第60話
一呼吸おいて頭の中で整理する。
豪華賞品がもらえるイベントがあるかもしれない。そのイベントは男女のペアでないと参加できない。彼氏のいないサユリが選んだのが俺。俺もサユリも実行委員や出し物の拘束時間があったり、肝心のイベントの時間がわからないから、一日中一緒に回ることで対応できるようにする。本当はもう少し文化祭の準備が進んでから決めたほうがいいが、そうなると一緒に行動する人が増えるから早めに約束をした。その約束を他の人に知られても同様に行動する人が増えてしまうかもしれないので内緒にしてほしい。
こんなところか。整理してみるとサユリの言っていることも理解できる。理解できたからこそ勘違いしていた自分が恥ずかしいのだが、全部が的外れと言うにはまだ早いだろう。俺にとっても悪いことではないし、より文化祭が楽しみになってきた。
サユリも同じ気持ちなのか、鼻歌を歌ってご機嫌なようだ。
「そんなに豪華な賞品なのか?」
「うん!私にとってはとーってもね!」
イベントがあやふやな中で賞品の噂だけ独り歩きしているのか。気になったのでどんな賞品なのか聞いても、「さあー?」としか返ってこない。
「ふーん…。でもゲットできるかどうかはわかんないぞ?」
「大丈夫!もうゲットしたようなものだから」
えらく期待されてるようで、プレッシャーを感じる。
これだけ楽しみにしておいて、賞品をゲットできずにがっかりするサユリの姿は見たくないものだ。どんな結果になるかどうかは俺の頑張り次第、そう思うと緊張してくる。かと言って今から悩んだところで何ができるわけでもなく、現状は不安よりも楽しみという気持ちの方が勝っている俺は深く考えることを止めた。
文化祭の話は終わったが、その後も席替えの話や授業の話で話題は尽きることなく、気づいたらサユリの家の前に着いていた。
「約束だからね?」と最後に念を押すサユリに「ちゃんと守るよ」と答える。それを聞いたサユリは「絶対だからね!」と家の中に入っていったが、背を向ける直前に見えた表情は俺が一番可愛いと思うサユリの表情だった。
怒ったり、泣いたり、恥ずかしがったり、感情豊かなサユリはどんな時でもずるいくらいに可愛い。でも、
――――――嬉しそうに笑うサユリが、やっぱり一番だ。
◇
「あぁぁぁ…。何で素直に言えないのよ…。あと少しだったじゃない…。嘘なんてついて…私のバカ!……エツジは何て言おうとしてたんだろう…。まあいいわ。どうなるかと思ったけど、2人で回る約束はできたから結果オーライね。あとは当日…うん、大丈夫!ここまできたんだから、きっと上手くいくわ!」
◇
「ただいま」
家に帰ると台所の方から「おかえりー」と聞こえる。母は帰っているようだ。
今日は色々なことがあったので、いつもより疲れている。すぐに制服を脱いで楽な恰好でベッドに飛び込み、今日のことを振り返りたい気分だ。いつものように手洗いを済ませたら駆け足で二階へ上がる。
「おかえり。遅かったね」
そいつは相変わらず自分の部屋のように俺のベッドに寝転んでいた。いつも通り何もおかしいことはない、そう言わんばかりの表情と姿勢は「何故ここにいるのか?」と疑問を持つ俺の方がおかしいのかと錯覚してしまう。
「…何でマコトがここにいるんだ?」
「言ったでしょ?夏休みが終わっても来るって」
確かに言っていた。俺もそう思って初日は待っていたのだがマコトは来なかった。連絡もなかったので、またいつもの気まぐれなのだろうと思っていた。
マコトが言うには初日からは少し忙しかったようだ。環境は違えど俺も似たようなものだろうと、マコトなりに気を遣って昨日までは来なかったようだ。
「寂しい思いさせてごめんね?今日からは毎日来るから安心してね」
「別に寂しくはないけどな」
「またまたー。そんなこと言って本当は嬉しいんでしょ?」とからかうマコトはいつも通りで少しホッとした。
夏休み、あの日の最後の別れ際。何かを変えようと踏み出した俺は、マコトに整理できていないままの自分の気持ちを話した。だがそれも中途半端に終わり、その結果俺が思っていたものと違う何かが変わった気がしていた。
あれからマコトと会ったらどう接すればいいのかわからなかったが、いざ会ってみるとその心配は無用だった。俺は俺、マコトはマコト、喧嘩をしたわけでもないのだし、俺が勝手に思い込んでいただけだった。
「それで、エっ君は僕を待たせてまで何をやってたのかな?」
待たせてって言うなら連絡くらいしろ、と言っても無駄なのだろう。
「色々とあってな」
今日の出来事は自分でもまだ実感できていない。制服を脱ぎながらマコトにどう話すかを考える。
「文化祭」というワードを出した時のマコトの反応は予想できる。その予想は普通なら何も問題はないのだが、今回はサユリの件がある。約束した手前、下手なことを口走ってすぐにばれてしまうのは避けたい。マコトは敏感なのでなおさらだ。とは言え文化祭のことは話すつもりだし、マコトには来てほしい思いもある。普段マコトだけ違う高校に通っているので、俺たちが通っている高校の雰囲気を少しでも味わってほしい。
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