第75話

 人だかりは確かにできていて、俺とトウコは隙間を見つけて覗き込んだ。中心には男性二人と女性一人、それを囲むようにカメラやマイクを持った人たちが陣取っている。遭遇するのは初めてだが、テレビのロケ現場だとすぐにわかった。


「おいおいマジかよ」


 この商店街がテレビで紹介されているところはたまに見かけるので、撮影現場もそこまで珍しくない。俺が驚いたのはその光景ではなく、出演者が俺の好きな芸人だったからだ。


「やばっ!カフェオレビターじゃん!」


 カフェオレビターというのはその芸人のコンビ名だ。ただその名は俺の口ではなく、トウコの口から出た。


「え?トウコ、カフェオレビター知ってるのか?」


 トウコがカフェオレビターを知っていることに思わず驚いてしまった。

 カフェオレビターはテレビでの露出は少ないので全国的知名度はまだ低い。ライブや関西ローカルや深夜帯の番組等、一部のエリアや時間帯で活躍しているのでお笑いやバラエティー番組が好きな人には知られている。

 俺自身もマニアとまではいかないがお笑いが好きなので前々から注目していた。だがトウコが知っているとは……。


「当たり前じゃん!あたしけっこうファンだよ!うわーやばいやばいどうしよー!」


 ただ知っているというだけでなく、はしゃぐ姿から本当に好きなのだと伝わってくる。


「トウコが芸人好きだなんて意外だな。てっきりそういうのに興味ないと思ってたから」


「そんなことないよ。あたしお笑い好きだもん。カフェオレビターも単独ライブ観に行ったことあるよ。てかニノもカフェオレビター知ってるんだ?」


「もちろんだ。カフェオレビターと言えばあの独特なツッコミ。格闘技を取り入れた一撃必殺のツッコミは派手だしリアクションも面白くて最高だよな」


「そうそう!最近だとツッコミが強すぎて相方の骨が折れたんだよね!ロケしてるってことは治ったのかな?」


 トウコのテンションにつられて俺もテンションが上がってしまった。まさかこんなところでトウコと芸人について語ることが出来るとは思っていなかった。


「ねぇ?もしかしてニノもお笑い好きなの?」


「好きだな。特別詳しいわけじゃないけど、バラエティーとか芸人はよくチェックしてる」


「ホント?!」


 トウコのテンションは更に上がり、俺の両手を握って目を輝かせた。


「あたし仲いい人にお笑いについて語れる人いなかったんだよね!」


 そう言ってトウコは語り始めた。

 トウコは幼い頃からテレビっ子ということもあり、生粋のお笑い好きのようだ。大きくなるにつれテレビだけではなくライブも観に行くようになり、今でもお笑いが好きなのは変わっていないみたいだ。

 トウコはお洒落や流行に敏感な今時の女子高生だ。しかもその中でも意識が高い上級者だ。少なくとも俺にはそう見えるし、トウコ自身も自覚している。そんなトウコの周りには似たような人たちが多く、その輪の中でお笑いや芸人の話題で話が合う人はいないらしい。ただでさえ女子同士でお笑いの話などあまりしないのに、トウコのようなコアな話についてこれる人はあまりいないだろう。トウコの話を聞いていると男子でも少ないかもしれない。

 次第に友達の前でお笑いの話をしなくなり、お笑い好きという面も隠すようになったという。


「てな感じで普段は表に出さないようにしてるんだよね。あたしが熱く語るほど周りの子は冷めて引いちゃうから……」


「正直俺もトウコがお笑い好きなんて思ってなかったからな。でも隠す必要あるの?俺はいい趣味だと思うけどな」


「最初はみんなそう言うけど結局返ってくるのは愛想笑いだけだもん。あたしのイメージのせいかもしれないけど、いっつも微妙な空気になるの」


 コウキやリキヤは当然だが、俺の周りにいる女子も割とお笑いの話が通じる。特にマコトは同じレベルで話せるので、トウコのように語れる人を懇願したことはなかった。

 トウコを取り巻く環境について詳しくは知らないが、雰囲気だけで言うなら話が合わないというのも頷ける。芸能関連の話ならアイドルや俳優の話題の方が多そうだ。


「そっかーニノも好きなんだね。なんか嬉しいな。どうりで気が合うし話しやすいと思ってたんだよねー」


 俺もトウコと同じことを考えていた。何故初対面の時からトウコと波長が合うのか、ようやくわかった。お笑いが好きな人の話し方は芸人の影響を受けているので聞きやすく話しやすい。トウコとやり取りする時もテンポがよく、適度に緩急をつけているので話しやすかった。俺をいじる時も返しやすく、それでいて不快にならないやり方とワードチョイスだった。純粋にコミュニケーション能力が高いだけかもしれないが、トウコの話を聞いて納得した。


「あのさ、もしよかったら今後も話し相手になってほしいな。さっきも言ったけどあたしの周りに語り合える人いないから……」


「もちろん。俺もお笑いについて語るの好きだし、トウコと話すの楽しいからな」


「あたしはそんなに楽しくないけどね」


「おい!さっきまでの会話なんだったんだよ!」


「アハハ!うそうそ。ニノと話すの楽しいよ」


 その後、撮影していた団体は人だかりを連れて別の場所に移動していった。俺たちはその場所に残ってしばらく語っていた。「あの番組が好き」「あの芸人フーチューブ始めたよ」「今度ライブ行きたい」語り始めたら話題は尽きない。トウコの顔は生き生きとしている。いつもの余裕あるお姉さんのような雰囲気とまた違って、そこにいるのは純粋なお笑いファンだ。

 普段とのギャップを知ってしまったからか、今日はより魅力的に思えた。


「ふぅー……けっこう喋ったねー。ニノも相当お笑い好きなんだね」


「トウコこそ凄いマニアックなところまで知ってんだな……ん?あれ?なんか忘れて……あ!コウキとアヤネちゃんのことすっかり忘れてた!」


「あー!そうだった!」


 時間を確認するとすでに三十分もすぎている。トウコと顔を見合わせて無言で頷く。


「「急げー!」」


 すでに遅刻は確定だが俺たちは走った。

 合流場所には腕を組んだコウキと優しく笑うアヤネちゃんがいた。

 ここは気の合うトウコと協力して言い訳で乗り切ろうとした矢先、トウコが真っ先に遅れた理由を説明する。


「実はテレビの撮影しててニノがどうしてもって言うから見物してたんだよね。私は早く行こうって言ったんだけど強引に引っ張られて」


 さすがはトウコ。お決まりの如く俺を身代わりに差し出した。

 俺の渾身の「なんでやねん!」はアーケードを突き抜けるように響き渡った。

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