第61話
「さてと、遅くなった理由だっけか」と床に腰を下ろす。マコトはベッドの上で片肘をついてうつぶせになりながらも、顔はこちらに向いている。
「俺たちの文化祭が来月にあるんだけど、実は俺、文化祭実行委員に選ばれたんだよな。んで、今日決まっていきなり打ち合わせがあったから遅くなったんだよ」
この部分は隠す必要はない。事実をありのまま話して、同時に文化祭があることも伝える。
「文化祭かぁ。そういえば前にエっ君たちと行ったよね」
俺が以前一度だけ文化祭に行った時、一緒に行ったメンバーはいつもの6人。当然マコトもそこにいたので、違う学校といえど文化祭のことは知っている。マコトも今、あの時の光景を頭に浮かべているのだろう。
「そうそう。あの時は楽しかったよな」
このまま思い出を語る時間に突入するのかと思われたがそうはいかなかった。
「エっ君が実行委員かぁ…。もしかしてエリカちゃんに誘われた?」
サユリも鋭かったのだが、マコトはそれ以上だ。隠すつもりはないのだが、的確に言い当たられたことに少し動揺してしまう。
「よくわかったな」
「エっ君の柄じゃないからね。あ、実行委員が向いてないって意味じゃなくて自分から立候補するのがって意味だよ?」
俺は中学の時から何かを任されることは多いが、自分からやると言う場面は少ない。それを知っているからマコトもサユリも感づいたのだろう。
「てなわけで、これからも遅くなることが多々あると思うんだよな。文化祭の準備が本格的になってくると毎日遅くなるかも。そうなると家に来てもらってもいないことが多いと思うから無理して来なくてもいいぞ?」
「……実行委員かぁ…。エリカちゃん…そっか…」
マコトは何やらぶつぶつと独り言を呟きながら考え込んでいる。
「…マコト?」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた。そっかー…それは大変だね。でも遅くなるって言っても今日くらいの時間だよね?」
「多分な。まあ文化祭が近くなってくるともっと遅くなるかもしれないけど」
「だったら大丈夫だね。やっぱり毎日来ることにするよ」
「え?いやでも…待たせることになるし…」
「大丈夫だよ。待つの全然嫌いじゃないし、エっ君の部屋は最早僕の部屋ってくらいに居心地良いからね」
そう言って伸びをするマコトは俺よりも自分の部屋のようにくつろいでいる。
「それとも迷惑…かな?」
「迷惑っていうか…マコトがいいなら別にいいけど…」
遅くなる事情を知った上で待つというのなら、待たせて申し訳ないとはあまり思わないし、相手がマコトならなおのこと。
「やったー!」と喜ぶマコトを見ていると、本当はマコトも寂しく思ってるんじゃないかと思ってしまう。マコトのことだから高校でも友達は沢山いるはずだが、それでも俺たちのように話すことができる相手は少ないだろう。俺たちと同じ高校に入っていればなんて思いもあるかもしれない。だって俺が思っていることだから。マコトが同じ高校だったら、6人が同じ高校だったら、この気持ちは夏休みを経てより強くなった。
「遅くなる時は連絡するから、ちゃんと確認しろよ?」
「はーい」と言う返事は聞こえたがあまり信用できない。
「マコトも文化祭来るよな?」
「うん!当たり前じゃん!今年はみんながいるから前より楽しめそうだね!」
「まだ何するかも決まってないけどな」
「実行委員でも一緒に回る時間はあるよね?楽しみだなぁ」
「どうだろうな…。合流する時間はあると思うけど、一緒に回るっていうのは難しいかもな」
とりあえず濁しておく。この段階で断るのも不自然だ。
「大丈夫だよ。エっ君は忙しいと思うけど、僕がそれに合わせるよ。そうすれば空いている時間があれば一緒に回れるでしょ?」
「いやでも…マコトが時間を持て余すんじゃないか?」
「別にいいよ。エっ君がいなきゃどのみち退屈だもん」
「…もったいないと思うけどな。それに俺も他の友達との時間も作りたいし…」
「その時は邪魔しないようについてくよ。エっ君の友達なら僕も仲良くなりたいもん。…ていうかエっ君さ…」
起き上がったマコトは俺の横に座り直す。
「何か隠してない?」
マコトの見透かしているような瞳はどこまで見えているのか。問われているにも関わらず、不覚にも見入ってしまう。
「…何のこと?」
「なーんか変だなって思って。…前に言ったでしょ?僕にはエっ君の嘘がわかるって…」
マコト相手にこれ以上誤魔化そうとしても、余計にややこしくなるだけ。それなら一層マコトだけには話してしまおうか。もしかすると協力してくれるかもしれない。
――――――2人だけの秘密にしてほしいの。
「……嘘ついてるとか隠してるってわけじゃないんだけど、本当にまだ何も決まってないし何もわかってなくて。そんな段階で簡単に『一緒に回る』って言って時間がとれなかったら無責任だと思ったんだ。だからもう少し待ってくれないか?」
苦し紛れの言い訳だ。問題を先延ばしにするだけであって、解決には至らない。
「ふーん…」と納得していないような顔のマコトは、俺をじーっと見つめてくる。その瞳の前では顔のどこか一部でも動かせば見破られてしまいそうだ。
額に汗が浮かび、もう少しで垂れてしまいそうなのに、まだ垂れない。そんなもどかしい時間が流れた末、マコトは表情を緩めた。
「そうだよね。まだ何も決まってないもんね。ごめんごめん、気が早かったみたいだね」
誤魔化せたとは思わないが、ひとまずは乗り切れたようだ。
「いや、俺の方こそ悪かった。元はと言えば俺が文化祭の話をしたからだしな。また詳しいことが決まってきたら話すよ」
「うん。楽しみにしてるね。でも良かったー…」
「何が?」
「もしかして僕と回るのが嫌なのかなって思って…。もしそうだったら僕……」
「いやいやいや!マコトと回るのが嫌なわけないだろ!」
せっかく乗り切ったのだが、さすがに否定せずにはいられなかった。
「そんなに必死に否定しちゃって…もーエっ君僕のこと好きすぎでしょ」
「いや、そういう訳じゃ…あーもーうるさいうるさい!この話はもう終わり!」
緊張と緩和。マコトは普段通りで、俺も深く考えているつもりはない。それなのに一つ一つ言葉を交わすごとに慎重になっている自分がいる。その空気をマコトが感じ取っているかはわからないが、根底にあるマコトを傷つけたくない気持ちがそうさせているのは間違いない。
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