第69話

「あとは何のお店にするのかを決めないといけないわね」


 飲食の候補はいくつか挙げられている。焼きそばやフランクフルト、クレープやチョコバナナ等の屋台でありそうなメニューが多い。ケイスケはメイド喫茶と言っていたが、黒板に書く時に喫茶店とだけ書いておいた。

 それ以外の候補を聞いてみたが特に出なかったので、まずは多数決を取ってみた。ばらつきはあったものの一つに票が集まることもなく、一番困るパターンとなった。ケイスケが大人しくなったことで明確な候補が散り散りとなり、皆が遠慮し合っている状態だ。


「どうしましょう?エツジ君」


 俺もエリカに「どうする?」と聞こうと思ったのだが先に聞かれてしまった。エリカなら俺に聞かずとも簡単にクラスをまとめることができると思うが、俺がいることで自然に聞いてきたのだろう。仲が良い人同士というのもいいことばかりではないかもしれない。とは言え頼られると今も嬉しいと感じてしまう俺も大概だが。

 今のクラスの雰囲気を見てみると、意見は割れてはいるが反対意見というものは無かった。我が強い人もいないので、適当な理由で候補を絞ればすぐに決まりそうだ。


「これでどう?」


 周囲の人との相談でクラスがざわめく中、そっとエリカに俺の考えを伝えた。エリカも俺の意見に賛成のようで、そうなるとクラスの賛同もすぐに得られるはずだ。


「じゃあエリカの口から説明頼む」


「私?エツジ君の案だからエツジ君が言えばいいのに」


「いいからいいから。俺は人前で喋るのが苦手なんだよ?」


 「さっきまで話してたじゃない」と言うのはごもっともなのだが、強引にエリカにお願いした。あまり時間もないので、首を傾げながらエリカはクラス全員に向けて話し出した。途端に教室内はすぐに静かになった。さすがはエリカと言ったところか。


「喫茶店はどうかしら?飲み物メインだからそんなに難しくないし、今挙げられてる候補を軽食として出せばわざわざ迷う必要もないわ。負担を考えて売っているものを盛り付けだけしてそのまま出すのもありね」


 元は俺の意見なのだが、堂々と話すエリカの姿を見ていると俺まで聞き入ってしまう。俺だけでなくエリカの凛とした立ち振る舞いにクラス中の視線が奪われていた。わざわざエリカに話してもらって正解だったようだ。


「色々言ったけどメニューについては今決める必要はないわ。後々相談して決めましょう。というわけで私は喫茶店がいいと思うのだけど…どうかしら?」


 エリカが説明を終えた後、間髪入れずに「良いと思う!」「賛成!」という声が聞こえた。実際、余程こだわりがなければエリカの説明に賛成すると思う。俺たちの読みは正しかったようで、無事に出し物が決まりそうだった。あとは実行委員の一言で決定する、そんな時に「ちょっと待った!」と立ち上がったのはケイスケだった。


「俺も喫茶店には賛成なんだけどさ…なんていうか…やっぱ…ただの喫茶店じゃ面白くなくね?」


 またメイドかよ、そんな視線を感じ取ったのか慌てて否定する。


「違う違う!メイドじゃなくて、俺が言いたいのは仮装だって!仮装喫茶!ほら、文化祭ってハロウィンと被ってるだろ?ちょうどいいじゃん?」


 仮装と聞いてどこからか「いいかも」と聞こえた。その声は段々と広がっていき、最初は呆れていた女子たちも次第に「いいわね」と漏らすようになった。

 ケイスケの提案は俺も考えていた。だからこそ話題には出さなかった。ハロウィン関係の出し物は他のクラスも思いつくだろう。被ることが駄目なわけではないが、それを軸に考えてしまうと企画まで被ってしまうかもしれない。そうなると最悪の場合一から考え直すこともあり得る。


「どうしましょう?エツジ君」


 今度こそ俺が聞きたかったのだが、またも先に聞かれてしまった。正直に俺の考えを伝えようかと思ったのだが、すでにクラス中が仮装に前向きになっていた。


「こうなったらしょうがないな。こんなに盛り上がってるところに水を差すのも気が引けるし…仮装喫茶でいいんじゃないか?」


「エツジ君がそう言うなら私も構わないわ」


 俺を判断基準にされても困るのだが…。

 エリカに頼んで盛り上がっている皆を抑えてもらう。静かになったところで仮装喫茶に決定したことと被る可能性があることを伝える。喫茶店というだけで被りやすいのに、そこに仮装を加えるとなるとその確率も上がるということをしっかりと説明しておいた。浮かれている皆にどれほど伝わったのかはわからないが、一先ず無事に俺たちのクラスの出し物が決定した。

 正式に決まるのは今日の放課後の打ち合わせだ。各クラスの実行委員が自分のクラスの出し物を報告する。そこで被りや数の偏りを把握し、不都合があるクラスは再度決めなおすという段取りになっている。

 盛り上がるクラスを眺め、何とか被らないように願いながらホームルームは幕を閉じた。

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