幼馴染がカースト上位に君臨している

第76話

　お手洗いから部屋に戻ると、そいつは堂々と俺のスマホを覗いていた。

「……マコト、それ俺のスマホじゃない？」

「うん。そうだよ」

　悪びれる様子もなく、画面から目を離さずに操作を続けている。手を止めないマコトから「だからなに？」という心の声が聞こえてくる。

「……返してもらってもいいかな？」

「えー…もうちょっとだけ」

「というか、あんまり人のスマホを勝手に見るのはよくないと思うが」

「前にエっ君見てもいいって言ったじゃん」

「言ったけど……できれば声をかけてくれるとありがたいんだが」

「もしかして見られたらまずいものでもあるの？」

「ない…はず…」

　やましいこともやらしいこともない。検索履歴も消した…はず。多分…問題ない…。

「だったらいいよね。僕とエっ君の仲だし」

　マコトは時々俺のスマホでゲームをやりたがるのでパスコードを教えている。その延長で俺のスマホの中身を気まぐれで閲覧するようになった。個人情報のこともあるが、マコトなら信用できるので一応許可しているのだが、急に見られると何もないのに焦ってしまう。

「だいたい俺のスマホなんか見ても面白くないだろ？」

「そんなことないよ。コウ君たちと行ったあの商店街ってどんな感じだったのかなーとか、写真があれば雰囲気だけでも伝わるかもしれないでしょ？」

「うっ……それを言われると……」

　マコトは「あー僕も行きたかったなー」と皮肉を含ませるように呟いた。当然俺にも聞こえるように。余程マコトも行きたかったようだ。

　事前にコウキたちと遊びに行くと伝えた時、「僕も行く！」と言って着いて来ようとしていた。冗談ではなく割と本気で来ようとしていたので俺は必死になってマコトを止めた。ごねるマコトを説得するのは骨が折れたが、なんとか納得してもらえた。そのつけが今返ってきた。

「あの面子でマコトが行くのも変だろ？」

　マコトが「むぅー…」と頬を膨らませるのは珍しくないが、その都度ご機嫌を取らなければならない。

「今度一緒に行こうぜ。俺もちょっとは案内できるようになったから任せろ」

「行くのは当たり前だから。それ以外になにかないの？」

　どうやらマコトの中では行くことは決定事項のようで、他にお詫びを求めている。長い間マコトと一緒に過ごすと麻痺してしまうようで、これが理不尽だという感覚が薄れている。

　「なにかないの？」に対して考えてみるもののすぐには浮かばなかった。

「マコトは行きたいところとか、やりたいこととかないの？もしあればできる範囲で聞くけど」

「言ったね？なんでもいいんだね？」

「できる範囲って言ってるだろ」

「どうしよっかなー。考えとくね」

「じゃあそういうことでそろそろ返してもらおうかな」

　マコトの手からスマホを取り返そうとしたらかわされた。「もう少しだけ」と俺のスマホを操作してなにかしている。

「これがその時の写真？」

　マコトはある写真が表示されているスマホを俺の顔の前に突き出した。その写真はコウキたちと遊びに行った時に撮ったものだ。俺、コウキ、トウコ、アヤネちゃんの四人が写っている何の変哲もない自撮りの写真。

「そうそう。記念にってことで撮ったんだ」

「エっ君が写真に写るなんて珍しいね」

「まあな。でも最近はできるだけ写るようにしてるんだ。表情の作り方とかよくわからないけどな」

　写真に写っている俺の表情は硬くてぎこちない。

「ふーん……でもさ、エっ君とこの女の子ちょっと近くない？」

　そう言ってマコトが写真を拡大する。そこに写っていたのは俺とトウコだった。

　撮る前は俺とトウコの間隔は大きかったのだが、トウコから「もうちょっと近く寄って」と言われてあの位置になった。自撮りだと画角に限りがあり、撮り方にもバランスやセンスがある。俺よりもトウコの方が詳しいので、俺はただ言うことを聞いただけだ。

「そうなのか？自撮りなんてしたことないからよくわかんなくて、言われた通りにしただけなんだけど」

　マコトも今時の女子高生なのでその辺りに詳しいはず。指摘するということは寄り過ぎたのかもしれない。

「確かにある程度まとまらないと撮りにくいけど、あんまり近過ぎると嫌がってるかもしれないよ？」

「マジで？そんなこと思うような子じゃないと思うけど……」

「エっ君を嫌ってるってわけじゃないよ。でも普通の女の子だったら彼氏でもない男の子にくっつかれるのは嫌でしょ？僕たちみたいに付き合いが長かったら別だけどね。何とも思わない女の子もたまにいるけど、それはそれでどうかと思うなぁ」

　マコトの教えは疎い俺でも簡単に理解できた。個人の感覚なので言い切ることはできないが、もしかするとトウコも近過ぎると思っていたかもしれない。

「ちょっと気になっただけだからそんなに落ち込まないでよ」

「いや…マコトの言う通りだ…俺はなにも考えてなかった…」

　今後も写真を撮ることなんて沢山あるだろう。避けることもできるが、それでは今までと何も変わらない。

「どうしよ…自撮りどころか写真もあんまり撮らないようにしてきたから距離感もポーズも表情もなんもわかんねぇ…」

「慣れてくしかないよ」

「慣れるって言っても…どうしたらいい？」

　この聞き方は助けてくださいと言っているようなものだ。マコトもわかっているので「しょうがないなー」と言いつつすぐに助けてくれる。

「僕が練習に付き合ってあげるよ。エっ君も僕とだったら安心でしょ？」

　俺の望む百点の回答をマコトはしてくれる。

　マコトとならば俺も気兼ねなく写ることができる。どれだけ近くてもお互い嫌がるわけがない。マコトは「手始めに」と、顔を寄せて俺のスマホを構えた。俺とマコトの距離は先程指摘したトウコとの距離より近かった。お互いの息を感じるほど顔を寄せ合ってパシャリ。

「アハハ！エっ君顔が怖いよぉ」

「しょうがないだろ。一回で慣れたら苦労しない」

「そうだね。あ、一応言っとくけど僕とエっ君だからこれだけ近いんだよ？他の人とだったら気をつけないと駄目だからね？」

「わかってる。さすがにマコト以外にこの距離は無理だろ」

「うん。よろしい」

　それから何枚か撮ってみたが俺の表情は硬いままだった。「笑顔だよ」と言われたので笑ってみたがどこか引きつっている。それを見てマコトは笑っていた。

「今日はもう終わりだ」

「そんなに拗ねないでよ。アルバムが僕との写真でいっぱいになるくらいまで撮ったらきっと自然に撮れるようになるよ」

「そんなにかよ！」

「アハハ！大丈夫。慣れるまで僕がずっと付き合ってあげるから……」

「ありがとな。ところで、さすがにそろそろ俺のスマホ返してほしいのだが」

「今日はこれくらいにしといてあげよう。……あ、ちょっと待って。最後に一個だけ」

　やり残したことがあるかのように、マコトは俺のスマホを操作していた。それほど時間はかからず、今度こそ俺の下にスマホは返ってきた。

「最後何したんだ？」

「フフフ…秘密ー！」

　この時マコトがなにをしたのかはすぐに知ることになる。結論からして、それは俺にとってなんてことのない普段通りの出来事の一つだった。だから言われてもなんのことだかわからなかったんだ。

　俺の感覚が本当に麻痺しているなんて誰かに言われるまで思いもしなかった。