第65話

 運動したのとはまた違う火照りを冷ますかのように先程買ったジュースを一口飲んでから、何かを思い出したかのように相原が喋りだす。


「そういえばうち、女バスに入ったよ」


「結局バスケにしたんだな。いいんじゃないか。相原上手いし」


「でしょ?練習試合観てから自分でもしたくなってさ。あれから夏休みの間ちょこちょこ練習に参加させてもらってたんだよね。それで夏休み明けてから正式に入部した」


「なるほどな。だから今日もあれだけ動けたのか」


 相原は嬉しそうに部活のことを語った。どうやら部内の雰囲気も良く、そこそこレベルも高いようで、相原にとっては過ごしやすい環境のようだ。俺たちをバスケに誘ったのもそれがきっかけらしい。


「エツジは何かやんないの?バスケじゃなくても色々あるじゃん?」


「あーそれは俺も思ってたんだけどな。何しようかと迷ってたら部活じゃなくて文化祭の実行委員をやる羽目になった」


「え?何それ?楽しそうじゃん」


「そうだな。最初は乗り気じゃなかったけど、決まってからは意外とワクワクしてる。ひとまずは文化祭まで実行委員を頑張って、部活するならそれからかな」


「ふーん…実行委員ねー…。いいじゃんいいじゃん!大変そうだけど面白そう!」


 活動の内容は違えど同じタイミングで何かを始めた俺たちはどこか通ずる部分があったのだろう。互いが互いのことに興味を抱きながらする部活や新学期の話は弾んだ。


「でもそっかー…。そうなるとエツジも忙しくなるよねー…」


「どうだろうな?今よりは忙しくはなるだろうけど」


 ため息交じりに「だよね…」と吐いた相原。その様子は俺が忙しいことで何か不都合があると言っているみたいだった。


「……何かあった?」


「え?あ、いや別に…。もしエツジが暇だったらこれからもバスケの練習に付き合ってほしいと思ってただけだよ。うち、ブランクあるじゃん?やっぱり周りの人との差を感じるんだよね。だから部活がない日も練習しようと思ってさ」


「なるほどな。でも相原は十分上手いと思うけどな。今日見た感じブランクも感じなかったし」


「全然だよ。うちなんてまだまだ、もっと練習しないと。もちろん一人でも練習できるんだけど、やっぱり相手がいたほうがいいでしょ?かと言って他の子には内緒で練習したいし、他のバスケ部の知り合いとは中々予定合わないだろうし、そもそも知り合いの中で練習になる相手が少ないし…。そんな時にエツジが思い浮かんだんだよね。エツジだったらバスケ上手いし、時間も合わせやすいじゃん?むしろエツジしかいない!って思ってお願いしようとしてたんだけど…無理だよね…」


 相原なのでわざとではないと思うが、話しながらチラチラとこちらを見てくるのはあざとくて可愛いと思ってしまった。そんな仕草がなくても、自信が無さげにぶつぶつ呟く相原は新鮮で力になってあげたいと思う。その内容も決して無理なものではない。


「いや別にいいけど」


「えっ?いいの?」


 相原の驚いた表情は珍しい。

 大した内容ではないのに反応が大きかったのでこちらまで驚いてしまった。


「忙しいんじゃないの?気を遣う必要なんてないからね?」


「練習って今日みたいに休日だろ?忙しいって言ったって休日まで学校に行くわけじゃないから大丈夫だよ。基本予定はないからいつでも誘ってくれ。体動かしたいと思ってたからむしろ俺からお願いしたいくらいだ」


「本当に?言ったからね?これで嘘とか言ったらぶっ飛ばすからね?」


 本当にぶっ飛ばされるのは嫌なので「無理な時は無理だからな」と付け加えておいたが、俺の声は届いてないかもしれない。そう思うくらいに相原はにこやかでご機嫌だった。余程バスケが好きなのか、練習が好きなのか、それとも―――


「嬉しそうだな」


「まあね。楽しみだなーって思って」


「そんなに俺と練習できるのが楽しみか?」


「はぁ?!べ、別にそういう意味じゃないし!何言ってんの?ぶっ飛ばすよ?」


 想像よりも動揺した相原は面白かったが本当にぶっ飛ばされそうだったので「冗談冗談」となだめておいた。相原はせっかく休憩して落ち着いていたのに、興奮したせいで再び息を整えている。その様子を見ていると、申し訳ないのだが笑ってしまった。


「今日の相原、なんか面白いな」


 「どういうこと?」とまたも鋭い目つきになったので慌てて補足する。


「ほら、前はクールでさばさばしてるイメージだっただろ?もちろんそれもよかったんだけど、今日は感情も表情も豊かだと思って」


「絶対馬鹿にしてるっしょ?」


「違うって。前の相原も話しやすかったけど、今日の相原も俺はいいと思うぞ?」


「なっ…あーもう!うるさいうるさい!」


 ぶっ飛ばされることは無かったが、ついに頭をはたかれた。はたかれた部分を撫でながら相原をチラ見する。相原は腕を組みながらそっぽを向いていたが、まんざらでもない表情をしていたのでまた笑ってしまった。今度はバレないように口元を隠しながら。


「気を遣って頼んだのが馬鹿みたい。よくよく考えたらエツジが忙しいわけないのに」


「いやいや俺も予定がある時はあるからな?」


「彼女もいないのに?」


「ぐっ…それは別に関係ないだろ。友達との約束とか色々…。てか相原だって彼氏いないだろ?」


「私は別に…作らないだけだし…」


 お互い彼氏も彼女もいない状況でこの言い合いは何とも不毛だ。言い返したくても下手なことを言えば自分に返ってきそうなので何も言えなかった。


「あの…さ…、エツジさえよかったら―――」


「おーい!全然帰ってこないと思ったら何のんびり休憩してんだよ」


 相原が何かを言いかけたタイミングで被せるように聞こえたのはリキヤの太い声だった。振り向けばリキヤが一直線にこちらへ向かっていた。


「悪い悪い。ちょっと外の風にあたっていこうと思ってたら気持ちよくてさ。ついつい休んじゃってた」


「ったく…だから着いていくって言っただろ」


 空になったペットボトルを捨てている背中は、俺に向けて「待ちすぎて喉が渇きました」と語りかけているように感じた。


「そういや相原、何か言いかけたか?」


「…大したことじゃないから気にしないで。それよりホノカは?」


「中で待ってる。お前らが待たせてんだぞ?」


 相原が聞きたいのは多分そこじゃない。あまり干渉しないとは言っていたが、気になるのは当然のこと。それでも、それ以上探るようなことはしなかった。

 十分に休ませてもらったので、リキヤが来てすぐに体育館に戻った。待たせていた新井さんには謝ったのだが、「私も休憩したかったからちょうどよかったよ」とリキヤとは違う大人な対応をしてくれた。

 新井さんの表情を見ればリキヤとどのような話をしたのか少しはわかると思ったのだが、あまりわからなかった。リキヤのことだから当たり障りのない話で終わったのだろうけど、あとでそれとなく聞いてみることにした。

 その後も同じように二対二でゲームを行い、疲れてきたら一対一で交互に休憩を取りながら二時間程続けたところで解散となった。

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