~それぞれの夏休み 5~

「ねえ?あんた何か悩んでることでもあるの?」


 昼下がり、リビングで紅茶を一口含んだところで姉が唐突に聞いてきた。自分ではわからないけど、余程顔に出ていたのだろうか。


「へ?べ、別に…何もないよ?」


「本当に?ここのところボーっとしてるし…。でも機嫌は良さそうだし、てっきり彼氏でもできたのかと思ってたけど」


「か、彼氏!?まだそんなんじゃ…ってお姉ちゃんには関係ないでしょ!」


「…我が妹ながらわかりやすいな」


「何か言った?」


「何でもないよ。でもそっかー…何か話でもあれば聞いてあげようかなと思ったけど『関係ない』かー…。今までメイクのこととかファッションのこととか、可愛い妹の為に色々と教えてあげてたけど…。そっかーそうだよねー…お姉ちゃんには関係ないよねー」


「うっ…そういう意味じゃなくて……感謝もしてるし…。あーもう!わかったから!話せばいいんでしょ」


 高校生になって自分を変えたかった私は姉に頼んでメイクやファッションについて教えてもらった。そのおかげでトウコちゃんたちとも仲良くなれた。

 それだけじゃなく他にも色々と、私が悩んだときにいつも頼るのは姉だった。姉はからかいながらもしっかりと相談に乗ってくれるので、ついつい甘えてしまう。今回も渋る素振りを見せてはいるものの、本当は聞いてほしかった。


「これはその…友達に相談された話なんだけど…その友達には気になってる男の子がいるんだけど、その男の子ともっと仲良くなるにはどうしたらいいのかなーって…。あくまで友達の話しなんだけどね?どうしたらいいと思う?」


 本当は友達の話ではない。けれど直接言うのは姉と言えどやはり恥ずかしかった。騙すようで申し訳ないけれど、これで悩み事は伝わったと思う。


「なるほどね。その友達と男の子はどれくらいの関係なの?」


「えっと…まだ一回遊んだだけなんだけど、連絡はちょいちょいとってるって感じかな。次また遊ぶ約束もしてる…らしいし…。高校は違うんだけど、友達の友達?って感じで知り合ったみたいな……と、友達の話だから詳しいことはわかんないけど!」


 自分でややこしくしたせいで伝えるのが難しい。ボロが出ればすぐにばれてしまいそうだ。


「じゃあまだまだこれからって感じだねー。男の子の方はどうなんだろ?向こうも意識してるのか、全くなのか。それだけで結構変わってくるよね」


「わからないけど、もしかすると勘違いしてるかもしれないんだよね…。わた…その友達が別の男の子のことを気になってるって思ってるかもしれない」


 私が気になってるいるのはコウキ君、彼はそう思っているかもしれない。その可能性があるのなら連絡を取って誤解を解くべきなのだろう。でも確信はないし、文面のやり取りだと更にややこしくなるかもしれない。かと言って通話をする勇気もない。何より私からその話題に触れるのは自分から好意をアピールしているようなもの。まだ距離を縮める段階でそれは自爆に等しい。


「えーっと…簡単に言うと他の子に気があるって勘違いされてるかもしれないってこと?」


 姉も紅茶を入れて私の隣に腰を下ろした。2人同時に紅茶を口にし、一呼吸置いたところで再び話始める。


「うん…。その可能性があるってだけなんだけど…。誤解を解こうとして変にこじれるのは避けたい…って言ってて…」


 他の人からすれば小さいことかもしれないけど、恋愛下手な私はこんなことで悩んでしまう。今までも似たようなことで臆病な自分が嫌いになりそうな時があった。そんな時にいつも隣にいて話を聞いてくれたのは姉だ。


「そうだねー。直接誤解を解けたら一番いいけど、そんなの好きですって言ってるようなもんだからね。先走って失敗するよりは今のままでいいんじゃない?これから仲良くなっていけばいずれ誤解も解けるでしょ」


「そうだよね!私もそう思ってたの!」


 自分でもそう思っていたけど、どこかに不安があった。姉も同じ意見というだけでその不安は消えていった。やはり話してみるというのは大切だ。


「んで一番の問題がどう仲良くなるかだね。聞いた感じお友達は奥手なのかな?」


 姉の言葉は図星だった。グサッと心に刺さったもののここで動揺を見せれば私のことだとばれてしまうので、紅茶を飲んで落ち着かせる。


「そ、そうなんだよね。その友達的には次会う時が大事って思ってるんだけど…どうしたらいいと思う?」


「うーんそうだねー…。控えめな女の子って割と好きな人多いと思うんだよね。だからと言ってそのままだと何も起こらないから、どこかで積極的な部分を見せないと駄目だと思う。待ってばかりだと始まらないからね」


「…できれば具体的に聞きたいかも」


「例えば…ボディタッチとかいいんじゃない?」


 ニヤリと笑った姉が出した案に思わず取り乱してしまう。


「ちょ、ちょっと!ふざけないでよ!せっかく真面目に話してるのに…」


「アハハハ!ごめんごめん。でもふざけてるわけじゃないよ。私が言ってるのはベタベタと触るやらしいやつじゃなくて、少し触れる程度の可愛いやつだよ。よく言われるギャップってやつ?控えめな子に不意にボディタッチされると向こうもドキッとすると思うよ」


「そうなんだ…」


「大事なのは自然に触ること。露骨に触ると引かれることもあるからね。控えめなイメージを崩さずにさりげなく」


 メモ帳がないのに思わず手のひらに指で書いてしまう。それ程私にとっては重要なことだ。


「って言っても実際にやるのは難しいからね。もっと簡単なことだと…相手の話を聞くときにしっかりと目を見て聞くのも大事かな」


「え?でもそれって当たり前じゃない?」


「そう。当たり前のことだよ。でも意外とそれが出来てない人が多いんだよね。それが気になってる人が相手ならなおさらね。あんただったらどう?ちゃんと目を合わせられる?」


「……」


「でしょ?だからこそ、それだけのことで相手も意識するのよ。相手の目を見ながら適度に相打ちを打つ、これだけで好感度爆上がりだよ!」


 気づけば前のめりに話を聞いていた。経験のない私にとって姉の言葉は妙な説得力があり、それでいて実行しやすいので参考になる。


「まあ色々言ったけど、奥手な子ってもしかすると実行できないかもしれないじゃん?ってことで最後に絶対にするべきことがあるんだよね」


 ゴクリと生唾を飲んで姉の言葉を待つ。


「それは次に会う約束をすること。できれば自分から言えるといいかな。そうすることで少なくとも何らかの好意があることが相手に伝わるでしょ?普通に考えて嫌な相手誘わないし。もし相手から言われてもそれはそれで、良く思われてるってことだからオッケー。そうやって徐々に距離を縮めていくのがいいんじゃない?」


 姉の助言は私のような大人しい子が実践しやすい内容だった。おそらく、そこまで考えてくれたのだろう。そういうところも含めて私は姉のことを尊敬している。

 やはり相談してみてよかった。もし助言通りに実行して上手くいったら、本当のことを言おう。


「ありがとね。とっても参考になった」


 「どういたしまして」と姉は席を立った。姉の助言を忘れないように口に出して繰り返している間に飲み終えたようだ。

 自分の部屋に戻ろうとする姉は最後に私に声をかけてきた。


「まあ頑張りな。は良い子だからきっと上手くいくよ」


「うん。がんば……って私のことじゃなくて―――」


「バレバレだよー。んじゃ」


 そう言ってリビングを出ていった。

 残された私の顔は茹で上がった蛸のように赤いのだろう。


「お姉ちゃんには敵わないなぁ」

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