第78話

「エツジたちはコスプレ喫茶だっけ?面白そうだな。なんのコスプレするのか決まってんのか?」


「まだ決まってない」


「俺がロミオ役するんだから二人もそれ相応の格好してもらわないと割に合わねーな」


「いやお前の役とか関係ないだろ!一応俺もコスプレするけど目立たない衣装を選ぶつもりだ」


「なに?それは駄目だ!コウキみたいに派手な恰好してもらわないと俺が面白くないだろ!」


 こいつは俺まで馬鹿にする気満々だな。


「やだね。俺は無難な恰好でやり過ごすんだよ」


「おいエリカ。こんなこと言ってるけどいいのか?」


「大丈夫よ。エツジ君のコスプレは私が決めるから」


「「さっすがエリカ!」」


「おい聞いてないぞ!そんな横暴が許されるはずないだろ」


「許されるわ」


 ああ駄目だ。本日二度目のエリカ様だ。しかも今回は二人のしもべが「そうだそうだ」と同調している。


「もしそうなったらエリカのコスプレは俺が決めることになるぞ?派手派手なお姫様の格好になるかもしれないぞ?」


「それいいわね。私がお姫様でエツジ君が王子様。二人で校内を歩いたら目立って騒がれるわね」


 俺の安い反撃は見事にあしらわれた。リキヤは「いいじゃねーかそれ!」と豪快に笑い、コウキは「これで俺たちは仲間だな!」嫌な笑みを浮かべている。


「はぁー笑ったー。そういやエツジ、マコトは来るのか?」


「来るよ」


「てことは文化祭もいつものメンバーで回れるんだな」


 コウキの言葉を聞いてサユリとの約束が頭に浮かぶ。この話の流れがいかによくないかを瞬時に察知した。

 三人が話を弾ませる中で俺一人黙って頭を回したが、いくら考えてもいい方法は浮かんでこない。この状況で嘘をつくのは心が痛いし、仮についたところで不自然すぎてばれてしまう。


「エツジ君どうしたの?笑顔が引きつってるみたいだけど」


「え?ああ、何でもない。ところでコウキもリキヤも他の友達はいいのか?クラスの子とか部活の子とかに誘われてそうだけど」


「誘われたけど俺はもともとエツジたちと回るつもりだったし」


「俺もそうだ」


「そ、そっか。それならいいんだけど…。あとは時間が合えばだな…」


「逆に合わせやすいじゃね?誰かが当番の時はみんながそこに行けばいいじゃん。みんなで回れるし仕事してる姿見れるし、一石二鳥だな」


「うむ、俺は展示だからいつでも自由みたいなもんだ」


「私はエツジ君とクラスも委員会も同じだからずっと一緒に行動できるわ」


「そ、そうか。それなら大丈夫そうだな…」


 チェックメイト。サユリよ…すまない…俺はここまでだ…。

 約束がなくなったわけではないが、一度話し合う必要がありそうだ。近いうち台本の読み合わせがあるのでその時に相談しよう。

 それ以上文化祭の話を避けるために少しずつ話題を変えていった。

 話題の一つにコウキがこんな話を持ってきた。


「そういえばこの前”真鍋”と会ったぜ」


「まなべ?…って誰だっけ?」


「おいおいエツジが忘れるのはかわいそうだろ」


 はて?かわいそう?


「同じ小学校だった真鍋さんよね?」


 エリカの補足で思い出した。名前は真鍋まなべカホ。小学校までは同じだったが、地区によって中学校は別の学校になり、それ以降会ったことはなかった。


「たまたま帰りの電車で一緒になったんだよ。小学校以来だったから最初わかんなかったけど、向こうから声かけてきて俺も気づいたんだ」


 コウキの話によると真鍋は近くの高校に通っているようだ。普段は別の路線の電車を利用しているらしいが、その時は偶然この電車を使ったらしい。高校に通いだして半年以上経っても誰も会わなかったのはそれが理由だ。


