最初からそのつもりだったけど」


「へ?」


「だってサユリが言ってたイベントが後夜祭かもって話だっただろ?さっきの話はあくまで後夜祭までの過ごし方のことで、後夜祭に関しては最初から一緒に参加するつもりだったんだけど、違った?」


「え、あ、そうだったのね。ならいいの。私ちょっと勘違いしてたみたいで、てっきりイベントに参加する約束は無くなったと思ってたから……」


 サユリはバタバタと取り乱していたが、この場合恥ずかしいのは俺だ。何も言わずサユリと踊るつもりだったのだから。

 二人して顔を赤くして目線を外していた。風にさらされて熱を冷ました後、改めてサユリと向き合った。


「約束って言ってもごちゃごちゃになっちゃったもんな」


「そ、そうね」


 サユリは何故か身構えているようだ。それをされると俺も今一度言い直さないといけなくなってくる。

 オホン、と咳を前に置いて息を吸う。頭の中で先程読んでいた台本をペラペラとめくってある言葉を見つけた。こんな時にしか使わないであろう、あのきざなセリフ。


「サユリ、僕と踊って下さいますか?」


 差し出した手を優しく取ってくれたサユリ。それはまるでかの舞踏会を思わせる。


「喜んで」


 今日読み合わせた中で一番感情がこもっていたセリフだった。

 曲もない、練習でもない、ましてや本番でもない。それなのに今にも踊りだしてしまいそう。途中から役に入ったのか、サユリの表情も艶っぽく、可愛いと思うのもおこがましいほど魅力的だった。間近で見つめ合うほどに惹かれていく。コウキには悪いが、もしも俺がロミオ役だったら……なんて思ってしまった。


「手なんか握ってなにやってるの?」


 一時の二人だけの世界を味わう間もなく、俺とサユリの間に見覚えのある亜麻色の髪の頭が現れた。


「「うわぁ!」」


 見覚えがあるからこそ驚いてしまった。何故ならそいつはそこにいるはずがないのだから。

 握っていた手を素早く話して、お互い一歩ずつ距離をとった。


「な、なんでマコトがここにいるんだよ?」


 俺の部屋ではない。それなのにマコトはいつもと同じようにいて当然のような顔をして立っている。


「質問してるのは僕なんだけど。こんなところで二人でなにやってるの?」


 先にマコトの質問に答えなければならない。それがわかる声のトーンだった。

 別に怒られているわけでもなく、ただ単純に聞かれているだけ。俺たちも隠したいわけではないが、たまたましんみりとしていたタイミングと重なったので変に慌ててしまっていた。息を落ち着かせてサユリの方をチラッと見た。サユリも俺を見て軽く頷いた。


「台本の読み合わせをしてたんだよ。文化祭でサユリたちのクラスは劇やるんだ。この公園は練習するにはちょうどいいだろ?」


「へぇーそうなんだ。それで練習してたんだ。確かにここはちょうどいいかもね。……ん?でもなんでエっ君が練習してるの?サユリちゃんとエっ君てクラス違ったよね?エっ君のクラスはコスプレ喫茶って言ってなかった?」


「そ、そうなんだけどね、エツジには私から無理言って練習に付き合ってもらってたの。ほら、エツジって教えるの上手だし、いろんな角度から意見言ってくれそうだし」


「俺も役について相談乗ってたから責任持って練習に付き合おうと思ってな」


「ふーん……そういうことね。だったら僕にも言ってくれればよかったのに。サユリちゃんのためだったらいくらでも練習付き合うよ。エっ君よりマシなアドバイスできるかもしれないし、なにより楽しそう!」


 マコトも演劇経験なんてないが俺よりは為になることを言いそうだ。


「そう言ってくれるのはありがたいけどせっかく当日来るんだからそれまで楽しみにしてたほうがいいだろ?」


 マコトは「むー…」と頬を膨らませていたが、サユリが「私もそう思って」と咄嗟に言ってくれたおかげで収まってくれた。

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