第59話

「えっと…それって…」


 頬を紅く染めたサユリと目が合った。小柄なサユリは目線が低く、上目遣いで俺の返答を待っているように見える。


「何ていうか…その…」


 上手く言葉にできない。ここで間違えてしまえば、この先サユリと接するときに気まずくなってしまう。いや、それだけならまだマシかもしれない。最悪の場合……。

 それでも踏み込まずにはいられない。


「間違ってたら悪いんだけど…つまり…サユリは…」


 保険を張りながらも、俺はその先に進もうとする。俺が知りたかった答えは―――。


「もしかして―――」


「ち、違うの!」


 サユリは俺の言葉を慌てて遮った。まだ何も言っていないのに、その言葉は否定的なもの。


「いや…違くはないんだけど…その…あの…あ、あれよ!文化祭で男女ペアで参加するイベントがあるらしくて…。そこで優勝?すると豪華賞品が貰えるらしいの!」


 まだピンときていない俺は黙ってサユリの話を聞き続ける。


「いわゆるカップルイベント?的なやつがあるとかないとか…。エツジも知ってる通り私に彼氏はいないじゃない?でも、豪華賞品は欲しいなーって思って…。そこで一番仲が良い男の子と参加しようってことでエツジに…。ほ、ほら、私の彼氏…役といえばエツジじゃない?」


「あ、ああー…なるほど…。そういうことか…」


 そこまで聞いてようやく理解することができた。


「そうだよな…。うん。そりゃそうだよな。アハハ…」


 サユリの話の内容だけではなく、俺がとんでもない間違いを犯す寸前だったことも理解した。マコトが心配していたのはこのことだったのか。

 一気に体温が上昇した気がする。さっきまでかいてなかった汗も、体中から噴き出ているようだ。


「……ホントは…役…じゃなくて……エツジ?大丈夫?」


「大丈夫大丈夫!一瞬頭が混乱しただけで、何ともない!」


 わかりやすい空元気、自分でもわかっているけどそんな反応しか今はできなかった。

 恥ずかしい気持ちを静めて、落ち着いてからサユリとの会話を再開する。


「でもそんなイベント聞いたことないんだけどな。実行委員会でも聞かなかったし、本当にあるのか?」


「さ、さあ?わ、私も噂で聞いただけだし…」


 ありそうと思えばありそうだが、実際そんな話は聞いたことがないので半信半疑といったところだ。


「で、でも、もしあったら絶対参加したいじゃない?だから早めにエツジと約束しておきたくて…」


「うーん…そうだな…まだ何とも言えないけど、とりあえず参加するならその時に2人きりなるって感じでいいか?」


 何も決まっていないし、何もわかってないのでこれくらいしか言ってあげられない。


「…良くない。だってそのイベントがいつ始まるかわかんないでしょ?…だから、ずっと2人で回りたいの…。できれば一日中…2人きりで…」


 「まだわからないからこそ早めに約束しておきたかったの…」としおらしくお願いするサユリを見ると断り辛い。そもそも先約もないので断る理由もないのだが。


「わかったよ。よくわかんないけど、2人で回るってことでいいか?」


「ホント?!嘘じゃないわよね?!2人よ?!」


「はいはい本当だって」


「ちゃんと聞いたからね?!」


 実行委委員やクラスの空き時間次第だが、最初から2人で示し合せれば何とかなるだろう。人数が少なければ合わせるのも難しくはない。


「ただし他の人とも合流する時間は作るからな?せっかくだから色んな人と楽しみたいし」


「…わかったわよ。でも基本は2人だからね?」


 結局のところ、この約束はカップルイベントが本当にあるかどうか次第。


「言っとくけど…カップルイベントが無くてもこの約束は有効だからね」


 関係がなかったようだ。

 最早何か言ったところで約束はなくならないらしい。


「でもいいのか?もしカップルイベントがあったとして、それに出たら誤解されるんじゃないのか?」


「誤解されても別にいいわよ。……むしろ…」


 どっちともとれる言い方だ。誤解されたところで他の人に何を思われようがどうでもいいのか、誤解の内容そのものがサユリにとって問題ないのか。おそらく前者なのだろうけど、結論付けずに俺の頭の中だけは含みを持たせたままにしよう。


「もしかしてエツジにとっては迷惑だった?」


 迷惑とまではいかないが、「別にいい」とは言えない。まだ自分を卑下しているわけではないが、俺とサユリの立場が違うのは事実だ。俺の立場で変な誤解を与えるのは良く思われないだろう。かと言ってわざわざ他の人に説明するのも無理がある。


「イベントがある無し関係なく、せめて近しい人だけには説明しときたいな。細かくは言うつもりはないけど、こういう事情で2人で回るって」


 自分の周辺の人に知ってもらえればこじれることはない。


「……お願いなんだけど、この事は当日まで2人だけの秘密にしてほしいの」


「え?なんで?」


「他の人に知られたら一緒に行動することになるかもしれないじゃない…。人数が増えたら意味ないもん…。せっかく私だけの…」


 サユリの言いたいことはわかる。実際、エリカやコウキにリキヤ、マコトも入れるとして、この話を知ったら一緒に行動する流れになるだろう。そうなると時間を合わせるのが難しくなるし、集団から抜けれずにイベントにすら参加できないかもしれない。

 イベントが無いのであれば人数が多いほうが楽しいのだが、サユリの考えはイベントがあるのが大前提。無かった時でも約束が有効というのはイベントのある無しで他の人を振り回すより、予め俺たちだけで想定しておけば迷惑はかからないということなのだろう。どのみちサユリと一緒なら楽しいのは間違いないのだから。


「我が儘なのはわかってるけど…内緒にしてほしい。どうしても邪魔されたくないの。もし誘われても何とか言わずに誤魔化してほしい。エツジならできるでしょ?お願い!」


 それほど豪華賞品が欲しいのか。色々な理由付けをしたけれど、サユリの真意はわからない。細かいことなど考えていないかもしれない。はたまた、他に何か理由があるのか。

 ともかく、サユリの約束を守るには当日まで知られないようにしないといけないようだ。


「はぁー…。わかったよ。秘密にすればいいんだろ?何とか頑張ってみるよ」


 今日は色々なことがありすぎて、考える力が無くなってきている。難しいことは考えず、サユリの我が儘を聞き入れることにした。

 「エリカにもよ?」「マコトにもよ?」としつこく聞いてくるサユリに対して「はいはい」と返事をしておく。確認し終えたサユリは満足気な顔をしている。



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※第二章の最後に書き加えがあるのでそちらも是非読んでください!

 タイトル:それぞれの夏休み1~5

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