「すぐに思い出せなかったのは悪かったけど、なんで俺が忘れるとかわいそうなんだ?」


 俺が思い出したタイミングでリキヤも頷いていた。リキヤもすぐには思い出せなかったのだろう。それなのにコウキは「エツジが」と言った。

 真鍋とは仲は良かったが、特別なにかあったわけでもない。


「本当に覚えてないのか?真鍋とは…ほら…色々あったんじゃねーの?」


「は?」


「ちょっとどういうこと?エツジ君」


「そうなのか?エツジ?」


 色々、と言われても俺にはなんのことなのかさっぱりわからない。


「なんもない…と思うけど…え?なんかあったっけ?」


「うーん……あんまり俺が言うのもなー…」


 コウキはあごに手を当てて渋っているが、そこまで言っておいて言わないという選択はリキヤとエリカが許さない。俺も思い出そうにも思い当たることが無く、このまま有耶無耶になるのも後味が悪い。


「俺も関係してるんだろ?教えてくれよ」


「エツジがそう言うなら…まあいっか。エツジ、お前真鍋に告白されただろ?噂を聞かないってことは上手くいかなかったのかもしれないけど、忘れるのはかわいそうじゃないか?」


「告白?俺が?真鍋に?」


 コウキが言った「色々」の内容がわかったところで記憶を探ってみるも、やはり思い当たることが無い。俺が告白されたことを覚えていないなんてことあるはずがないのだから。


「聞いたことないわよ!どういうこと?エツジ君!」


「いやいやないないないない!そんなことあるわけないだろ?コウキとリキヤには前にも言ったよな?『告白されたことなんて無い』って」


「言ってたけど、あれって少ないっていう意味じゃねーの?それか中学とか高校の話とか?俺は真鍋のこと知ってたからそう思ってたけど」


「エツジ君?コウキ君はこう言ってるけど?」


 エリカが恋愛話に興味があるのはわかったが気のせいか圧を感じる…。リキヤはニヤニヤしながら聞いてるし…。


「覚えてないとか忘れたとかじゃなくてマジで知らないって。真鍋はなにか言ってなかったか?」


「その話はしてない…っていうかできねーよ。上手くいかなかったと思ってたんだからよ。小学生の時一回だけ聞いたことあったけど『もういいの』ってはぐらかされたからそれっきり聞かないようにしてたんだ」


 俺の記憶にはないがコウキの話はどうも真実味がある。だとすれば話がどこかでねじ曲がっているのか誰かが勘違いしているのかもしれない。


「そもそもなんでコウキがそんな話知ってるんだ?」


「お前のこと知りたいって言うから相談に乗ってたんだよ。あの頃エツジと特に仲良かったのは俺だったからな。相談に乗ってる内にエツジのことが好きって知ったんだよ」


「そういうことか。…まあ好かれてたのは嬉しいけど、告白についてはなにかの間違いだと思うけどなー…」


「おかしいなー…。そうだ、たしかマコトも相談に乗ってたはず。エツジのことを一番知ってるのはマコトだと思って俺が勧めたんだよ。真鍋もその後マコトに相談するって言ってたし…。だからマコトも知ってるはずなんだけどな…」


「マコト……」


 マコトからそんな話は聞いたことないが、相談に乗っていたという話はわざわざ自分からしないだろう。ただマコトの名前が出た時、胸の奥でなにかが引っ掛かったような気がした。

 話の食い違いによって場は微妙な空気になってしまった。リキヤとエリカは内容を把握できていないので何も言わなくなった。


「よくわかんねーけど、真鍋のことであることないこと言うのも申し訳ないからこの話はなかったことでいいか?」


 空気に耐えかねたコウキがトーンを上げて話を終わらせる。コウキの印象が軽いと言われる理由でもあるが、こういう時は本当に助かる。

 全員が首を縦に振ったところでこの話は終わった。

 どこまでが本当かはわからないが、コウキが相談に乗ったというのは本当のようだ。ということは俺のことが好きだったというのも事実の可能性が高い。

 今さら知ったところで未練があるわけではないが、万が一俺が忘れていたり勘違いしていたりするのは申し訳ない。今度マコトにも聞いてみよう。

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