第68話

 今日のホームルームの議題は文化祭の出し物についてだ。これが決まり次第、文化祭の準備も本格的に取り掛かるようになってくる。

 実行委員として俺とエリカが前に出て仕切りながら決めていく。


「まずは案がある人はどんどん出してください」


 こういう時にクラスの雰囲気によって、楽しくなるかどうかの明暗が分かれる。積極的に案が出るクラスは皆が文化祭に前向きで、準備期間からすでに楽しい思い出となるだろう。逆に案があまり出ないクラスは一概には言えないが、やる気もあまりなくつまらない文化祭になるかもしれない。

 俺たちのクラスはどうやら前者のようで、俺たちが困ることなく案はテンポよく出されていった。実行委員を決める時に俺を含めてあまり積極性がなく、不安を感じていたが大丈夫の様だ。


「とりあえずこんなもんかな」


 書記の役目をしっかりと果たした俺は、チョークの粉を落としながら黒板を見直した。


「色々出たわね。でもまずは大きく分けて何をするか決めないと。エツジ君、まとめてもらっていいかしら?」


 エリカに言われた通りに候補の案をジャンル別に書き直す。そのおかげで偏りも見やすくなり、より分かりやすくなったところで全員で話し合っていく。


「大きく分けるとこんな感じかな。飲食系、アミューズメント系、ステージ系、展示系。異論がなければとりあえずこのジャンルの中から決めようと思う」


 俺の分け方に異論はなかったようで、話を進めていく。


「数だけで決めることはないけど一番多いのは飲食系ね。次にアミューズメント、ステージ、展示…。どうやって決めようかしら」


「展示なんて面白くねーよ!」


 威勢よく立ち上がったのはケイスケだった。


「せっかくの文化祭なんだからもっと面白いのじゃねーと!ってことでやっぱり俺が出したメイド喫茶で決まりだろ!」


 一部の同じ志の男からは「いいぞー」と拍手と賛同を得られていたが、女子たちからは「絶対に嫌」と聞こえていた。正直俺もメイドの格好が嫌いではないのでケイスケに賛同したい気持ちはあったが、ここで乗るとエリカに白い目で見られそうなのでやめておいた。


「面白くなくて結構。文化祭なんて勉強の邪魔でしかないのだから、展示で十分だ」


 盛り上がるケイスケたちに割って入ったのは窓際の門倉だった。実行委員に立候補した人物とは思えないその一言はケイスケたちだけではなく、女子たちすらも白けさせるには十分だった。


「そうすれば準備期間も勉強することができるだろう?学生の本分は勉強なんだ。僕たちのクラスの出し物は展示にするべきだ」


 エリカにきつく言われてから随分大人しくしていたので、久々に声を聞いた気がする。メガネをくいとあげながらどこか冷めた顔をしている門倉。やはりクラスに馴染もうとはしていなさそうだ。

 門倉の言いたいこともわかる。行事ごとがあまり好きじゃない人は他にもいるかもしれない。だが、文化祭というのも学校の授業の一環だ。そこでしか学べないことやそこでしか得られない経験があるはずだ。勉強の時間が惜しいのであればその部分も考慮したうえで全員で取り組みたいと俺は思っている。

 まあ一番問題なのは言い方なのだがな。そんな言い方ではますます毛嫌いされると思うが…。


「勉強勉強ってそれ以外にも大事なもんがあんだろ!そんなに文化祭が嫌ならお前だけ参加しなけりゃいいじゃねーか!」


「それでいいならそうさせてもらうよ。何がメイド喫茶だ。馬鹿馬鹿しい」


 対立側の代表としてケイスケが熱くなっている。それに返すように言わなくていい言葉を追加していく門倉。これ以上続くと出し物を決めるどころではなくなってしまう。


「ストップ!2人とも一回落ち着いてくれ!」


 柄にもなく声を張ったおかげでヒートアップする前に2人の言い争いを止めることができた。


「ケイスケの気持ちもわかるけど『参加しなけりゃ』ってのは良くないな。実行委員としてはやっぱり全員で参加したいからな」


 「悪かったな」とすぐに言えるケイスケは大人だ。それに比べて門倉は何も悪びれることなく、むしろ自分は正しいと言わんばかりの傲慢な態度だった。

 さすがに少し腹が立ったので注意しようと思ったが、俺より先にエリカの声が聞こえた。


「門倉君、あなたも少しは言い方を考えなさい。その言い方だと角が立つわよ。勉強が大事なのはわかるけど、だからと言って文化祭を否定する言い方は良くないわ。文化祭も立派な授業よ」


 教師が言うべきような言葉だが、エリカが言うと説得力がある。

 おそらくエリカはもっと言いたいことがあったのだろうが、ぐっとこらえて最低限のことだけ言ったようだ。

 門倉もエリカに言われると弱いらしく、渋々ながらも「ごめん」と言っていた。


「さすがエリカだな」


「エツジ君こそ」


 エリカが実行委員で良かったと思ったが、向こうも同じようなことを思っていたのかもしれない。もう少しエリカとの会話に浸っていたかったのだが、気を取り直して出し物を決める。

 最初に多数決で票を取ってみた。一番多かったのは飲食系だった。半分以上の人が手を挙げていた。残りの人数の半々がアミューズメント系とステージ系に分かれた。門倉は手を挙げることなく、展示系は0票となり早々に候補から外れた。

 三つの中から決めることになったのだが、そこからは意外とすんなり決まった。アミューズメント系とステージ系の人たちは飲食系でも良いという意見が多く、反対意見が無かったので最終的に飲食系の出し物に決定した。

 ここまでスムーズに決まったのも、すぐに気持ちを切り替えて盛り上げてくれたケイスケのおかげでもある。あとで軽くお礼でも、そう思ってケイスケを見るとタイミングよくこちらに親指を立てて笑っていた。やはり彼は良い奴なのだろう。

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