第77話
文化祭の準備も本格的になり始めた。カフェで出すメニューや各々の役割も決まり、これからますます忙しくなっていくだろう。
実行委員になってから学校でエリカと過ごす時間が増えた。中学の時にも勉強する為に二人で過ごしていた期間はあったが、あの頃以上に親密になれている。それだけでなく俺に対する反応が甘くなっている気もする。
今日も実行委員の会議やクラスの出し物の打ち合わせで遅くなった俺とエリカは一緒に下校している。最近はサユリよりエリカと下校することが多い。
「ここにしましょう」
電車に乗り込んですぐ近くの空いている座席に座り込む。俺が窓側、エリカが通路側。対面座席になっていて向かい側には誰も座っていない。
電車は時間調整の為まだ停車している。
「疲れたわ」
座るや否やエリカが俺の肩に体重を預けてきた。
「おいおい、だらけるなんてエリカらしくないな。そんな姿他の人に見られたらどうするんだよ」
「どうもしないわ。それにエツジ君意外にこんな姿見せないわよ」
確かに俺は他の人が知らないエリカの一面を知っているが、だからといってくっつかれてドキドキしないわけではない。
前は俺だけ意識されていないのかと思っていたが、俺しか知らないと考えると謎の優越感もある。
「ねぇ、知ってるかしら?後夜祭の話」
「二日目の最後に行われるやつだろ?みんなで集まって踊ったりしてわいわい騒ぐって言ってたな」
「後夜祭の一番最後に告白イベントがあるらしいわよ」
「チラッと聞いたことあるな。たしか本来は自由時間のはずだけど生徒たちが自主的に始めて、今じゃ毎年恒例になったっていうイベントだよな?」
「そうよ。その前にあるダンスの時間でいい雰囲気になった男女のペアがそのままの流れで告白するらしいわ。そこで成立したカップルはその先もずっと結ばれるっていう話よ」
「へーそんな話あるんだな。もしその後別れることになったら気まずいけど…でも面白いな、そういう話」
以前サユリが言っていたカップルイベントとはこれのことか?聞いてた話とは違うけど近いような気もする…。だとしたら話も変わってくるよな…。今度確認してみるか。
「エリカはそういう話興味なさそうだけど、意外とあるんだな」
「仮装の時もだけれどエツジ君は私をなんだと思ってるの?私だって年頃の女の子なんだから興味はあるわよ」
むすっとしたエリカに脇腹をつかれてビクンと反応してしまう。エリカはその様子を見て「エツジ君ここ弱いわよね」とクスクス笑っていた。
「今日クラスの子と話してて『真弓さんは二宮君と踊るの?』って聞かれたわ」
「ふーん……え?俺?!」
エリカがあまりに自然に言うものだから一瞬スルーしてしまった。話の流れを汲み取れば動揺してもおかしくないのだが、エリカは平然としている。先程から俺ばかりが忙しい。
「フフ…私たち最近よく一緒にいるからそう思ったみたいね」
「実行委員だからな。…それでなんて答えたんだよ?」
「エツジ君はなんて答えてほしい?」
ああ駄目だ。完全にエリカ様だ。
「そもそも俺とエリカは実行委員だから準備する側だろ」
「そうだけど参加できないわけじゃないでしょ?ほら誤魔化さないで」
俺が先に聞いたのでどちらかと言うと誤魔化しているのはエリカなのだが、エリカ様に通じるわけがない。
じりじりと身を寄せるエリカに窓際いっぱいまで追いつめらていた時、「セーフ!」「間に合ったー!」という声と共に二人の男が駆け込んできた。ほぼ同時にプシューと扉が閉まって電車が動き始める。
「あ、コウキとリキヤだ」
顔を見ずとも声と背丈とオーラのようなものですぐに二人が誰だかわかった。
「あれ?エツジとエリカじゃん!ラッキー!ここ座ろうぜ!」
俺たちは扉に近い座席に座っていたので、コウキとリキヤもすぐに俺たちに気づいて空いている向かいの席に座った。顔を扇いで息を整えているところから、部活終わりの最短の電車に間に合うように走ったと推測できる。
「エリカとはたまに帰りが同じになる時あるけどエツジが一緒って珍しいな。あ、そっか、文化祭実行委員か。なるほどな。そろそろ忙しくなるもんな。俺もやらなきゃなー」
コウキは水分を補給しながら一人で喋って一人で完結していた。
「うむ、コウキともそこで偶然一緒になったがエツジたちとも同じとはな。どうやらタイミングがよかったみたいだな。……ところでなんでエリカはそんなに怖い顔してるんだ?もしかしてエツジがなにかしたのか?」
隣にいる俺にはなんのことなのかわからなかったので、横目でエリカの顔を確認する。一瞬だけ怖い顔のように思えたが瞬きしたら笑顔になっていたのでただの見間違いか。
「怖い顔なんてしてないわ。それにしても本っ当にタイミングがわる…よかったわね…。エツジ君と二人で楽しく話していたけれど、あなたたちのおかげでもっと賑やかになりそうね…」
エリカは笑っているのに何故か空気がひんやりしていた。よくわからないが俺たち三人は笑って誤魔化すしかできなかった。
一駅分走ってようやく空気が元通りになり、普通に話せるようになった。
「そういやコウキたちのクラスはロミオとジュリエットやるんだろ?しかもコウキはロミオでジュリエットはサユリだってな」
「げっ…もう知ってんのかよ。恥ずかしいから知られたくなかったのに…あわよくば当日もバレないうちに終わらせたかったのに…頼む!お前らは観ないでくれー!」
「ガハハハッ!そんな面白いの観に行かないわけないだろ!絶対に最前列で観てやるよ」
「コウキ君とサユリが主役で秘密にできると思ったの?甘いわよ。私たちも時間作って観に行くわ。ねぇ?エツジ君」
「当たり前だろ」
サユリが劇に出演している間は約束を気にしなくていい。俺も二人が主演の劇を見逃すわけにはいかない。コウキは「やめてくれー!」と頼んでいたが、いじられる姿が面白かったのでしばらくからかってやった。特にリキヤは楽しそうでカメラを回すと意気込んでいた。
「あーもう!観たりゃ勝手に観やがれ!その代わり絶対に笑うなよ!」
「笑わないって」「笑わないわよ」「笑うわけねーだろ」
嘘だ。馬鹿にしているわけではないがおそらく笑ってしまう。コウキとサユリなので普通に真剣に観てしまうかもしれないが、仲がいい人が演じている姿はどうしてもニヤニヤしてしまいそうだ。
リキヤだけはすでに笑いをこらえているので馬鹿にする気満々だろう。
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