第73話
「いやー久しぶりに感じますなー。誰かさんのせいで」
「いや本当に申し訳ない…」
「トウコちゃん、あんまり言うと可哀そうだよ。二宮君も予定合わせようと頑張ってくれたんだから」
「うぅ…佐々木さん…ありがとう…」
「アヤネは優しすぎるよ。こいつは単に忘れてただけなんじゃないの?ねぇ?コウキ君」
「アハハッ。たしかにエツジはそういうところあるからなー」
「コウキは俺と同罪だろ!」と俺の叫びがこだましたのは地元から少し遠いところにある有名な商店街。この商店街では流行りのスイーツや飲み物等、最新のグルメが集まっていて、それ目的で遠方からでも多くの人が足を運ぶ。今日集まったメンバー全員が甘いもの好きということで、この場所での食べ歩きを提案したところ満場一致で決定した。
「さてさて、揃ったところで行きますか」
トウコが率いる形で目的地に向かう。提案した身として事前にリサーチはしてきたが、トウコの方がこの場所に詳しかった。すでに今日回る店も目星はつけているようで、ありがたくトウコの後ろに続いた。
りんご飴のようにフルーツを薄い飴でコーティングしたフルーツ飴専門店、インスタ映えしそうなアイスクリーム、クリームをふんだんに使用した上品なケーキ、王道のクレープ、トウコの案内で回ったお店はどれもテレビで観たことあるような話題の品ばかりだった。見た目が重要視される昨今のスイーツの味はどれほどのものなのかと思っていたが、食べてみるとどれもこれも美味しかった。
「いやー食べたねー!」
「美味かったー!」
トウコとコウキが二人並んで気持ちよさそうに伸びをしている。その姿を後ろから眺めながら二人に聞こえないように「食べすぎだろ…」と呟く。
トウコもコウキも整ったスタイルをしているが、その見た目に反して二人とも大食いだった。男であり運動もしているコウキが食べる量を気にしないのはわかる。トウコがあれほど食べるのが意外だった。女子、それもトウコのような見た目に気を遣っている人はもっとカロリーとか気にするもんじゃないのか?
「フフフ…確かにね」
隣の佐々木さんには聞かれていたようだ。
「トウコはいつもあれぐらい食べてるの?」
「うーん…どうだろ?普段から食べることが好きって言ってるけど…。本人曰く『食べても太りにくい体質』なんだって」
「へぇー…羨ましいな」
「トウコちゃんはそう言ってるけど、努力してる部分も大きいと思う。毎日ランニングとかもしてるらしいし…じゃなきゃあのスタイルは維持できないよ」
前を歩くトウコを見てみると、胸とお尻の間には綺麗なくびれがあり、その下はスラッと細い足が伸びている。確かに努力なしでこの体型は不可能だ。
見た目は派手な恰好をしているトウコだが、その裏で細かい自己管理をしているのだろう。そう思うと、それを感じさせないトウコの人柄にも魅力を感じる。
「意外と努力家なんだな」
「うん…トウコちゃんは凄いんだよ。しかも綺麗で可愛いだけじゃなくて優しいの。こんな私にも親切にしてくれて…トウコちゃんのおかげで毎日学校が楽しいの」
佐々木さんも前を歩くトウコを見ていた。その眼差しは憧れている人や尊敬している人に向けるものだった。
「私、トウコちゃんみたいになりたいんだ…。体型だけじゃなくて、性格も…。トウコちゃんは私の憧れなんだ」
何を思っているのか、俺が聞く前に佐々木さんは語り出す。
「高校に入って初めてできた友達がトウコちゃんなんだ。私、暗くて人見知りだから中々友達が出来なくて…。高校に入る前に自分を変えようと頑張ったけど、いざ入ってみたら自信が無くなって…。そんな時に話しかけてくれたのがトウコちゃんなんだ。そこからガラッと世界が変わったの」
佐々木さんの表情を見ていたら、どれだけトウコの存在が大きいのか伝わってくる。
合コンの時もトウコの話題になると嬉しそうに話していたので仲が良いとは思っていたが、佐々木さんにとっては憧れの人物のようだ。
「トウコちゃん派手だから正直最初は怖かったんだけど、話してみると全然そんなことなくて、優しい人だってすぐにわかったの。トウコちゃんと話すようになってから私も少しずつ明るくなって、いつの間にか友達も増えて、ユイちゃんやチホちゃんとも仲良くなれて」
佐々木さんの邪魔をしないように相槌を打ちながら話を聞き続ける。
「トウコちゃんたちみたいなキラキラした人と一緒にいると自信なくなる時もあるけど……ちょっとでも近づけるように私も頑張るって決めたの。前みたいに閉じこもるんじゃなくて、自分から変わろうって」
