~それぞれの夏休み 3~

 バッシュと床が擦れてキュッキュッという音が体育館にこだまする。日差しは当たらないが、夏の体育館は熱がこもってサウナのようだ。


「休憩!各自ちゃんと水分補給するように」


 このような環境でぶっ通し練習を続けると簡単に熱中症になってしまうので、適度に休憩を挟んでこまめに水分をとるようにしている。


「やっぱ相原さん上手だねー」


「そうですか?ありがとうございます」


 うちを褒めてくれたのはこの夏新たに部長となった二年生の渡辺わたなべリホ先輩。三年生が引退するとなった時に前部長に指名され、満場一致で賛成となった人望の厚い先輩だ。うちはその場にはいなかったが、少し話せばみんなに慕われる理由がすぐにわかった。


「先輩たちが引退してから寂しいなーって思ってたんだよね。相原さんが来てくれてよかったよ。みんなも喜んでるし」


 うちの高校の女子バスケ部も男子ほどではないが強豪として知られている。県大会も準決勝まで勝ち進んでいたが、そこで惜しくも敗退してしまった。優勝して全国大会に行くことができればもう少し一緒に練習することができたので、残された後輩たちは悔やんでいる人が多い。それだけ部内の雰囲気が良いのだろう。


「このまま正式に入部してくれるともっと嬉しいんだけどなー」


「そうですねー…。まだ悩み中です」


 うちは正式に女子バスケ部に入部したわけではない。

 うちは元々どこの部にも籍を置いていなかった。色々な競技を試したかったうちは運動部を回って体験させてもらっていた。幸い、運動神経が良かったためどこへ行っても歓迎してくれた。助っ人として呼ばれることもあった。

 夏休みに入ってからは女子バスケ部の練習に参加していることが多い。そうなったのは男子バスケ部の練習試合に着いていき、久々にバスケの試合を生で観たのがきっかけだ。それだけではなく、懐かしい面々と顔を合わせたことも影響している。


「無理強いはできないけど、男バスにはとられたくないなー。あいつらも相原さんのこと狙ってるからね。何としてもマネージャーになってもらおうと躍起になってるらしいじゃん。というか男バスに限らずどこの部も同じか」


「そうなんですかね?よくわかんないですけど…うちなんか入ってもあんまり変わらないと思いますけどね」


「いやいやいやいや、そんなことないよ。相原さんほどの運動神経ならどこの部も来てほしいって。うちだってそうだもん。男子からしたらマネージャーとして頼りになるし、何より…」


 急に顔を近づけてきた渡辺部長はじーっと顔を見ている。


「可愛い。こんだけ可愛かったらそりゃ来てほしいよ」


「あんまり言われたことないですけどね。うち、がさつだしどっちかっていうと男っぽいっていうか」


 中学の頃から男友達によく囲まれていた。女子に嫌われていたり、嫌っていたわけではないけれど、男友達といるほうが居心地が良かった。そんな環境では「可愛い」と言われるより「一緒にいて気が楽」と言われるほうが多かった。向こうも男友達のような感覚だったのだろう。リキヤなんかは「可愛げねー奴」とか言ってよくいがみ合っていたけど、それはそれで楽しかった。


「嘘ー?もし本当なら周りの男の目が節穴なんじゃないの?それか恥ずかしくて言えなかったとか?…でも告白とかされたことあるでしょ?」


 一応女子という自覚はあるので、高校に入ってから身なりを気にするようになった。とは言っても可愛くなったとは思っていない。

 先輩の言う通り告白されたこともある。中学の頃もされたことはあったが、高校に入ってからその頻度は増えた気もする。


「あるにはありますけど……まあそんな話はいいじゃないですか」


 好意を持ってくれるのは嬉しいが、うちからすればどうでもよかった。

 浅い関係で告白してくる人なんて大体外面だけしか見ていない。そんな人と付き合うわけがない。かと言って仲良くなりすぎると友達としか思えない。

 二つに一つ。だからうちが恋愛するのは当分先の話だと思ってた。


「えー?私はそんな話好きだけどなー」


「もうそろそろ休憩終わりますよ」


「あ、ホントだ」


 うちが唯一異性として、男として意識した人。親友のように話しやすく一緒にいるのが楽、それでいてうちのことを男友達としてではなく1人の女として、うちをうちとして見てくれる。

 マネージャーをしている時もいつも感謝を伝えてくれるのが地味に嬉しくて、他にも細かいところで色々と気遣ってくれていた。

 優しくて、一緒にいると楽しくて、何でもできて、中身も含めてかっこいい人。


「じゃあ話の続きは練習が終わった後で」


「しませんよ」


「えー?しようよー!恋バナ!」


 そんな人に好意を抱く人が他にいないわけがない。うちの予想通り彼のことが気になっているという人は他にもいた。その中にはどう考えてもうちに勝ち目がない人もいた。

 最初は諦めるつもりはなかったけど、次第に無理だと思うようになった。彼の周りを固めるガードは常に硬かったし、偶然かもしれないが彼に近づこうとすると上手くいかないことが多かった。それに…あの時……。


「聞くだけだったらいいですよ?先輩の方こそモテそうですからね」


「わ、私はまだそういうのは…全然…」


 結局諦めた、そのつもりだった。

 練習試合の手伝いを頼まれた時、本当は断るつもりだった。でも相手校を知った時すぐに引き受けた。そして、彼の顔を見てから確信した。


 ――――――うちはまだエツジのことが好きだ。


 エツジがバスケを辞めていたことには驚いたが、試合を一緒に観ていた感じ嫌いになったわけではなさそうだ。うちとエツジをつないでいたのはバスケ部だったから、望みはまだある。

 エツジがバスケ部に入ってなかろうが、うちがバスケをしていれば何かのきっかけになるかもしれない。そんな邪な気持ちもあって最近は女バスにお世話になっている。バスケが好きなのは間違いないのだが、どちらかというとそっちの気持ちの方が強いかもしれない。


「休憩終わり!練習再開するよ!」


 ボールが弾む音と振動はまるで心臓の鼓動のようだ。ドッドッとうちの胸は高鳴っている。

 夏休みに何回か遊びに誘ってみたけど予定が噛み合わず、練習試合以降は会えていない。でもやり取りは続いている。うちにしては大きな進歩だ。夏休みが終わっても、連絡を取り続けよう。


「今度はバスケ誘ってみるか」

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