第70話

 窓を開ければ、涼しい風と共にグラウンドで部活に励む者たちの声が教室に入ってくる。昼間はまだ気温が高いが、夕方になった今は暑さは感じない。

 放課後、打ち合わせを終えた俺とエリカは教室に戻って打ち合わせの内容を軽くまとめていた。まとめると言っても大した作業ではなく、ちょっとした休憩のような時間だった。


「思ったよりすんなり決まったわね」


 結果から言うと俺たちのクラスの出し物は仮装喫茶に決定した。どうやら被りそうと危惧していたのは他のクラスも同じだったようで、皆が敬遠する形となった。仮装という案自体は他にもあったが、その部分が被ったところで全体でハロウィンのような演出になり、より盛り上がるということで問題は無かった。


「俺が変に考えすぎてたな。ま、結果オーライってやつだ」


 忙しくなるのはこれからだ。出し物が決定した今後は本格的に準備に取り掛かることになる。大まかなことはクラス全体で決めるのだが、細かい調整は俺たちの仕事。これから二人での作業が増えると思うと、実行委員のもう一人がエリカでよかったと思う。いや、そもそもエリカが俺を誘ったのだった。


「部活はいいのか?」


「大丈夫よ。今日はもう遅いし、今から行ってもあまり参加できないからやめておくわ。というわけで一緒に帰れるわよ」


「そっか。なんかエリカと帰るのは新鮮だな」


 今日は遅くなると思ってサユリには先に帰ってもらった。久しぶりに一人で帰ることになり寂しく思っていたが、エリカが一緒となるとその寂しさは消えていった。すっかり俺も人との関わりを大事に思うようになったと実感した。


「しっかし仮装ねー…。俺したことないんだよなー…。絶対似合わないだろうな」


「そうかしら?エツジ君なら似合うと思うわ」


「……今ミイラ男とか何かのキグルミを思い浮かべただろ」


「あら、よくわかったわね」


「どうせ俺には誰がやっても同じような仮装がお似合いですよー」


「フフッ…。冗談よ。エツジ君ならどんな格好でも似合うわよ。そうね…和装とかいいんじゃない?」


「俺が?……想像してみたけど微妙だな。俺よりもエリカの方が似合うだろ。それこそエリカなら何でも着こなしそうだしな」


 メイドに和服、巫女にナースにミニスカポリス、仮装といえば様々なものが思い浮かぶ。それらを脳内で勝手にエリカに着せてみると、着こなす姿が容易に想像できる。

 中には際どい仮装もあるけど、スレンダーなエリカはどれも似合うんだろうな……。


「……何想像してるのかしら?」


「へ?いや、別に何も…決してやらしいことは考えてないよ?」


「それ、考えてましたって言ってるようなものよ?」


 エリカの冷たい目線が突き刺さる。結局、男とは単純な生き物なのだ。俺は潔く謝っておいた。


「まったく…私がそんなやらしい恰好するわけないでしょ」


 「ですよね」と俺は落ちたイメージを回復にかかる。


「そもそもエリカは仮装なんてするタイプじゃないもんな」


 おそらく当日も裏方に回るのだろう。もったいない気もするが、本人がやりたくなければ強制するつもりもない。それはエリカだけでなく、他の人もそのつもりだ。


「あら、今回は私も参加するつもりよ?」


「あれ?意外だな。エリカはてっきり裏方に回ると思ってた」


「それもありだけれど、せっかくの文化祭で実行委員が仮装しないっていうのも盛り上がりに欠けるわ。それに、案外嫌いじゃないわよ?こういうイベント」


 俺にはエリカの知らない一面がまだあったようだ。知らなかったのか、あるいは変わっていったのか。どちらにせよ、エリカが参加するならクラスのみんなも喜ぶだろう。俺にとっても普段と違うエリカを見れる貴重な機会だ。


「言っとくけど、やらしい恰好はしないわよ」


 俺の邪な考えは表情にまで出ていたみたいだ。

 最近になって俺はわかりやすい奴なんだと自覚するようになった。エリカにも、サユリにも、マコトにも、俺の思考はすぐに読まれる。


「わかってますよ…。ていうか俺は一ミリもそんなこと考えてないから!」


「バレバレよ」


 対面にいるエリカは頬杖をつきながらそう言った。前かがみになった分、顔が近くなる。


「まあでも…どうしてもって言うなら…エツジ君だけには見せてあげてもいいわよ?」


 エリカが俺をからかうのはよくあること。昔は真に受けて動揺して恥ずかしくなって、慣れてきたら軽く受け流せるようになって、最近はまた色々と考えるようになって…。

 今の俺はどんな表情をしているのだろうか。鏡がないとわからない。


「…顔、赤いわよ?…照れてるのかしら?」


「…エリカこそ…自分で言っといて赤くなってるぞ?」


「なってないわ。光の加減でそう見えるだけよ」


「いやどう考えても…」


「なってないわ。それより作業は終わったのでしょ?そろそろ帰りましょ」


 追求したい気持ちはあったが、俺にも返ってきそうな予感がしたのでやめておいた。


「楽しみだな」


「そうね。私はもうすでに楽しいわ」


 祭りは準備の時が一番楽しいというが本当なのかもしれない。まだ何も始まってないのに、ただの打ち合わせなのに、エリカといるだけでただ楽しくて。

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