そう言った佐々木さんの眼はキラキラと輝いていた。
以前から大人しい雰囲気が俺に似ていると思っていたが、周りの人との差を感じるという境遇も似ていた。だが、同じようで決定的に違っている。
俺はその差を前に諦めたが、佐々木さんは近づくために努力をしたんだ。俺と違って前向きに捉えて、負の感情は一切ないんだ。
佐々木さんは「まだ全然だけどね」と笑った。
「なんかごめんね?熱く語っちゃった」
「佐々木さんの話が聞けてよかったよ。それにしても凄いね」
「そうなんだ。トウコちゃんは―――」
「違う違う。俺が凄いって言ったのは佐々木さんのことだよ」
「私?」
「うん。実は俺も似たようなことで悩んでた時期があってさ。コウキ見たらわかると思うけど、俺の周りにもかっこいい人や可愛い子がいて、その人たちと一緒にいると自分に自信が持てなくてね…。その時の俺は諦めたんだ。一緒にいなければ楽になるって。でも佐々木さんは変わろうと努力してるって聞いて凄いなーって」
「そうなの?二宮君はそういうの気にしないと思ってた。二宮君は派手な感じじゃないけど、どちらかと言うと大人っぽいから」
「今はもう気にしてないけどね。ちょっと前まではガッツリ気にしてたよ。大人っぽいっていうのも暗いだけだし」
この話題を笑って話せているというのは俺が成長しているということ。まだ完全に劣等感が消えたわけではないけど、ちょっとずつ前を向けているようだ。
今の俺なら佐々木さんの「そんなことないよ」という言葉も素直に受け取れる。
「二宮君はもっと自信持っても大丈夫だよ」
「そう言う佐々木さんも俺からしたらキラキラしてるけどね」
お互いが褒め合って謙遜している。そんな状況がなんだかおかしくて笑い合った。
「やっぱり私と二宮君似てるね。実は初めて会った時から雰囲気が似てるなーって思ってたけど、境遇まで似てたんだね。話してみたら喋りやすいし、一緒にいるとなんだか落ち着く」
俺が佐々木さんを気にかけているのは過去の自分と重ねていたからかもしれない。重ねると言っても佐々木さんが他の人と比べて劣っているわけではなく、俺と違って前向きに考えているので失礼だと思うが、それでも応援したいと思うのは俺自身を応援しているのと同じだからだろう。
「そうだね。だからこそ俺は佐々木さんの気持ちもわかる。もし何かあったらいつでも話聞くよ。トウコやコウキに相談しづらいことも俺なら話せるかもしれないでしょ?そうじゃなくても、たまには俺みたいな地味なやつがいるのも知っとかないと疲れちゃうでしょ?」
「もー…二宮君はそうじゃないのに…。でもありがと。なんか楽になったよ。二宮君がそう言ってくれるなら遠慮なく話聞いてもらおっかな」
いつの間にか前を歩く二人と距離が開いていた。これ以上離れないよう歩くスピードを速めて距離を縮めようとした時、佐々木さんが俺の手を掴んだ。
「あ、あのさ…早速だけど相談があって…」
「どうしたの?」
「二宮君てトウコちゃんのこと『トウコ』って呼ぶでしょ?なのに私は『佐々木さん』のままだから……。せっかく仲良くなれたから私も『アヤネ』って呼んでほしいな」
人の呼び名というのは距離感とその人の雰囲気によって変わってくる。トウコと佐々木さんに距離感の大差はないが、雰囲気によって『佐々木さん』と呼んでいたし、その方が呼びやすかった。
俺自身呼び慣れていても、本人に直接言われたら変えるべきだろうか。
「佐々木さんそれでいいならそうするけど」
「じゃあそれで決まりね」
「わかった。とりあえず『アヤネちゃん』で。俺のことも好きな呼び方でいいよ」
「じゃ、じゃあ…『エツジ君』で」
先程同様、呼び名というのは距離感とその人の雰囲気によって変わってくる。トウコの場合、その雰囲気から呼び名を意識することはなかった。佐々木さんの場合、『アヤネちゃん』に変わっただけなのに、急に近くなった気がする。
苗字、名前、呼び捨て、さん付け、君付け、ちゃん付け、あだ名。単純な区別だけで距離感が決まるわけではなく、人によっては少しの変化でも感じ方が変わる。
この考え方に共感してくれる人は少ないかもしれないが、たった今俺はこれだけで距離が縮まったと思う。
回りくどくなったが、要は不意にドキッとしただけだ。
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