第72話
食事を終えてもしばらくその場に留まった。昼休みが終わるまでまだ時間はあるし、もう少しこの空間で良い気分に浸っていたかった。
「そういえばサユリたちのクラス劇やるんだって?」
「よく知ってるわね。そうよ。私たちは劇に決まったわ」
昨日の実行委員の打ち合わせで各クラスの出し物は大体把握した。特にサユリたちやリキヤのクラスのはよく覚えている。サユリたちが劇でリキヤが展示だった。
「演目は?」
「……」
「まだ決まってないのか。結構重要だもんな」
「…一応決まってるわ。ロミオとジュリエットよ」
「おぉーあのシェイクスピアの有名なやつだ。あんまり内容はしらないけど確か恋愛悲劇だったよな?」
「そうよ」と力なく返事をするサユリ。元気がないというか、呆れているというか。
「ロミオとジュリエットねー…。役はもう決まってるのか?」
「……まだよ」
「そっか。でもやっぱサユリはヒロインだろ」
「な、なんでそうなるのよ!」
サユリの声が中庭に響いた。離れたところに数人の生徒がいて、首を捻って俺たちの方を見ていた。
「落ち着けって。サユリにはぴったりだなって思っただけだ」
「エツジまでそんなこと言うの?」
「エツジまで」ということは他の人にも同じようなことを言われたのだろう。サユリ自身ヒロインはやりたくはないみたいだ。
「別に嫌だったらやらなきゃいいだけだろ?」
「そうなんだけど……」
もごもごしている様子を見ていたら、サユリが何に悩んでいるかがすぐにわかった。
「もしかしてクラスの人にお願いされたのか?」
「何も言ってないのによくわかったわね」と驚きながらサユリが詳しく話し出す。
「実はクラスのみんなからジュリエット役をやってほしいってお願いされてるの。私としては自信ないし、別にやりたくもないから断ったんだけど…。中々諦めてもらえなくて…段々断りづらくなってきて…」
正直クラスの人の気持ちもわかる。俺もヒロインと聞いて真っ先に浮かんだのはサユリだ。比べるのも申し訳ないがサユリは圧倒的に華がある。それだけでも演劇の完成度は変わってくるほどキャストは重要だ。他の人からしてもサユリという誰からも認められている人物がいるのに、それを差し置いて立候補するのもやりづらいだろう。余程やりたければ別の話だが。
話を聞いていると、おそらく演劇に決まった理由もサユリたちを中心として考えられたからだろう。
「ちなみにロミオ役は決まってるのか?」
「まだ正式に決まったわけじゃないけどコウキになりそう。コウキも最初は嫌がってたけど、みんなからお願いされて結局引き受けてたわ」
やはりな…。サユリとコウキ、この二人がいたらそうなるのも自然の流れか…。二人が主演となれば話題にもなる…。
「コウキが相手だったらやりやすいと思うけどな」
「嫌よ。コウキが相手なんて余計やりたくないわ」
相変わらずコウキには厳しいようだ。
「……エツジが相手だったらな…」
「どうした?」
「な、何でもないわよ!とにかく、いろんな人に言われてるの」
適任というのは納得できるが、第一に優先されるべきなのは本人の意思だ。困っているサユリを見ていると違うクラスなのがもどかしくなる。
俺が同じクラスだったらもっと力になってあげれるのに…。
「それは断りづらいな…。でも中途半端に引き受けるぐらいならはっきり断った方がいいと思う。引き受けてできませんでしたっていうのも無責任だからな」
サユリなら引き受けても最後までやり遂げると思うが。
「そうよね…」
「もし言いづらかったら俺からコウキに言っとこうか?あいつなら上手くクラスの舵をとれるだろ?」
「ううん…大丈夫よ。エツジに聞いてもらって勇気が出てきたわ。私、ちゃんと断るわ」
先程まで曇っていたサユリの顔がすっきりしていた。俺にはこれくらいしかしてあげられないが、もう大丈夫のようだ。
「でもサユリのジュリエットも見てみたかったなー」
気が緩んだところでわざとらしく残念そうに呟いてみる。サユリの顔も晴れたので少し意地悪をしたくなった。軽い冗談のようなものなのでサユリも真に受けはしないはず。
「へ?」
「衣装とかちゃんと用意するんだろ?絶対似合うじゃん。滅多に見れるもんじゃないし」
「そ、そうかな…」
あれ…軽く流すと思ってたのに…。
「あぁ、悪い。断るって決めてから俺がこんなこと言うのは駄目だよな。ただ友達としてはサユリとコウキの主演が見てみたかったなと思って。もしそうなってたら最前列で観てただろうな」
「ふーん…」と何やら俯いて考えている。せっかく断ると決意したのに申し訳ない。これでは俺もクラスの人と同じだ。
「俺の言ったことは気にしなくて―――」
「私やっぱやるわ」
急な手のひら返しに思わず「え?!」と漏れてしまった。
「いやいや俺の言葉を気にしてるんだったらやめとけよ?気にしなくていいから。嘘じゃないけど半分冗談みたいなもんだから」
「そういうわけじゃないわ。せっかくの文化祭でヒロインをやる機会はもうないかもしれないって思ったら急にやりたくなったの」
あれだけ悩んでいたのに決める時はあっさりしているものだ。
「ならいいけど…本当にいいのか?」
「うん。その代わりエツジにお願いがあるの」
「お願い?」
いつの間にかサユリは生き生きとしている。この流れだとまた無茶を言わないか心配だ。
「私の練習に付き合ってほしいの」
「俺が?」
「そうよ。台本の読み合わせとか演技の練習とか」
「それはコウキとやるもんだろ?」
エリカもそうだったが、何でもかんでも俺に頼りすぎではないか?
「コウキともやるけど…私はエツジとやりたいの…。コウキは演技とか駄目そうだし、エツジは教えるの上手でしょ?それにコウキは忙しそうだもん」
こいつは俺が演技できるとでも思っているのか?というか他のクラスの人に台本とか見せていいのか?
「俺も実行委員で忙しいし、自分のクラスの出し物もあるからなー…」
「できる時でいいから…お願い!無理ならやっぱり断るわ…」
他のクラスの事情を俺次第で決めるのはおかしくない?
「…それとも…私と練習するのが嫌?」
そんな顔されたら…ずるいだろ…。
「わかったよ!可能な限り付き合うよ!」
半ばやけくそに返事をした。先程偉そうに「はっきり断った方がいい」と言ったくせに、結局は俺も同じだった。俺の場合は嫌なわけではないが。
サユリやエリカの喜ぶ姿を見てしまうと、俺は今後断ることができないのではないかと思う。どんな無茶苦茶なお願いだとしても、受け入れてしまいそうなのが怖い。
「そろそろ時間だし戻るか。弁当ありがとな」
「どういたしまして!エツジもこれからよろしくね!」
最後に決断したのはサユリの意思だと思うが、俺の言葉にも影響を受けたのかもしれない。そう考えると練習に付き合うのも俺の責任だ。
俺が練習に付き合うことでサユリのヒロインが観れるのであれば安いもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます