第71話

 昼休みに中庭へ来るのは三度目だ。回数としては少ないが、エリカやサユリの会話が印象に残っている為すでに馴染みの場所のように感じる。

 今日の俺の昼ご飯は購買のパンなのだが、それが中庭に来ている理由ではない。


「こっちよ、エツジ」


 前回座っていたのと同じベンチで待っていたのはサユリだ。俺が中庭に来ている理由とは、サユリに呼び出されたからだ。

 最近ではほぼ毎日サユリと登下校しているのだが、その時の会話の中で昼ご飯についての話をしていたことがあった。


『あ、あのさ…エツジは…お弁当無い日ってこれからもあるの?』


『そうだなー…。頻繁にはないと思うけど、ちょいちょいあるんじゃないか?』


『ふーん…そっかー…。ならその日の前日、私に連絡してよ』


『…なんで?』


『なんだっていいでしょ!とにかく連絡しなさいよ』


『もしかして俺のお弁当でも作ってくれんのか?』


『ち、ちが…ちが…ない…けど…その…中庭で一緒に食べようと思ってたの!それだけ!パン買いに行くならちょうどいいでしょ?ということでよろしくね』


 歯切れの悪い返事と勢いでその時の会話は終わってしまった。もし中庭への誘いというなら前日に知らせる必要はないのだが…。

 少しの期待を抱きながらサユリの言う通り前日に連絡をして、今に至るというわけだ。ちなみに、エリカはここにはいない。二人きりがいいというサユリの希望でエリカにはバレないように中庭に来た。他の人には聞かれたくない相談でもあるのかもしれない。エリカは隣の席なので、俺が席を立つと「どこへ行くの?」とすぐに聞かれた。パンを買いに行くことを伝えたらそれ以上は聞かれなかったが、戻るのが遅くなるとまた聞かれるかもしれない。


「先にパン買ってきていいか?」


 ここで引き留めてくれると可能性があるんだけどな…。


「え、あ、うん…。じゃあここで待ってるわね」


 ないか…。もしかして、なんて思ってたけど…。

 心の底ではサユリが俺の為にお弁当を作ってくれるのではないかと期待していた。どうやら俺の勘違いだったようだ。ショックと恥ずかしさで一旦姿を隠したいと思い、早くこの場を立ち去ろうと背を向けて数歩歩いた時だった。


「待って!」


 自分でも驚くほどの速さで反射的に振り返る。サユリの手には箱を布で包んだようなものがある。中身はわからないが、その見た目は世間で言うお弁当と呼ばれるものだ。


「これ…エツジ今日お弁当無いって言ってたから作ってきたの…。よかったら食べない?無理にとは言わないよ?いらなかったら断っても全然大丈夫だから!私が勝手に作っただけだし…パンが食べたいとか―――」


「欲しい!」


 サユリが作ってくれた弁当をいらないと言う奴なんかこの世に存在しないだろう。もしいたとしても俺がぶっ飛ばすので実質いないだろう。こうして今日の俺のランチは購買のパンから最高のお弁当へとランクが上がった。

 自信無さげに渡されたお弁当の包みを広げ、蓋を開けてみれば彩り豊かで美味しそうなおかずが並んでいた。偶然なのかもしれないが俺の好きな食べ物が多く、前回食べ損ねた卵焼きも入っていた。


「あんまり期待しないでほしいんだけど…」


「いやいやめちゃくちゃ美味しそうじゃん!早速いただきます!」


 せっかくのサユリ手作りお弁当ということでもう少し眺めていたかったが、我慢できずに食べ始める。パクリ、パクリ、それぞれのおかずを順に口へ運び、一つ一つゆっくりと味わった。


「…どうかな?」


「美味しい!全部美味いよ」


「ホント?!」


 作ってくれたという厚意だけで不味いわけがないのだが、それを抜きにしても本当に美味しかった。サユリが料理上手ということは聞いていたが身をもって知ることができた。

 本当は味の感想を事細かに伝えるのが良いのかもしれないが、夢中になりすぎた俺は黙々と弁当を食べ続けていた。その状態に気づいたのはもうすぐ食べ終わるというところだった。


「あ、ごめん。食べるのに集中して黙っちゃってた」


「大丈夫よ。気にしないで」


「まじで美味しくてさ。ほら、本当に美味しいものって黙っちゃうって言うじゃん?」


「わかってるわよ。エツジが食事に夢中になると静かになるのも知ってるわ。だからそれを見て逆に安心したの。美味しくできてよかったなぁって」


 「よかったぁ」とホッとして笑うサユリを見て、体温が少し上がったような気がした。

 冷静に考えて俺は今、女の子がお弁当を作ってくれるという男子なら誰もが憧れるシチュエーションの真っ只中。もちろん俺とサユリの仲を考えると深読みするほどのことではないだろう。サユリのお弁当に対して「美味しそう」と言ったこともあったし、作って欲しいと呟いたこともあった。それを考慮すれば単なるサユリの優しさだ。それでも嬉しいのだが、やはり意識してしまう。自分の中で作ってくれたという厚意が嬉しくて、相手がサユリであっても特別に思ってしまっている。サユリだからなのかもしれないが。

 昂った気持ちを抑えるかのように残りのおかずを味わった。


「ごちそうさまでした。ありがとな。お世辞抜きで美味しかった」


「どういたしまして」


 あっという間に食べ終えた俺は満足感で満たされながら伸びをした。気分が良いからか風も温度も心地が良い。サユリも同じように伸びをしていて、俺以上に満足しているようだった。


「作ってくれたら嬉しいなーって思ってたけど、まさか本当に作ってくれるとはな」


「べ、別に…たまたま昨日の夜ご飯のおかずが残ってただけだから…エツジにあげたのは残り物みたいなものだし…」


「残り物ねー…」


 サユリが食べていたお弁当も俺にくれたお弁当も、中身は同じだった。だが、俺の弁当箱の方が大きく、盛り付けもしっかりしていた。もしこれが残り物というなら俺は一生残り物で構わない。


「エツジには日頃助けてもらってるし…彼氏役の時も、今度の文化祭も…だからそのお礼も兼ねて…」


 サユリなりの感謝の気持ちなのだろうか。あの程度のことで手作り弁当が報酬というのは釣り合ってなさそうで申し訳ない気もする。


「何でもいいよ。作ってくれたっていうのが嬉しいし。母さん以外でお弁当作ってもらったのなんて初めてだったからな」


「そうなの?マコトは作ったことあると思ってた」


「ないな。中学までは給食だったからお弁当の機会が少なかっただろ?高校に入ってからは別々になったし、サユリが初めてだな」


「そっか…私が初めてなんだ…エヘへッ」


 何やら一人笑っているサユリに理由を聞いても何も教えてくれなかった。


「またパンの日があったら…その…作ってあげてもいいわよ」


「いいのかよ?俺としては嬉しいけど大変じゃないか?」


「いらないなら別にいいわよ」


「欲しいです!サユリさんさえ良ければお願いしたいです!」


 サユリにこんなことを言われたらパンの日がもっと増えないかなと思ってしまうが、母親に伝えるのも恥ずかしいので何も言わず待つしかない。それに、時々だからこそありがたみがあるのだ。

 残り物であったり、日頃の感謝の気持ちであったり、手作りお弁当に深い意味はないのかもしれない。それでも、サユリが俺にお弁当を作ってくれるという事実だけでこれからも頑張っていける。

 お弁当の無い日が今から楽しみだ。


――――――――――――――――――――――――――


二章最後に五話追加してます。(それぞれの夏休み1~5)

そちらの方も読んで頂けるとありがたいです。

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