第67話

 あれからマコトは宣言通り毎日来ている。特に何をするわけでもなく、ゲームをしたり、漫画を読んだり、雑談したり、緩い時間を過ごしている。


「そういえば昨日出掛けてたの?」


 「エっ君家にいなかったでしょ?」と当たり前のように知っていることに言及したかったのだが、面倒くさいので今回はスルーした。

 久しぶりにバスケをしたことを伝えたのだが、誰とどこでという情報もしっかりと入れておいた。昔からマコトと情報を共有する時は詳しく伝えないと怒られて、最近は特に厳しいと感じる。マコトに怒られる、ないし責められると弱くなるのは今も変わっていない。


「何それずるい!僕もミナミちゃんとホノカちゃんに会いたかったのに」


「そんなこと言われてもお前予定があるって言ってなかったか?」


「むー…そうだけど…知ってたら何とかしたのに」


 マコトは休日でも遊びに来る時がある。バスケに誘ったわけではないが、その日は予定があると事前に聞かされていたのでわざわざ知らせることはなかった。


「てかそんなに相原とか新井さんとかと仲良かったっけ?」


「二人とも二年の時同じクラスだったし、久しぶりに顔みたいなって思うくらいには仲良かったよ」


 「だから会いたかったのにー」とポカポカ背中を殴られる。


「悪い悪い、そんな仲良いなんて知らなかったんだって。次からは声かける…って言いたいところだがバスケの練習が目的だからなー…」


 マコトは経験者ではない。練習の質を考えるのであれば連れて行くのもあまり気が進まない。他の人が嫌な顔をするとは思わないが、初心者がいるとどうしても気を遣いそうだ。


「…次もあるの?」


「相原がバスケ始めたらしくてさ、ブランクがあるから練習付き合ってって言われたから今後も集まると思う」


「…メンバーは同じ?」


「うーんどうだろ?日によると思うけど基本は俺と相原の二人じゃないかな?元々部活してない俺が時間合わせやすいってことで頼まれたし。来週の土曜日も練習する約束してるよ」


「……そうなんだ」


 ここまで話しておいて誘わないというのはさすがに意地が悪い。マコトの予定次第だが、一応声をかけておくか。


「マコト―――」


「でも来週はエっ君無理じゃないの?」


 俺が聞く前にマコトは「無理」と言った。だがそれは自分のことではなく俺のことだった。一瞬頭が混乱して、それを見たマコトは「もー…忘れたの?」と頬を膨らませた。


「来週の土曜日は僕と買い物に行く約束したじゃん」


 理由を教えてもらってもピンときていなかった。相原に誘われた時、自分の予定がないことを確認して約束したはずだ。


「え?そんな約束してたっけ?」


「本当に忘れたの?」


「ごめん、マジで覚えてないんだって。いつ約束したっけ?」


「もー…。先週したじゃん。ほら、僕が新しい服欲しいなーって言ってたでしょ?」


 その会話は覚えている。たしかゲームをしながら衣替えの話をしていて、そこから秋物が欲しいという話になったんだ。


「それで一緒に買い物に行こうって話になったでしょ?」


 そこも覚えている。買い物に行きたいという話になってから、はなから俺も同行することが決まっていた。マコトの買い物に付き合うのは嫌ではなかったので反論もしなかった。


「お互いが空いてる日に行こうってなって、来週の土曜日になったでしょ?」


 そこだ。肝心のその部分を覚えていない。日付まで決めずに空いている日があれば行こうというところで話は終わったと思っていた。


「日付まで決めたっけ?」


「決めたよ。もしかしてゲームに熱中しすぎて適当に返事してたんじゃない?」


 その可能性はある。たしかにあの時、会話しながらも真剣にゲームに取り組んでいた。マコトの言葉を聞き逃すこともあるかもしれないし、流れで適当に答えていたのかもしれない。自分ではそのつもりはないのだが、無意識と言われれば何も言えない。


「やっぱり覚えてないんだ…。せっかく楽しみにしてたのに…。もうミナミちゃんと約束したんだもんね…」


「待て待て待て。忘れてたのは悪かったけど、だからと言って無かったことにはしないから安心しろ。ちゃんと約束通り買い物に付き合うから」


 マコトだから優先させるわけではない。余程急用ではない限り、俺のポリシーとして先に約束した人を優先するようにしている。けっして親密度で決めているわけではない。


「いいの?ミナミちゃんと約束してたんじゃないの?」


「相原には悪いけどまた別の日にしてもらうよ。空いてたらでいいって言ってたしな」


「なんかごめんね」


「ちゃんと謝っておくから、マコトは気にすんなって。忘れてた俺が全部悪いんだから」


 気にするなと言ってもマコトは少し気にしているようだった。ダブルブッキングをしてしまった元凶は俺なのに申し訳ない。何とか明るい雰囲気を取り戻そうといつもより元気よく振舞った。わざとらしかったとは思うが逆にそれがおかしく見えたようで、マコトもすぐに笑ってくれるようになった。


「楽しみだね」


「そうだな。俺も何か買おうかな」


「今度バスケの練習があったら僕も着いてっていい?ミナミちゃんたちにも会いたいし、久しぶりにエっ君がバスケするところ観たいんだ」


 「練習の邪魔はしないから」と言われたら断る理由はないだろう。俺は練習がある時は声をかけることを約束した。これからは約束を忘れないようにという反省も踏まえて。

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