第58話
この時間の電車内は人が少ない。帰宅部は学校が終わったらすぐに帰り、部活をしている人はもう少し遅い時間の電車に乗る。その間の時間帯だとゆうに座ることが出来た。
「それで、何で遅かったの?」
サユリは俺のすぐ隣に座っている。人が少ないのでもう少し間隔をとってもいいと思うが、サユリは迷うことなく俺の隣に腰を下ろした。サユリは小柄なので窮屈に感じることはないが、電車の座席の距離感というのはちょっとだけドキドキしてしまう。
「サユリのクラスでも話があったと思うけど、文化祭実行委員決めただろ?その実行委員になっちゃったんだよな。それで今日いきなり打ち合わせがあるってことで集められてたんだ」
打ち合わせには俺の知っている人はいなかった。つまり、サユリやコウキやリキヤは実行委員ではない。クラスでいうとサユリとコウキは同じクラス。どちらもクラスの中心人物なので、どちらかは実行委員になるのかと思っていたが、ならなかったようだ。リキヤは絶対にやらないとわかっていたが。
「そういうことね。でもエツジが自分からやるなんて珍しいわね。昔はみんなにお願いされて…もしかして今回もクラスの人に推薦された?」
「ほぼ正解だな。エリカに誘われて一緒にやることにしたんだ」
「……そっか。……いいな…同じクラスは…」
「ん?どうした?」
「ううん。何でもない。でもさ、いくらエリカの誘いでも嫌だったら断ればよかったんじゃない?」
「正直最初は面倒くさいと思ったけど、今は意外とやる気なんだよな。やる以上は責任持ってやらないといけないし、それにエリカと一緒だったら楽しそうだしな」
「ふーん…」とサユリはつまらなそうに相槌を打った。実際面白くはないがどこか機嫌が悪くなった気もする。
「サユリたちはやらなかったんだな?」
別のクラスなので決める時の雰囲気は違うだろうが、サユリとコウキは候補には挙がりそうだ。
「やらないわよ。当日回る時間が少なくなるじゃない。コウキはやろうか迷ってたけど部活の時間が削られるから辞めたって」
みんな考えることは同じの様だ。放課後にしろ、当日にしろ、どこかで時間を犠牲にしなければならない。クラスの出し物の準備でどのみち時間は削られるのだが、それは全員共通で授業の一環のようなものなので、そこから先の考え方は個人の自由だ。部活に関してはサボれると思う人もいるかもしれないが、コウキはその逆だったみたいだ。
「……エツジが……なったら…意味ないじゃない…一緒に…」
「さっきからどうした?」
「な、何でもないわよ!それより、やっぱり忙しいのかな?自由時間とか…あるわよね?」
「どうなんだろうな…。回る時間くらいはあると思うけどな」
実行委員じゃなくてもクラスの出し物の関係で空き時間がずれることはある。
「まだ何も決まってないからわかんないけど、俺もみんなと一緒に回りたいから何とか時間は作るよ」
「うん…」と返事があってからサユリは黙り込んでいる。もうこの話は終わりかな、と思ったのだが、そうではなさそうだ。サユリは時折深呼吸をしたり、こちらを見て口を開いたかと思えば閉じて前を向き直したりしている。よくわからないが、まだ何か言いたいことがあるのはわかった。
「あのーサユリさん?何か言いたいことでもありますか?」
もじもじするサユリは可愛らしくて本当は待っててあげたかったのだが、もどかしくなって俺から聞いてしまった。電車が駅に着くまでの時間も限りがあるからな。
「え?いや…あの…その…あるっちゃあるけど…」
「言い辛いことなのか?」
「言い辛いっていうか…何ていうか…」
「また頼みたいこととか、相談事があるのか?」
「頼みたいっていうか…」
「俺とサユリの仲だろ?遠慮せずに言ってくれよ」
「そ、そうよね…。じゃあ遠慮なく…あのね…」
俺に言い辛い内容、ぼんやりと想像してみても思い浮かばない。
人間関係かな?また告白されたとか?それなら言い辛くはないか…。この流れだから文化祭のことで心配事でもあるのか?
「えっとね…文化祭……たいなって…」
「ごめん…もう一回言ってくれないか?」
サユリの声は電車の音に掻き消されて聞こえなかった。
「だからね…文化祭…エツ…と…に回りたいなって…」
「すまん…もう一回…」
電車は減速を始めてもうすぐ停車しそうだが、ブレーキと揺れの音が俺たちの邪魔をする。
今までの経験からすると次を聞き逃したら「もういい!」となってしまいそうだ。
「…だから、文化祭はエツジと一緒に回りたいなって」
電車がホームに停車する。まだ俺たちの降りる駅ではない。
「何だそんなことか」
今度はしっかりと聞き取ることが出来た。
「俺もだよ。さっきも言ったろ?みんなと回りたいって。ちゃんとそこにサユリも入ってるよ」
サユリが言い淀んでいたのでそれ相応の内容を覚悟したのだが、聞いてみればなんてことのない話だった。さっきまでの会話でそれとなく誘ったつもりだったのだが、さすがにわかりにくかったか。確信がなかったからサユリも言い辛かったのかもしれない。
「クラスは違うけど、いつものメンバーで時間を―――」
「違うの…そうじゃなくて…」
停まっていた電車はゆっくりと動き出した。次に停まる駅は俺たちが降りようとしている駅。
「エツジと…2人で…2人きりで回りたいの…」
電車は動いているはずなのに、停まっているように静かだ。そう感じるのは、今の俺にはサユリの言葉しか聞こえていないからだろう。
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※第二章の最後に書き加えがあるのでそちらも是非読んでください!
タイトル:それぞれの夏休み1~5
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