第57話

 放課後の打ち合わせは一時間半ほどで終わった。顔合わせも兼ねていたので実行委員長と各クラスの実行委員の自己紹介から始まり、簡潔に文化祭の概要が説明されてこの日は解散となった。


「これから忙しくなりそうだな」


「そうね。でも楽しみでもあるわ」


 廊下を歩きながらもらった資料に目を通す。毎年の行事なので土台はできているようで、俺たちの仕事もそこまで難しいものではなさそうだ。


「……ごめんなさいね。私が推薦したから、無理矢理選ばれたようなものでしょう…」


「謝ることじゃないだろ。言ったろ?俺の『やらない』は『やる』だって。つまり俺の『やりたくない』も本当は『やりたい』なんだよ」


「でも……」


「いいんだって。俺はエリカとやりたかったんだよ。エリカは俺とやりたかったから誘ってくれたんじゃないのか?」


「…ええ、そうよ。私もエツジ君と一緒にやりたかったの」


 ようやく笑顔になった。

 この時間はまだ部活動が盛んなようで、静かな廊下に運動部の掛け声と吹奏楽部の楽器音が混じりながら響き合っている。決してうるさくはなく、この空間に名前をつけるなら青春がお似合いだ。


「まあ運が良かっただけだけどな。俺も日頃の行いが良かったってことだな」


「私は勝つと思ってたわよ。例えじゃんけんであれ、何であれ」


「さすがにじゃんけんで絶対はないだろ」


「そうかしら?なら何故先に三回勝ったほうが勝ちっていうルールにしたの?」


 俺は直前に先に三回勝ったほうが勝ちというルールを提案した。




『じゃんけん―――ちょっといいか?先に三回勝ったほうが勝ちってルールにしないか?』


『何故だ?』


『いやーその方が盛り上がるかなーって』




 ケイスケにアイコンタクトをして場を盛り上げてもらい、その提案に反対し辛い空気を作ってもらった。このルール自体は有利も不利もないので門倉も受け入れてくれた。


「あれはどういう狙いがあったのかしら?」


「じゃんけんに絶対に勝つ方法なんて無いけどさ、確率を上げることならできると思ってるんだ。昔調べたことがあってさ。最初に何を出すとか、あいこの後に何を出すとかで勝ちやすいとか割合とかもあるらしいんだ。それを元に勝ちやすくはできるかなーって思って。ただ確率を上げるって言っても微量だし、一回の勝負だと効果はほぼないから複数回のルールを提案したんだよ」


「へぇ…そんなことできるのね」


「それっぽく言ったけど豆知識程度だし、心理学を学んだわけでは無いから意味なかったかもしれないけど。でも何回かやることによって相手の癖がわかることもあるからな。特に今回の門倉はわかりやすかったな。一回も続けて同じ手は出さなかったから、あいこになれば実質勝ちだな」


 門倉みたいな人は自分でも気づいていない癖があることが多い。今回もそのおかげで勝つことができた。負けた門倉は不服そうに眉間にしわを寄せていたが、勝負を覆すことはできずに黙って席に着いた。


「やっぱりエツジ君凄いわ」


「たまたま上手くいっただけだって。もし負けそうになったら奥の手を使ってた」


「奥の手?」


「グーとチョキの境目とかチョキとパーの境目とか、曖昧な握り方を出す直前にしておいて、相手の手を見て出す手を決めるという…いわゆる後出しってやつだな。反射神経には自信があるし、クラスの空気やエリカも味方してくれるとなると誤魔化せそうだからな」


「それは…どうなのかしら?」


「細かいことはいいんだよ。何としてでも勝ちたかったからな。そうでもしないとエリカが……いや、それくらい俺がエリカと文化祭実行委員したかったんだよ。結局その手は使わなかったんだから見逃してくれ」


 エリカがクスッと笑ってくれると安心する。どんな時もエリカには笑っていて欲しい。


 ――――――エリカは微笑んでいる時が一番美しい。


「エツジ君」


 「ん?」と横を見てもエリカはいない。横に向けた首をそのまま体ごと後ろに向けると立ち止まっているエリカがいた。


「どうした?」


「―――――」


 音は聞こえなかったが口は動いていた。

 口パクか?動きから推測すると…母音はアイウイオ?何だろ…話の流れ的に…やり過ぎよ…かな?


「何て言ったんだ?」


「教えません」


「滅茶苦茶気になるんですけど」


「秘密ですー。気が向いたら文化祭の時に教えてあげるわ」


「まだまだ先の話じゃん」


 エリカがこの時何と言ったのかわからなかった。でもわからなくていい。エリカが笑っているのなら、それでいい。










 

 打ち合わせが終わった流れで「一緒に帰るか?」とエリカを誘ってみたが、「そうしたいのだけど、これから部活に合流しないといけないから」と行ってしまった。

 忙しいエリカの分も俺が頑張らないといけないな、とエリカの背中を見て思った。


「この時間に学校にいるなんて久しぶりだな」


 部活をしていない俺にとっては珍しいこと。今頃コウキもリキヤも汗を流しているのだろう。

 リキヤの練習試合を観に行ってから俺も何か部活を始めようかと思っていた。経験があるバスケも考えてみたが、試合を見てレベルの高さを知ってしまったので一旦は候補から外した。夏休みが明けて他の部活を見学しながら決めようかと思っていたが、その計画は今日でいきなり頓挫した。

 部活に限らなければ文化祭実行委員というのも期間限定ではあるが俺にとっては変化と言えるので、そう考えると意欲が湧いてくる。エリカに言った『やりたい』というのも建前ではなく本当に思ったことだ。決まる前に面倒と思っていたのも本当だが、決まった後は不思議と前向きな気持ちになっていた。文句を言っていても結局のところ学校行事が好きだし、人に頼られたり任されるというのは今も嬉しい。


 昇降口は人気がなく、いつも使っている場所なのかと疑ってしまう程だった。学年とクラスを確認し、俺の靴もあった。間違えていない。下駄箱の前で「あってるよな…」とブツブツ確認しながら怪しい挙動をしていても誰もいないから大丈夫、そう思って1人の空間を楽しんでいた。

 靴を履いて帰ろうかと外に出た時、扉にもたれかかってグラウンドを眺めている1人の女生徒がいることに気づいた。

 見られてないよな…と知らぬふりをして通り過ぎようと思った矢先にその女生徒と目が合った。


「あれ?サユリ?どうしてここに…」


「もー…遅いわよ。どんだけ待たせるのかと思ったわよ。まあいいわ、帰りましょ」


「え?あ、ああ…じゃなくて、どうしたんだ?」


「…もしかして【NINE】見てないの?〈一緒に帰ろ〉って送ったんだけど」


 スマホを取り出して確認してみると放課後になってからの時間にメッセージが送られていた。今更だが「悪い、見てなかった」と謝っておく。


「まあ既読ついてないから何となくわかってたけど。先に帰ったのかとも思ったけど、エツジの靴はまだあったから待ってたの。ていうか何でこんなに遅かったの?」


「まあ色々とな…。詳しい話は帰りながらするよ」


 まだ新学期に入って数日しか経ってないのに、話の種は沢山ある。文化祭のことも含めてサユリたちのクラスの話も聞きたい。サユリも同じ気持ちだから待っていてくれたのだろう。

 どうせいつもより遅いのだから、のんびりと帰ることにしよう。

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